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Operations 9 特異戦線




 横浜上空を厚い雲が覆い尽くす僅か半刻ほど前の事である。私立天龍第一高等学校の敷地を中心とした周囲五ヶ所に、等間隔にして15kmの距離を置きとある機材が持ち込まれるのであった。


それらの機材のどれもがバスケットボール程の大きさをしており、地球儀のような台座に同じく地球儀のようなアームで固定されていた。


違うとすれば、その球体の表面は非常に滑らかな金属で出来ており、上部の一部分のみに窪みが見られその中心には突起が覗えた。受信装置、あるいは何らかの送信装置かと思われる。


 私立天龍第一高等学校から真南に下った高層オフィスビルの屋上で、サラリーマン風の男性二人がそうした機材を設置している最中であり、そして此処が最後の五ヶ所目であった。


片割れの若い男は端末を接続するなり起動に必要な数値の入力を早速開始する。


かたや四十代と思しき男は腰の後ろに忍ばせていた銃、H&K製SFP9 Mを取り出すと、周囲を警戒しながら若い男の背後に立つのであった。


その銃は、9mm拳銃の後継として自衛隊に正式採用された銃器である。


銃を構える男が、若い男に尋ねる。



「山下三曹、あとどれくらい掛かりそうだ?」


「そうですね……あと五、六分もあればいけるかと思いますが、なにか問題でも?」



 銃爪に指を掛けた男は唯一屋上への出入り口となるアルミ製のドア、その奥に狙いを定めるのであった。



「いや、何も問題ない。お前は気にせず続けろ……これから、何が起きようとな」


「樋口曹長? それって、全然大丈夫じゃなくないやつじゃないですか?」


「状況としては最悪だろうな」


「まさか、高崎一曹から報告のあった敵性勢力の動きと何か関係が?」


「襲撃は必ずある、と俺は考えてる。で、なければ、奴らとしてもわざわざこの日本国内で動く理由がないからな」


「それだけ、この装置が邪魔ってことなんですかね……」


「この装置がなんであるかなど俺達は知らなくていい……が、今後の日本を存続させる為にはなくてはならないと聞けば、そりゃ護るしかないだろうよ。あと、話はいいからさっさとその手を動かせ山下三曹」


「りょ、了!」



 山下は額に薄っすらと滲み浮かんだ汗をワイシャツの袖で拭い取ると、ブラインドタッチでキーボードを叩き始める。その速さ、一秒間に二十五文字を超えていた。


 この二人、国立富士宮学園特務課に所属されてはいるが、特務隊の須木戸とは面識はなく、まったくの別部隊、特務課情報収集工作隊に所属していた。


主な任務は学園外での敵性勢力情報の収集であるが、同学園内部機密が漏洩した場合の隠蔽、改竄、消去、それらに属する破壊工作なども含まれていた。


一般に言われているスパイ活動もそうした任務の一つに挙げられるが、彼らに課された役割は多岐に渡る。


今回のような民間の生活圏内において公に出来ないような装置を設置することも、そんな彼らに与えられた任務の一つであった。


 五分間という時間が間近に迫る中、焦った声で「すみません曹長、衛星との同期が何故か拒否されてしまいます。いま問題を調べていますのでもう少し時間を下さい」、と山下が伝えたその直後であった。


 銃口を向けていた屋上への扉が、激しい衝撃音と共に弾け飛ぶなり樋口に向かって飛んできたのだ。


樋口は両腕でガードしドアを受け止めると足元に叩きつける。


直ぐに体勢を整えドアがあった開口部へと発砲を続けるのだった。


 何の反応も手応えもなく、樋口は銃口を向けたまま十五発撃ち終え空になった弾倉を、手早く予備の物へと取り替えるのだった。更に山下は、この最中にあってなお黙々と入力作業を続けていた。


 樋口が警戒あらわに身構えていると、暗いドアの開口部から、コトン、と音を立て珈琲缶ほどの金属が投げ込まれるのであった。



(マズい、手榴弾(てりゅうだん)かっ! 間に合わん!)



 咄嗟に作業している山下を覆うようにして被さる樋口。爆発物であると判断した故の対処であった。自らが負傷しようとも、装置の起動こそが最優先事項であったからだ。


 ところが、である。投げ込まれた金属の物体は爆発するのではなく、その両端にある僅かな隙間から大量の煙幕を撒き散らし始めたのである。


十メートル四方の範囲ではあったが、樋口達の視界を奪うには必要にして十分であった。



(俺達を、爆殺しないだと? 目的は、この装置の奪取か!)



 煙幕が屋上の風で霧散するまでそう時間はかからない。樋口が思うように、敵の欲しいものが装置であるならば無傷で手に入れたい筈だ。そして現保持者である自分達を排除しようとするに違いない。


 予想通り、大気と混ざり薄くなってきた煙幕の隙間から、突如としてコンバットナイフの握られた腕が襲い掛かってくる。


 樋口は上方から振り下ろされたナイフを紙一重でかわすと、微かに露呈した敵の腹部へと銃弾を三発おみまいするのだった。


だが、やはり手応えはない。


間髪入れず煙幕の合間からナイフが突き出され、それは確実に樋口の心臓を狙ってきた。


 敵の動きには無駄がなく、なんの躊躇いも感じられない。殺しのプロ、その動きであった。だが、かえってそれが樋口にとっては好都合であった。


容易に動作の予測が出来たからだ。


 樋口は身体を正対したまま重心を右にずらすと、左の脇を開きすり抜けた敵の腕を即時捉えるのだった。


同時に、銃の握られている右腕で敵の肘関節を極めると、そのまま腰を落とし膝で強打する。


敵の手からは、コンバットナイフがこぼれ落ちた。


 樋口は敵の体勢を崩し地面に押さえつける。こうして露わとなった敵の全体像を見て納得するのであった。


何故、銃撃に手応えを感じなかったのか、と。


 敵はボディアーマーを装着していたが、それだけが理由ではない。例え徹甲弾の貫通さえ防ぐレベルIVのボディアーマーであったとしても、着弾の衝撃は凄まじく肉体は甚大なダメージを負ってしまうだろう。


だがこの敵は、時を置かずに白兵戦を仕掛けてきた。


樋口が納得したのは、ボディアーマーの衝撃吸収素材にタリンというタンパク質が使われているのではないかと推察したからであり、それは貫通力だけでなく衝撃をも拡散、吸収させる最新の装備と言えた。また、仮に実用化されたなら最強の防備とも言えただろう。


そう、まだ研究段階にある筈のこの素材がついに実用化されたのかと、理解したのである。



「さすが軍事大国列強ナンバーワン……とか感心してる場合ではないか……」



 うつ伏せ状態である敵は膝を立て起き上がろうとするのだが、樋口はすかさず首筋に銃口をあてがい直に弾を撃ち込むのだった。


だが、まだ戦闘は終わってなどいない。


 間違っても軍の関与が疑われる組織がこのような襲撃を単独で決行する筈もなく、東に流れてゆく煙幕の中から予想通りもう二体の戦闘員が姿を現すのだった。


 二体は体術による近接攻撃で交互に打撃と足技を繰り出してくるのだが、これは人間の成せる速さを軽く凌駕していた。


体術においては樋口も空手の有段者であった。が、この攻撃を受けながら辛うじて繰り出した正拳突きは難なく防がれたと同時、間髪入れず次の攻撃が襲ってくるのだ。



(これはクラブ・マガかっ!)



 右肩と左脇腹に衝撃が走り、樋口の身体は弾き飛ばされてしまう。


市街戦での近接戦闘をふまえ、各国の軍隊が取り入れている実戦格闘術であった。


 受け身をとり間接的ダメージを避けた樋口であったが、この場で作業中の山下から距離を離されてしまったことは最悪の状況と言えた。


更に深刻であったのは、つい先ほど仕留めた筈の一体が、何事もなかったかのように平然と起き上がり、山下に襲い掛かろうと歩き出した事である。


その歩きようは、まるで生ける屍のようであった。



(どうなってやがる……。間違いなく首は撃ち抜いた筈だ……何故それで動ける!)



 迫りくる二体の敵に対し銃口を向ける樋口であったが、彼が狙いを定めるのはボディアーマーで覆われていない大腿部であった。


動きが速いのであれば、先ずはその俊敏性を奪うまで。


その判断に誤りはない。


敵が自分達と同じ、人間であったなら。


 樋口の発した銃弾は正確に二体の大腿を貫通するのだった。弾き飛ばされ敵との距離が空いたことが、狙いを定める時間を稼ぐ要因となった。


バランスを崩し前のめりに転がり倒れる二体。


だが、この二体も同じように立ち上がってくるのだ。


痛みを感じていないのか。


いや、痛みだけの問題ではなく肉体的にも損傷しており動ける道理はない。


では何故動けるのであろうか。


 ここにきて樋口は冷静さを欠いてはいなかった。理由などどうでもよい。対象が沈黙しないのであれば、沈黙させられるだけの手段を講ずればよいだけだ。


準備は成されていた。



「見えているな二井原! 殺れ!」



 叫ぶ樋口の声は、距離にして約三百メートル程離れた場所に建つ超高層マンションの屋上へと届けられた。


届くと言っても、風に乗り届いた訳ではない。男の耳に装着されたイヤホンによって、である。


 樋口達の居る高層オフィスビルを眼下に、スコープを覗いているのは同チームに所属する二井原一曹であった。


その手には、バレットM107狙撃銃が握られていた。アンチマテリアルライフルとも呼ばれる軽装甲車輌の外装すら貫通させてしまう銃器である。


 二井原は樋口と山下がオフィスビルの屋上に到着する前から、この場所に待機し双眼鏡でビルの周囲を警戒していたのである。


そして彼らが到着してからは、狙撃手として息を殺し、樋口からの一声を待っていたのだ。


 我が国では、かつて自衛隊組織に狙撃専門の部隊は存在していなかった。そのような教練も修練も当然無かったのだが、昨今の世界情勢や射撃競技会におけるまさかの不甲斐なき結果を鑑みて、その必要性を重く感じた自衛隊トップは、海外での合同演習や射撃競技会などを通じてそのノウハウを学び、訓練に取り入れ、今では狙撃の国際大会において他国を脅かす存在にまで成長したのである。


 二井原はその狙撃の腕を買われ、国立富士宮学園に転属が決まった最初の人物であり、現在は同学園内にて例え上官であっても教えを請いに来るほどの人物であった。



「三秒だ」



 二井原がポツリと呟いた後、樋口に迫る二体の敵の頭が、まるで熟れたアケビのように次々と弾け飛ぶのであった。


最後に、作業中である山下の背後でナイフを振り上げた敵は、手首から先が吹き飛んだ後に首から上も弾け飛ぶのだった。


三秒と待たず瞬く間に、それらの脅威は須らく排除されたのである。


 二井原のイヤホンに、樋口から称賛の言葉が贈られてくる。奥の手として最上の成果を果たしたからであり、想像以上の働きに驚嘆したからであった。



『やってくれたな二井原一曹。流石と言うべきか……お前が味方でいてくれて心から』



 樋口がまだ喋り終えてもいない内に、二井原の叫びがその言葉を遮り、鼓膜を揺らす。



『樋口曹長! もう一体敵を確認! 貯水槽タンクの上です。これより排除行動に移ります!』



 彼はオフィスビル屋上に残存する脅威がないかスコープを覗き込み警戒を怠ってはいなかった。そしてその瞳は、先程までの敵とはまるで異質であり異様な姿を捉えたのである。


そしてそれは、その場に居るはずのない職種の人間であり、本来であれば救いの担い手と呼ばれる姿をしていたのだ。


だからこそ、その両手に添えられた刃物を見て敵であると確信したのであった。


その敵は、白衣を纏った医師の姿をしており、その両手には医療用メスが握られていた。


 二井原が敵を照準に捉えて五秒、風は強く南西から北東へ、そして下から上に向けての上昇気流。銃弾の軌道が流されることを想定しバレルの向きを調整。こちら側の風は把握している。あちら側は、樋口曹長が装着している機器から送られてくるので何の問題もない。湿度も気温も把握している。この距離なら、外しはしないと確信するのだった。


五秒とは銃爪を引くまでにかかった時間、つまり計算により数値を導き出すまでにかかった時間である。


二井原が優れたスナイパーであるのは、単に銃の腕が良いからと言うだけではない。


彼の卓越した能力は目に見える物、肌で感じるもの全てを数値化出来る事であり、またそれらを元に公式化し解を求める事が可能であったからだ。


スナイパーとして彼が測量員を必要とせず単独で行動出来るのも、その特異な能力と卓越した頭脳によるものであった。


 着弾までの光景をスローモーションで現すとすれば、螺旋の尾を引きながら進む50口径12.7 mm弾は、空気の壁を裂きながら敵の頭めがけ直進するのだった。


オフィスビル屋上手前に到達すると、その銃弾は僅かに上向きの弧を描き、そして敵である医師の額に迫るのだ。


二井原からの発信を受けた樋口が、視線を上げ貯水槽タンクを目視したのはまさにその瞬間であった。


 タンクの上に立つ医師は、着弾の直前にはメスを持つ左手を顔の前に突き出していた。


そのメスに着弾した瞬間、医師の掛ける眼鏡レンズに火花が投影されると同時に、銃弾は真っ二つに割れ左右後方へと通り過ぎてゆくのだった。


それは俄には信じられない光景であり、どのように考えても意識して行える動作とは思えなかった。


単なる偶然か、はたまた意図的であったのか。



「今の見たか二井原! あいつ……狙撃銃の弾を、音速を超える銃弾をあんな小さなメス一本で凌ぎやがった!」



 樋口はそう言うが早いか、両手で銃を構えると同時に銃爪を引いていた。弾倉が、空になるまで撃ち続ける。


だが既に、貯水槽タンクの上に医師の姿は無かった。


 背後に悪寒を感じた樋口は振り向きざまに腕を交差し防御の体勢をとる。


直後、手首に鋭い痛みを感じた時には握られていた筈の銃は足元に落ちていた。


 目の前に立つ医師の口元は不敵に微笑んでいたが、それとは対照的に眼鏡の奥で光る鋭い眼光からは容易に殺意が汲み取れた。


ところが、である。


目の前の医師は攻撃に対する警戒をとることも無く、まるで隙だらけであった。そして、着ている白衣の上からでも分かるくらいに身体は細く脆弱であった。


年齢も樋口とそう変わらないだろうと思われるが、銀色の頭髪は加齢からくるものではなく、彼の産まれた国とその両親から受け継がれた血によるものであっただろう。


そして、その金色の瞳も。


 樋口は初めて目にする金色の瞳に恐れを感じると同時に、何としてもこの場で倒しておかねばならない敵だと覚悟を決めるのだった。



「二井原!」



 樋口は再度狙撃を命じる。これで、単なる偶然か意図したものであるかが判明する筈だ、と。


 その医師は視線を動かすことなく手にしたメスを顔の横へと運ぶのだった。


放たれた銃弾は再びメスの餌食となり両断されるのだが、二度目の着弾の衝撃に耐えられなかったのであろう、メスのブレード部分は見事に砕け散ってしまうのだ。


これで二井原の狙撃が終わった訳ではない。時間差で放たれていた銃弾がもう一つあった。


 医師は身体をくるりと反転させると、右手に持つメスでまたまたこれを軽く凌いでみせる。


やはり偶然などではなく、意図的であった。


 余裕を見せ微笑み続ける医師は、樋口に正対するなりその閉ざされた口を開きこう言うのだった。


敵である樋口にも理解出来るよう、この国の言語、日本語で。



「あぁ~あ、やってくれちゃったねぇ。特注で作って貰ったダマスカス鋼の刃、No.21が台無しじゃないか。勿論、弁償してくれるよねぇ、君」



 思いもよらぬ日本語での語りかけに、樋口は少し驚くのだが冷静ではあった。


この緊張感の無い語りかけに、思惑を込めあえて質問で返してみる。



「俺達の命を奪いに来ておきながら、何が弁償だ。そもそも医者が命を奪ってもいいのかよ。倫理に反するんじゃないのか?」


「おやおや、僕が医者だと何故分かったのかな」


「その格好見りゃ分かるだろ、普通」


「君たち日本人の好きなコスプレってやつかも知れないよ? まぁ結局のところ、君の言う通り医者なんだけどね。Dr.フィールグッド……皆にはそう呼ばれているよ」


「そのDr.フィールグッド様様が、何故殺し合いの真っ只中に身を置いている。しかも、さっきの戦闘員より強いときやがるから手に負えたもんじゃない」


「んっふふ。敵に褒めて貰えてとっても嬉しいんだけどさぁ。僕にとってもこれは想定外の状況であってだね、大嫌いな殺し合いなんて正直したくないんだよ。実のところ、僕は僕の研究成果をこの目で直に確かめたかっただけなんだけど、ほらっ、君の仲間が見事なまでに壊してくれちゃったじゃない? 改善点を浮き彫りにしてくれた、という点では感謝こそすれ、大事に造り上げ大切に育てていた玩具を壊されたんだから、そりゃきっちり仕返しはしないといけないよねぇ」


「あの戦闘員達は造られた人間兵器、というわけか……。だから、あれ程の高い身体能力と、銃で撃たれても動き続けていられたのか……」



 Dr.フィールグッドと名乗るこの医師は、樋口が始めたこのやりとりの目的が何であるかを理解していた。理解していながら、わざと樋口に合わせていたのだ。



「ふふふっ。ところで、君は賢い男だね。この場で殺して差し上げるには勿体なさ過ぎる。そもそもこの会話の目的は、時間稼ぎが必要だったからだよね? だったらそれは成功だよ。だけどね、その御蔭で僕の、いや、我が軍の目的も半分成功したようなものなのさ」



 フィールグッドの視線の先には、装置の起動作業をしていた山下の姿があった。


その山下が、振り返るなり「終わりました! これでいつでも発動出来ます!」、と報告するとともに、視界に流れ込んでくる情報の嵐に唖然としている様子が覗えた。


 打ち込み作業に集中する為、敢えて五感の内の三つ、聴覚、嗅覚、味覚を遮断していた山下にしてみれば、周囲で何が起こっていたかなど知る由もない。


自らの五感を制御しそのいくつかを抑制することによって、唯ひとつの能力を限界値以上にまで向上させる事を可能としていた。


打ち込みを始める前に、樋口が指示した「お前は気にせず続けろ……これから、何が起きようとな」、とは山下が五感のコントロール能力を得ていたことを知っていたからこそ投じた言葉であった。


そして作業を終え、五感を取り戻した山下の目に飛び込んできた風景。


倒れている頭の無い死体が三つ。


手首の切り傷から流血し、その傷口を押さえている樋口の姿。


そのような樋口の前に立つ、メスを握った白衣の外国人医師。



「曹長、これって……さっき言ってた最悪な状況を乗り切った後でしょうか? それとも……もしかして、今まさにその最悪な状況の只中ってことなんでしょうか?」


「逃げろ山下!」




 山下に向け駆け出したフィールグッドに反応し、二井原がその足元に銃弾を撃ち込む。一瞬鈍った動きに樋口も、この隙を逃してなるものかと一気に飛び掛かるのだった。


だが樋口は、フィールグッドに触れることすら叶わずその足元に倒れ込む。


そしてこの僅かな間に樋口は攻撃を受けていたようであり、全身のいたるところに深い切り傷が見られ、裂けた衣服の表面では赤い染みが徐々に広がってゆくのだった。



「そんな動きじゃ、僕を捉えられやしないよ……。しかしだねぇ、君の仲間のスナイパーさんは実に大したもんだ。これ以上前に進ませてくれそうもない。いや、ホントに。何処ぞの大佐さんには申し訳ないけど、装置の奪取は諦めさせてもらおうかな。その方が、面白そうだしね。でも、キミ達は生きて帰さないよ。だってほら、言ったでしょ。仕返しをしなきゃ、って。それに、殺し合いは嫌いだけど……殺しは楽しいからねええぇ。んふふふふ」


「…………こ、の……医者……狂ってや、がる」



 樋口は血を流し過ぎていた。朦朧とする意識の中にあって、彼もまた特異な能力を出現させるのであった。


 閉じかけた視界の中で、手を伸ばしたその先には貯水槽タンクが確認出来る。


樋口は自身の鼓動を高め指先に力を入れるのだが、血流を高めた事により傷口からの出血量が増えてしまう。


例えそうであったとしても、その伸ばされた指先に意識を集中させ、タイミングを計るのであった。



「頼むから僕が切り刻む前に逝かないでおくれよ」



 フィールグッドは白衣の胸元に左手を滑り込ませ新しいメスを取り出すと、うつ伏せの樋口を足で蹴り上げ仰向けとするのだった。


 戦闘が不得手な山下は樋口に言われるがまま階下に逃げようとしていたが、その光景を見て思いとどまると、救援のため樋口の元へと駆け出そうする。


だがその足は、僅か二歩で止まるのだった。


視線の先にある樋口の口元が、何かを伝えようとしていたからだ。


 山下は聴覚以外の全ての感覚を封鎖するのだった。そして、聞こえてきた樋口の言葉に涙し、階下へと走り出すのであった。


 

「そうだねぇ。先ずは開腹して腸を取り除くとしようか」



 フィールグッドが樋口の下半身に腰を下ろしたその瞬間、二井原による銃弾は的を射る。


それはフィールグッドの身体ではなく、彼の前方上方にある貯水槽タンクであった。


 破裂したタンクからは大量の水が流れ落ち、鉄砲水の如き勢いでフィールグッドに襲い掛かる。


本来であれば音速を超える銃弾をも避けられる筈の彼であったが、その水流から逃れる事は出来なかった。


何故ならば、開腹しようと振り下ろした彼の両腕を、樋口が掴んで離さなかったからである。


そして樋口の腹部には二本のメスが突き立てられており、フィールグッドはそれを抜く事も出来ないでいた。



「離せ、その、ぶふぉっ……手を、ひゃな……さん、か」



 濁流に飲み込まれた状況に似ていた。それにより呼吸もままならない。だが、そう長くは保たない事も分かっていた。


フィールグッドが危惧しているのは水流などではなく、動きを封じられたこの状態で狙撃されてしまう事を恐れていたのだ。


だが二井原は撃たない。


撃つ必要などもう無いと悟っていたからだ。


 二井原はスコープから顔を離し立ち上がると、声にならない声を震わせ天を仰ぐ。


先程スコープの中で樋口は、必死に腕と指を伸ばし何処を狙えばよいのか伝えてきていた。


その狙いを理解した時、二井原は樋口の覚悟に心を震わせたのである。


 水の勢いが若干弱くなり、フィールグッドはやっととばかりに大きく息を吸い込むのだった。


そして自分の腕を離さず掴み続けている男の顔を見た時、これで終わりではない事を知るのだ。



「き、さま……何を考えている。死の間際にあって……まだ何か企んでいるな! いい加減に、地獄へ落ちたらどうだ!」



 樋口にはもう言葉を発する力など残っていなかった。あるのは、心臓を打ち続ける力だけである。それも、あと僅かばかりとなっていた。


しかし彼が何故こうまでしてフィールグッドの腕を離そうとしないのかは、彼の特異な能力によって引導を渡してやろうと考えているからに他ならない。


 彼の特異な能力とは、自らの心臓を発電機代わりとして電気を生み出し、心拍を高める事により昇圧

させ身体の内側に蓄電するのである。


そして蓄電容量を超えた時、一気にそれは体外へと放電されるのだ。


樋口はそのタイミングを見計っていた。


そして貯水槽タンクを破裂させたのも、通電体となる水を敵に浴びせる事で殺傷力を高める目的があった。


通常人間は、100ミリアンペアほどの電流が流れる事で心房細動や心停止を引き起こすとされる。


身体が水で濡れている場合や、電流の通過経路に心臓があればまず助かる見込みはないだろう。


全てが、樋口の計略通りであった。



「地獄は、好きだぜ。ざまぁ……」


「や、やめ……!」



 一気に開放された電気は周囲の可燃物に着火すると激しい火花と眩い閃光を生じさせた。


そしてフィールグッドの肉体は心肺停止を引き起こし、二度と起き上がる事は無かった。






 失血死に至った樋口ではあるが、本来の目的である装置の起動は果たされた。


装置の設置範囲に被害が及ばぬよう、配慮していたことからも彼の非凡さがうかがわれる。


それでも装置の再設定は必要であったようで、現場に戻った山下三曹の手により再入力が行なわれる事となった。


それも、完了までに掛かった時間が三分という離れ業であった。


そして任務完了の報告は、二井原一曹によって樋口陸曹長の名で成されたのである。


後日、樋口陸曹長の葬儀は二階級特進という待遇で、国立富士宮学園敷地内にて極秘裏に執り行なわれるのであった。


そうした事実は一切御家族に知らされることはなく、海外任務中の事故死とだけ伝えられた。


妻と、今年成人を迎える娘の耳に。







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