operations 7 異能(ちから)
横浜市街地一帯に、雷を伴う激しい雨と床上床下浸水、土砂災害などの被害が予測されることなどから、警戒レベル4の緊急避難勧告が発令されるのだった。
テレビの放送を介して不要不急の外出は控えるよう伝えられるとともに、危険が予測される地域の住人には予め決められている避難場所へと避難するよう呼び掛けられる。
予測される雨量は一時間に300ミリ越えという観測史上類をみない大災害級のものであり、報告を受けた県知事は自衛隊の災害派遣要請をも視野に入れるのだった。
そのような切迫した状況のなか、天龍第一高等学校の校庭では二人の男が睨みあっていた。
潤布豊満と、もう一人は宇童ヒロトである。
互いに距離を置き、相手の出方を窺う。
豊満は何かを気にしながらも、ヒロトの背後に感じる異様なまでの邪気に躊躇いを覚える。
人間のものではない、何かとてつもない忌むべき存在が、ヒロトに纏わりついているのだ、と。
ヒロトもまた、今まで倒してきたどの者達とも比べようのない威圧感を、身体全身に浴びせられていた。
この野郎、マジで俺より強えんじゃねえの、と。
二人の緊張が空気をビリビリと震撼させる。豊満の一撃を受けた京子は抜けきらぬダメージのせいで遠目から見守ることしか出来ないでいたが、これから起こるであろう最悪の事態を考えたなら、重い身体に鞭打ち校庭へと向かうのであった。
何故ならば、ヒロトの背中に浮かび上がっている、朱黒く光る二重真円と、その中に収まる五芒星の印を視認したからである。
それはヒロトの中に眠る魔神を閉じ込めておく為に、当時まだ幼児であったヒロトの背中へと刻まれた刻印であった。
服を着たその上からでも、浮かび上がった刻印ははっきりと目視出来た。
つまり、魔神の覚醒が近いことを意味していたものと思われる。
曇天の空から落ちて来た一粒の雫が、向かい合う二人の前で地面に吸い込まれると、それを合図に両者は駆け出すのだった。
豊満は職員会議室の中でも見せた渾身の打突を、ヒロトはその身軽さから音速に近い加速を見せると正中線上に右のストレートを繰り出す。
互いの攻撃が相手に炸裂すると、ヒロトの身体は後方へと弾き飛ばされ背中を強打しながら地面を二転三転とするのだった。
一方で豊満はと言えば、まったくの無傷で打撃の衝撃をものともしていないではないか。
京子の踵落としに対して無傷であったように、豊満の打たれ強さとコンクリートさえも粉砕してしまう拳の一撃は常軌を逸していた。
その秘密の答えこそが、特異能力者である神童なのであろう。
ふらふらしながらも、片膝を着き立ち上がるヒロト。その顔は笑っていた。今まで探しに探しても見付けられなかった強敵と、ようやく巡り会えた喜びであったのかも知れない。
「アンタ凄えよ。そろそろ俺も、本気を出さなきゃとてもじゃないが勝てる気がしねえ。いったいどうなってやがんだ、その身体」
豊満の肉体はまるで筋肉で出来た鎧のようであった。しかもその硬度は鉄、否、鋼鉄をも遥かに凌いでいた。
それが彼の持つ能力であっただろうが、豊満本人ですらその能力の全てを理解している訳ではなかった。
「そんなもん知るかよ。俺はこの世に産まれ落ちたその瞬間から、他人よりもちょいとばかし頑丈に出来てたってだけだ。テメェには関係のねえ話だろう」
養護施設育ちの豊満が、実の母親同然に格別の信頼を寄せていた女性から、その話は聞かされるのだった。
豊満の父親は産まれて間もない彼と、産後直後で体力の回復もままならない母親とを病院から連れ出し車を走らせたそうだ。
仕事の同僚にも、親類や友人にさえも、その行く先は伝えていなかった。
いったい彼らの身になにが起こっていたのか。
親しい者の誰一人として、その理由に覚えなどなかった。
何故ならば、病院を抜け出したその日のうちに、父も母も高速道路のトンネル火災事故に巻き込まれ他界してしまったからである、とそのように聞かされていた。
では何故誰も知らなかった父親の動向を、養護施設の女性は知っていたのであろうか。それは豊満が中学に上がる前日になって初めて明かされることとなる。
入学式前日の夜、施設の女性は豊満を誰にも見られぬよう個室に呼び出すと、こう告げるのだった。
『貴方のお父様とお母様を事故に見せかけ殺したのは……実は私なの。いいえ。殺すつもりなんてなかった。当初はある組織から頼まれ貴方を確保する事が目的だったの。看護師に扮してね。でも、貴方のお母様が横転し燃えている車の中から赤ん坊だった貴方を差し出し、こう言ったのよ。私達は助かりませんがこの子は違います。どうかこの子だけでも、助けてやって下さい。宜しく頼みます、と。直ぐに分かったわ。貴方が特別な赤子だってことが。だってあれだけの凄惨な事故に遭っていながら、全くの無傷なんですもの……。組織からは、こう指示をだされていたわ。人智を超えた能力、特殊な異能を宿してないか、それが本物かどうかを確認しろと。だけど、私は組織を裏切り赤子は両親と共に焼死した、と嘘の報告をあげたわ。だってね、我が子を愛する母親の気持ちは痛いほど分かっていたし、ましてや自らの死を悟りながらも我が子の未来を赤の他人である私に託したのよ。私が、組織の追手であると知りながら、ね。だからこそ、私の命が尽きるその前に、どうしても真実だけは貴方に伝えておきたかったの』
その女性はステージⅣの膵臓癌を患っており、気付いたときには既に手遅れの状態にあった。今更許しを乞うつもりではなかっただろうが、当事者である自分の口から真実を語らなければ、責任が果たせないと彼女は考えたのだろう。
彼女はその告白からわずか二週間後にこの世を去るのだった。
その後の豊満が荒れに荒れ、少年院送りとなったことは想像に難しくない。
豊満がほんの数秒間だけ子供時代を回顧している合間に、気が付けばヒロトの拳が目前に迫っていた。
「なに余裕かましてやがんだこの野郎! いまは殴り合いの真っ只中だろうがよ!」
豊満にヒロトの拳をかわす余裕はなかった。が、そもそもヒロトの打撃が通用しないことは先刻の一激で判明していたものだから、動じることなく正面から受け止めようと考える。
ところが、である。鼻先三寸にまで迫ったヒロトの右拳に、どす黒く纏わりついた闇を見た瞬間、豊満は自分自身に怒りをぶつけるのだった。
(しくったぜ! こいつは普通じゃねえって分かってたはずだ!)
ヒロトの拳は重かった。その小柄な体格からは想像も出来ないほどの衝撃が、豊満の顔面に炸裂すると同時にその巨躯を空中で一回転させ吹き飛ばしてしまう。
脚から着地した豊満は地面を抉りながら数メートル後退したところでようやく止まるのであった。
「やべぇ……薄っすら三途の川が見えやがったぜ」
豊満は口角から顎にかけて伝い流れる血を掌で拭うと、サングラスを外し上着を脱ぎ捨て上半身裸となる。
吽形の豊満ここにあり、と言わんばかりの見栄であった。
分厚い胸の筋肉と太い腕、骨格自体が頑丈に出来ているのであろう、首の周りは大木の幹のようであった。
「うっわ、すっげえよお前。今のでも倒れねえとかマジバケモンだわ」
「俺に言わせりゃ、テメェの方がバケモンだがよ」
ヒロトは驚嘆の声をあげ豊満を称賛する。これほどの漢に巡り合わせてくれた神に感謝するべく天を見上げながら。
そして豊満もまた、友人の潮が病院送りとなった理由に納得すると、天を見上げ想いを馳せるのだった。
二人の顔に、ポツリポツリと落ちてくる雨粒と、吹き付ける強風が頭髪を揺らし気象の変化を伝えてくる。もうすぐ、嵐が来るのだと。
対峙する二人はお互いに歯を見せニタリと笑う。さぁ、次はどの手でいこうか、と。
先に動いた豊満が、気合を入れる為であったか胸の前で合掌すると、叫ぶようにとある言葉を発するのであった。
「金剛不壊金剛力っ!」
それは豊満が何度も越えてきた死線のなかで会得した能力であった。気合を入れる言葉は言霊となり、身体に変化と強化を齎した。勿論、当初はたまたま偶然に発現したのであろうが、失敗を恐れず繰り返しているうちにコツを掴んだのである。
強い想い、それを力として具現化する為には、自分が想い描くイメージを言葉として口から発することで失敗の確率は下がった。
辿り着いた先の能力発動の言霊が、金剛不壊金剛力なのであった。
豊満の肌は金剛石の輝きを放ち、肉体組織の表面は鉱石で覆われたかのように硬質化するのだ。
これが、このような異質な能力こそが、神童と呼ばれた子供達を世間の目から隔絶しなければならなかった理由である。
その子らに、悪魔のような扱いを受けさせない為にも。
「ヒロト! 急いでその男から離れなさい!」
「やだね。これからがいいとこなんだから邪魔しないでよね、京子さん」
ヒロトの持つ天性の勘が後ろに下がれと働きかける。直感に従い半歩下がったところに豊満の振り下ろしの一打が顔面を掠めるのだった。
掠めただけで頬には裂傷が生じ、足元には深い窪みが出来ていた。
そう、出来ていた、ということは、窪みを造り出した張本人の拳はそこに無いということだ。
掌に汗を感じふと見上げて見れば、豊満は次なる一打を繰り出そうとしていた。
後方に飛び避けるヒロトではあったが、豊満は執拗に連打を浴びせてくるのだ。
勿論ヒロトも逃げ回るだけではない。カウンターを狙いガラ空きとなった脇腹、はたまた顔面に向け拳を放つのだが、硬質化された豊満の表皮はダメージを全く受け付けない。
次第にヒロトは校庭隅にある体育館前にまで追い込まれてしまう。
「もう止めて! ヒロトの代わりに私が相手をしてあげる。だからこれ以上ヒロトを追い込まないで!」
京子は脚を引きずりながらもヒロトのもとへと駆け寄ってくる。もしも人を越えた力によって生命の危機を迎えたなら、現世での入れ物としてヒロトの肉体を必要としているあの魔神が、必ず出てこようとしてくるに違いない、と確信していたからだ。
またヒロトが自分よりも強い相手を探して止まないのは、身体の中で眠っている魔神の影響だろうとも考えていた。
「京子さんこそ! そんな身体でなにが出来るってんだ!」
後ろを振り返ることなくヒロトは片手を横にあげ、前に出ようとする京子を静止するのだった。目の前の豊満が、自分だけを標的にしていると知っていたから。
地面を蹴り上げ頭上へと飛び上がった豊満は、眼下の二人を踏みつけようと狙いを定める。
ヒロトは咄嗟に京子を突き飛ばし、自分も逆方向へと飛び退けるのだった。
刹那、豊満が踏みつけた地面は大きな窪みを造り、円形に広がったクレーターの周囲は隆起していた。まるで空爆でも受けたかのようであった。舞い上がった土砂が少し遅れて落ちてくる。
豊満は飛び避けたヒロトが体勢を崩したままであることを確認すると、打ち下ろしの一撃を与えようと右腕を高く振り上げ迫るのだった。
それと同時に、標的を一人に絞った豊満のあまりにも無防備な背中へと、京子は躙り寄るなり禁じ手として封印していたある技を、否応なく繰り出すしかなかった。
「新滅心流秘技、表十二ノ型 透神拳! 涓滴岩を穿つっ!」
脚を前後に開き腰を落とした体勢から、後ろ脚を蹴り出したと同時に五指を握りしめ、脇を締めていた両腕を内転させながら背中の一点へと突き出すのであった。
これはノーブレーキでのダンプカーに衝突されたと同様の破壊力を秘めていた。
普通に考えて、全身の骨という骨が粉砕骨折されてもおかしくはない。
だが勿論、一般人が鋼鉄製のドアをいくら素手で叩いたところで抉じ開け開けられないのと同様に、豊満の硬質化された背中にダメージを与えることは出来なかった。
「無駄な真似はやめろ。いまの俺を倒したいなら戦車の一台でも呼んできな」
「まだまだ!」
それでも京子は手を休めない。一撃目が終わったと同時に二撃目が寸分違わず同じ部位を貫くのだ。そしてまた次、更にまた次と打撃を繰り返す。
痛みすら感じない豊満は京子の好きにさせていたが、注意力を削がれヒロトの姿を見失ってしまう。
辺りを見回し視線を落とすと、足元に身を屈めたヒロトの姿があった。
「はい残念。油断大敵って言葉知らねえのかお前」
「くそっ!」
一瞬の隙が勝敗を決する激闘とはこういった闘いをいうのかも知れない。圧倒的武力を誇る軍隊が、必ず勝つとは限らないのだ。
京子の打撃とヒロトの打突は、前後が違うだけで同じ部位に同じタイミングで炸裂するのであった。
体表で受けた衝撃波は体内にて互いに反響しあい増幅されてゆく。
例え肉体の表層が金剛石で覆われていようとも、内蔵までも硬質化されているとは限らない。
何故ならば、肉体が生命活動を行う前提として呼吸をつかさどる肺も、血液を身体の隅々まで循環させるポンプの役目を持つ心臓でさえも、柔らかい組織を必要としたからである。
つまり豊満の能力は生身の肉体に鎧を着せているようなものであった。
ならば体内で反響し増幅された衝撃波は二乗にも三乗にも膨れ上がり、やがては内蔵を破壊してしまわないだろうか。
実際に豊満は地面に両膝を着いた後に少し遅れて両手も着く。大きく肩を揺らしながら荒い呼吸を繰り返し、口から吐き出されたのは大量の血液であった。
「やって……くれた、な……宇童の、糞……ガキめ……」
豊満は受けたダメージの大きさからか能力を維持することが出来なかった。元の姿に戻ったことを確認したヒロトは、京子を肩で支えながら近づくと言葉を投げかける。
まばらだった小粒の雨は、いつの間にか大粒の雨に変わっていた。
「だから京子さんが言っただろ。石の……石の上にも三十年ってよ」
「い、ったい……なんの話、を、してやがる……」
「だぁかぁらぁ、石の上に三十年も座ってりゃ硬い石も砕けるって話をだなぁ」
聞くに堪えなくなった京子が二人の会話に割って入り訂正するのだった。
「石の上にも三年、ね。それに意味の解釈も間違ってる」
「何が違うんだよ京子さん」
「冷たい石も三年も座っていたら温かくなるってこと。どんなに辛いことがあっても辛抱して耐えていれば、いつか必ず好転して良い方に変化するって意味よ」
「だ、だ、だから同じだろ? いくら頑丈な豊満でもよ、辛抱して殴ってりゃいつかはぶっ倒れるってよ」
「ヒロト、それ本気で言ってんの? まったく呆れた子ね……」
ここで息も絶え絶えな豊満が口を挟んでくる。何で俺が、と内なる声が聞こえてくるようであった。
「涓滴岩を、穿つ、だっけ……な。もともとは泰山、に降る雨垂れは……長い年、月をかけて石に穴、を空ける、ってやつだろ」
「貴方、知ってたのね。知っていながらわざと受けていたの?」
「まさ、かな。あんな、針の穴、を狙ったように……挟撃されるとは、思ってもみなか、った……」
おそらく、ヒロトには何故あの打撃が豊満に効いたのか理解していないであろう。詳しく説明を聞いたところで、まるでサンスクリット語で話し掛けられているのと同じに感じたはずだ。
しかしながらあの豊満に土をつけさせたことにかわりない。
神童と呼ばれる能力者に対して、である。
「とにかく、俺の勝ちってことで良いよな」
勝ち誇るヒロトを見上げながら、豊満は少し呼吸を溜め答えるのだった。
「馬鹿、言え……。親、に、助け、てもらっておいて……勝ちも糞も、ねえだろが……なぁ、ぼうや」
「う、うっせえよ! あれは京子さんが勝手にしたことであってだな、俺は頼んでねぇからやっぱり俺の勝ちってことだ」
「まったく、よ……まじガキ……だな。まぁいい、勝ちは、お前に譲ってやるよ」
「よおおおおおおぉっしゃ!」
ガッツポーズで喜びを表現するヒロトに対して、豊満は何故か素直に負けを認めていた。
倒されたダメージは確かに同時タイミングでの挟撃によるものであったが、実のところヒロトの一撃にはかなり苦しめられていたのであった。
表情には出してはいなかったが、肉体内部では徐々にダメージが蓄積されていたのだ。
豊満は親友である潮の見舞いに訪れた病室で、彼からの助言に耳を貸さなかった。今にして思えば、その助言は狂走連合會會長から自分に対しての指示ではなく、友人である潮としての願いであったのかも知れないと振り返る。
『いいか、宇童のガキには絶対に手を出すなよ。アレはこの世のもんじゃねえ。俺達とも違う、とてつもなく恐ろしい何かを抱えてやがる。アレに関わると絶対に……無事ではすまん。特にお前は目立ち過ぎるからな。気をつけないと、誰かに異能の事を勘繰られでもしたら大変なことになっちまう。俺か? なぁに、心配しなくても俺はこっちの世界じゃ異能は使えない。だがよ……お前は違うだろ? 自分の為だけじゃなく、仲間の為に当たり前のように使っちまう。心も身体も、平気で投げ出しちまう……。だから、心配なんだよ。頼むから、俺の敵討ちだなんて、絶対に考えんなよな』
豊満の頭の中で潮は笑顔を見せる。天を仰いだその顔は、雨に濡れていた。
激しくなってきた雨足に、京子は体育館に避難するよう提案する。
京子は一人足を引き摺りながら。ヒロトは重い筈の豊満を肩に担いて、体育館へと向かうのだった。
豊満は遠くの空に遠雷を聞きながら、薄れゆく意識の中ではあったが爆音を轟かす単車の音で目を見開く。
「ヒロトよぉ、テメェにゃ悪いが……まだケジメはついちゃ、いねぇぜ。俺は……負けたが、狂連はお前を決して許さねぇだろうよ」
「あぁ、それなら俺は全然構わねえけどよ。かかってくる奴は、全員殺すしかねえよなぁ」
後ろを歩いていた京子はそうと聞き血の気が失せてしまうのだった。ヒロトの背中には、まだあの刻印が浮かび上がったままであったからだ。
数秒の後、半分開かれた大型引戸門扉の隙間から、爆炎天使の族車が次々となだれ込んでくるのだった。
雨で泥濘んだ校庭に単車で輪を作ると、先頭を走っていた単車から一人の青年が地に足を着け呼びかけてきた。
「豊満よぉ! その様子じゃ宇童のガキにやられちまったみてぇだなぁ。あの、無敵を誇る吽形の豊満がよぉ!」
仲間である筈の青年の言葉には悪意が感じられた。また、彼に従う爆炎天使、チームの全員からでもあった。
豊満は朦朧とする意識の中で、何故指示通りの時間に来なかったのかを理解する。本来であれば、あの単車の輪の中でヒロトと闘う手筈であったし、もしも自分が倒されたならメンバー全員で襲いかかることになっていた。
が、約束の時間になっても校庭には仲間の姿が見られなかった。
校庭でヒロトと対峙した時、何かを気にしていたのはその為だったのだ。
「平太! てめぇ、俺を嵌めやがったな!」
「悪いのは全部オメェのせいだろうがよ。狂連じゃ同期だった俺を差し置いて、潮さんの顔馴染みだってだけで爆炎を任されてよぉ。爆炎を立ち上げようって最初に声掛けたのは、この俺だろうが!」
播臼平太。武闘派集団、爆炎天使創設時からの古参であり参謀役を務める青年。
豊満とはまた別の少年鑑別所出ではあったが、互いに會長である潮に引き合わされ意気投合。その後、大きくなり過ぎた狂走連合會を危惧し、別働隊設立を提唱。幹部会推薦で豊満が初代総長となってからは縁の下で支えてきた。
その裏で、メンバー達全員をを懐柔し味方につけると、豊満を総長の座から引き摺り下ろすチャンスを窺っていたのだ。
今回の対決も、幹部会からは豊満個人の意向と言われており、爆炎天使は関与していない。
宇童ヒロトとの対決で体力を消耗、または深手を負っていたならば、メンバー総掛りで襲撃するつもりで計略を練っていたのである。
ヒロトは担いていた豊満を体育館通路にゆっくりと下ろすと、豊満にこう囁く。
「根性腐ってんな、アイツ」
コンクリートの手洗い場を支えに気丈に立ち上がる豊満であったが、ヒロトとの激闘でこれ以上闘える状態ではなかった。
しかし、彼はこう叫ぶ。
「俺を倒したけりゃ、死ぬ気で掛かってこいや!」
振り返り口角を上げた豊満は、先程のヒロトの囁きにこう返すのだった。
「根性、腐ってたのは、俺の方かも、な。アイツを、あんな風に変えちまった……。お前は手をだすなよ。いいな」
爆炎メンバー全員が単車から下り次々と駆け出してゆく。勿論その手には鈍器やナイフが握られていた。
虚ろな視界の中、バシャバシャと泥水を跳ね上げ地面を蹴る音だけが豊満の鼓膜を揺らしていただろう。
豊満は爆炎総長の席に未練はなかったから、このまま播臼に倒されてやるのも悪くないかと考えていた。
そのように考えていた矢先、豊満の鼓膜を揺らしたのはそれとはまた別の音であった。
学校の外からであろう、唸りを上げる大排気量車両特有のエンジン音と、車同士がぶつかり合う激突音。
その騒音は次第に大きく近づいてくるのが分かった。
爆炎のメンバー達も流石に異変に気付いたのであろう、豊満に向けていた視線を校庭の先にある大型引戸門扉へと移すのだった。
激しい激突音と同時に弾き飛ばされる大型引戸門扉。への字に折れ曲がった門扉は校庭を跳ねながら転がり、停車していた単車達を弾き飛ばし、そして押し潰すのである。
皆この状況を理解出来ないでいる中にあって、唯一、京子だけは急いで屋内に避難し身を潜めるよう呼び掛けるのだった。
京子の経験上、これから起こるであろう出来事は通常この日本では起こり得ない事案であるし、考えにも及ばなかったであろう。
考えられるのは「テロ」、の可能性である。
悪い予感ほどよく当たるものだ、と京子は心の中で呟き、そして外れることを切に願うのだった。