Operations 6 開戦予兆
神奈川に向け空路を移動する多用途ヘリコプターUH-60XJA改。ブラックホークの名で世に知られたその機体を日本独自に魔改造したものだが、通常運行されるロクマルとは違いメタマテリアルを用いた外装には光学迷彩が施され機体の透明化を可能としている。
情報収集能力においても比類出来ないレベルまで高められており、もともとこれは自衛隊特殊作戦群向けに開発されたという経緯からも、極秘任務に特化した機体だと言えた。
その完成したばかりのプロトタイプが、国立富士宮学園へと引き渡され運用されているといった事実。
本作戦の遂行には必要不可欠だと判断された為である。
故に、装備される銃器にも目を瞠るものがあった。
ドアガンとして12.7mm重機関銃M2を左右開口部に装備し、増加タンクを取り付けるパイロンは延長されており、その下に対戦車ミサイルヘルファイアがぶら下げられていた。
まさに、戦場へと赴く様相であった。
新一等陸尉と交渉人の工藤、操縦者二名を含む特務隊員達十名を乗せたロクマル改は正規の飛行計画を提出してはいなかったが、防空識別空域内において自由に行動する事を許可されていた。
誰に許しを得ていたのかと説明すれば、それは防衛省組織図における最高位、内閣総理大臣その人と、国家安全保障会議の面々達からであった。
国家安全保障会議の議長は内閣総理大臣であるのだから、ほぼ総理の独断、と言っても差し支えはなかっただろう。
ただし、民間の管制機関においてはその事実を知らされてはおらず、レーダーにさえ機影を映し出すことはなかった。
勿論、航空自衛隊にスクランブルがかかる事もなかった。
騒音の激しい機内において、ヘッドギアを装着した隊員達は皆インカムからの指示に耳を傾けていた。
声の主は、現職の防衛大臣、押井英駿のものであった。
読者の中には、どこか聞き覚えのある名だと気付いた方もおられることだろう。
そう、国立富士宮学園生徒会長、押井皇仁の叔父にあたる人物であった。
新にとってもその男の声は忘れられない。いまこの組織に身を寄せているのも、彼の強い推薦があったからだ。否、脅迫であったかも知れない。
忘れる筈がなかった。
『今作戦において、貴君らの活躍には大いに期待している。作戦の詳細については既に周知のことと思うが、知っての通り、命の保障までは約束出来ない。今作戦を成功させる為にも、国に殉ずる覚悟で臨んでもらいたい……以上』
簡易な造りの椅子に鎮座した隊員達全員が、その言葉に対し声を揃え返答するのだった。
唯一人を除いて。
「了っ!」
右手の指先はヘルメットに添えるよう、斜め45度の角度で敬礼姿勢をとる。
唯一、面白くないといった面持ちでまだ火を点けてもいない煙草を咥えている新だけは、そうした慣例を当たり前のように無視するのであった。
新のそのような態度に、隣に座していた特務隊長の須木戸が苦言を呈す。
「一尉は、本作戦において我々全員の命を握っているも同然なのですよ。そのような貴方が、隊員一同の覚悟を軽んじて如何なされるおつもりか」
須木戸の正式な階級は准陸尉である。新とは同じ尉官ではあったが、幹部である新一等陸尉と比べたなら三階級下に位置していた。
普通であれば考えられないだろうが、上官に物申せるだけの気概を、彼は持ち合わせていた。
これには流石の新も感心を隠せない。
「いいねぇ、アンタのその物怖じない言動。精鋭揃いの特殊作戦群にあって更に選び抜かれた者達……特務隊。俺は何もアンタらの覚悟に敬意こそ感じちゃいるが、馬鹿になんかしてやしないぜ」
「ならばその明け透けな態度はお止め頂きたい」
「あぁ、そりゃそうだ。気に障ったなら申し訳なかった。だがよ、アイツ……押井の野郎だけはどうにも許せないのよね。なんだかんだで、俺達のことを捨駒としか思っちゃいないみたいだし」
「それで良いのです。大事なのは、この国が明日も存在しているということ。その為に、我々は血の滲むような修練に耐えてきたのですから」
新はそうと聞き口元に笑みを浮かべると、須木戸に対して右手を差し出すのだった。
「任せときな准尉。俺は此処にいる全員、絶対に死なせやしないからさ」
「勿論、承知しておりますとも」
二人が固い握手を交わしているその前に、交渉人の工藤が満面の笑みで割り込んで来た。
重かったのであろう両手で抱えていたコンテナボックスを、足元へと下ろしながら。
「ほんっとに勘弁して下さいよ、新一尉。喧嘩が始まるんじゃないかと思ってこっちはヒヤヒヤしてたんですから」
工藤はボックスの中に両手を入れると、それぞれの手で収納されていた装備品を掴むなり二人の前へと差し出すのだった。
新も須木戸も黙ってそれを受け取るのだが、新だけは面白くないのか苦虫を潰したかのような顔をしていた。
「こんな狭いヘリの中で、俺が喧嘩なんてすると思うか? ってか何で俺に9mm拳銃なわけよ」
「すると思います。とくに貴方なら。それと銃については上からの命令でして、嫌と言おうが括り付けてでも持たせておけ、と」
「押井の、オッサンがか?」
工藤は新との会話を続けながらも手を休めることはなかった。特務隊員達に9mm拳銃とM4A1カービンライフルを手渡してゆく。紅一点である女性隊員だけには、M24SWS狙撃ライフルが手渡された。
いったいこれから向かう先に、何が待っているというのか。
装備品を配り終えてから、工藤は再び新の前に戻ってくる。
「言ってませんでしたかね。私の上司は押井防衛大臣ではなく国立富士宮学園学長、柴田直平氏ですよ」
「おいおい、何でお前の上司が学長の爺さんになんだよ。そもそも民間の工藤ちゃんに契約持ちかけてきたのは防衛省のお役人だろ?」
「それは違います。僕は、柴田学長から直々にオファーを頂きました。ですから、現職の防衛大臣に何を頼まれようと、柴田学長の意向でなければいっさい従う義務はないのです」
「へえぇ……工藤ちゃんにそこまで言わせるとなると、学長の爺さんってのはとんだ化け狸だな」
工藤はおそれいったとばかりに掌を上に向けおどけてみせた。
「相変わらず鋭い勘、をお持ちですね一尉。ただ化け狸はいただけませんね。あの方は僕にとっては恩師であり恩人でもありますので。せめて化け物、と呼んでもらいたいものです。それにその学長が『持たせておけ』、と言うのですから、そのようにするべきなのです」
「うおぉ怖い怖い。まるで未来が見えてるような口ぶりだな。まぁいい。どうせ使うことは無いだろうが、お守り代わりに持っといてやるよ」
「そうして頂けると助かります。これでやっと次のステップへと進めますので」
新がここまで銃を嫌うのは、それが純粋な人殺しの道具であると理解しているからであった。
人を殺める事のみに特化した古武術、滅心流を幼少期より叩き込まれた新にしてみれば、銃に自分自身を投影したとしても不思議はないだろう。
この世に産まれ落ちたその時点から、奪うことのみを求められてきたのだから。
だからこそ、自分の意志ではなく他者の手により命を奪う銃のようにはなりたくなかったし、手にしたくはなかったのだ。
工藤のインカムに報告が入る。どうやら同時進行で他の部隊も動いていたのだが、それらの情報は工藤を介して新へと伝えられるのだった。
「新一尉。別働隊の樋口陸曹長から市内各所へのブースターのセッティングが無事完了したと報告が入りました」
「あっ、そう。思ったより早かったのね。あの国のことだからさ、そろそろ邪魔が入ると思ってたんだけどね」
工藤は新の言う『あの国』が何を指しているのかを模索する。頭の中でほんの一瞬、直ぐに答えは導き出されるのであった。
「分かってます。その件に関しては横田基地に潜ませていた高崎一曹からも報告が上がっています。いま僕達が向かっているその場所に、二台のトレーラーが向かっているそうです。偽装された車両になりますが、おそらくは米軍のもので間違いないでしょう」
「まいったなこりゃ。奴ら力ずくで奪うつもりでいやがる。それだけ危険視してるってことだろうが、下手すりゃ市街地一帯が戦場になっちまうぞ」
「そうさせない為にも我々は急がなければなりません」
速度を上げたロクマル改の後方に、腕を広げた怪物のように巨大な暗雲が迫っていた。この後に起こる惨劇を予感させるかのように。
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国立富士宮学園の学長室に、押井英駿防衛大臣の姿があった。二十畳近くはあろうかといった広い学長室の只中で、押井はただ一人直立不動の姿勢でとある老人と対面していた。
学園の最高権力者であると同時に、歴代の内閣総理大臣でさえ足を向けては寝られないと言わしめた老人、柴田直平その人であった。
齢八十二にしてボクシング現役ヘビー級王者に膝を着かせる実力の持ち主であり、将棋においては棋聖にわずか十手で投了を宣言させる頭脳の持ち主である。
重厚なナラの木で造られた両袖デスクの上に、クリスタルの灰皿がひとつ。キューバ産の葉巻を揉み消しながら学長の柴田はこう尋ねる。
「――英駿君よ。心配しなくとも彼が……あの時の少年がこちらの手中に収まることは既に決まっていることなのだ。例え多くの犠牲を払ったとしても、終着点は変えられやしないのだよ。いったい、何に怯えているのかな」
「それはそうなのでしょうが、わたしは部下に死にに行けと命令を下さなければならなかったのですよ。それに、米軍は多国籍傭兵部隊の投入にまで踏み入ったと聞いております。米国議会の、了承も得ずにです。これは政治的にも大問題となる筈ですが、これも定められた運命だと言われるのでしょうか」
眉ひとつ動かさぬ柴田の顔はほくそ笑んでいた。解っているそれ以上は何も言うな、と言わんばかりに。
「その外国人傭兵部隊とはダインコープや元ブラックウォーターのような民間軍事会社のことを言っているのかね? だとしたら、その情報は些か検討違いをしているようだ」
「――と申しますと?」
「あくまでもこれはわしの予見によるところなのだが、米軍を裏で動かしているのはどうも英国のようなのだよ。正確には、王室お抱えの秘密機関といったところか」
英駿は学長柴田の本当の意味での怖さを知らない。現在過去未来すべての事象を記してあるアカシックレコード、それを閲覧する事を許された人類の一人であった。
つまり未来に起こり得る総ての出来事を把握しているのだった。
ならば彼もまた、神童と呼ばれる異能者の一人に数えられたかも知れない。
だが柴田の怖さはそこではない。後々知ることになるのだが、今はまだその時ではないだろう。
「では、米国議会上層部、ひいては大統領でさえも、その動向は知らされていないのでしょうか」
「少なくとも大統領は知っているだろうよ。勿論、いい気はしないだろうがね。それよりも、いま問題なのはその集められた傭兵達が訓練を受けたプロの戦闘集団ではなく、特殊な人体改造を受けた怪物達だと言うことなのだよ。そして、例えそうであったとしても、やはりこれは定められた運命だと言わざるを得ないのだ」
「奴らの介入なくして、彼の覚醒もない、ということなのですね」
「そういうことだ」
柴田は両肘をデスクに着けると両手を組み合わせそこに顎を乗せた。思いを巡らせているのか壁の一点を見つめている。
数秒の沈黙の後、柴田から発せられた言葉は緊張している英駿を驚かせるものであった。
「そもそも君を学園に呼んだのはその件だけではないのだよ。君の甥御さん、皇仁君にどうしてもお願いしたい国外案件があってね」
「あいつを、任務にですか……。それは無理な話です。重度の免疫不全症候群を患っているんですよ。医療設備の整った学園の中ならともかく、海外任務など到底無理です!」
顔面を紅潮させた英駿がデスクに詰め寄るなり天板に掌を叩きつける。弾みでクリスタルの灰皿から揉み消された葉巻が転がり落ちるのだった。
皇仁は英駿にとって兄の息子にあたる。英駿の兄もまた防衛大臣を務めた政治家であったが、元々は外務省のエリート官僚であった。
皇仁の病弱な体質はこの兄から譲り受けたものであったか、防衛大臣就任後の僅か三ヶ月後には病により他界してしまうのであった。
皇仁がニ歳の誕生日を迎える前日のことである。
以来、結婚後すぐに男児を授かっていた英駿夫妻ではあったが、夫人はこの出産の影響から再び子を産む事が出来なくなっていた。
兄弟を欲する夫人の強い希望もあり、皇仁を第二子として養子に迎え、親として実の子のように育ててきたのだ。
幸いにも、その後夫婦は奇跡的に娘を授かる。
皇仁を育ててきて十年後の事であった。
その日より、皇仁は不思議な力を発現させたと同時に、病気を発症してしまうのだ。
当時の柴田から、学園での病気治療と能力の解明とを勧められ国立富士宮学園へと転入したのであった。
その皇仁は未だに病気と異能に苦しめられている。
そう考えたなら、任務を引き受けるなど考えられる筈がなかった。
「しかしね、任務参加を希望してきたのは、他ならぬ皇仁君からなのだよ」
「まさか、何故あの子が国外任務など……」
「我が学園では卒業を前に、各生徒は表に出せない裏の任務遂行を義務付けられていることは伝えていたと思うが、憶えているかね?」
「憶えていますとも。異能の力を有効利用出来るかを判断する為の、卒業試験のようなものでしたよね。卒業後は、自由を与えられると同時に日本国への忠誠を約束させられるという。確か、現在作戦遂行中の工藤とかいう公証人も、卒業生の一人でしたよね」
「あれはわしの愛弟子みたいなものだからな。だから此度も喜んで協力してくれたわい。だがね、皇仁君はまた違う意味で協力を持ちかけてきよった」
「どのようにですか?」
柴田は引き出しの中から真新しい葉巻を取り出すと、専用のナイフでその先を切り落とし火を点ける。大きくひと口吸い込むなり吐き出された煙は感知式の換気扇へと吸い込まれていった。
「シリア南部の紛争地帯で活動している武装集団に、とある邦人男性が拉致され政府はその身柄確保の為に水面下での交渉を進めていた。確か君の元に外務省から協力要請があった筈だがね」
「先月の話ですが、交渉は決裂し自衛隊特殊作戦群による強制救出作戦が計画されました。作戦決行日は明日の……まさか! その作戦に皇仁が!」
「そのまさかだよ。皇仁君は、その作戦が成功したなら直ちにに卒業と自由を与えて欲しいと訴えてきてね。わしに断る理由はない。そこで、親代わりでもある君の判断を仰ぎたかったのだ」
柴田の発言に嘘は感じられなかった。また救出作戦が成功するであろうことは、彼の予見に外れがないことからも疑う余地は微塵もない。
だが、目的の地は間違いなく激しい戦場となる筈だ。
其処へ大切な家族を送り込まなければならないともなれば、決断が鈍ったとしても致し方なかったであろう。
「わたしは、反対です。いつまで生きられるかも分からないあの子に、これ以上の辛い思いはさせたくない……」
「よく分かった。君の判断は親として当然なのだろう。しかしね、皇仁君はその残された命の灯火が消えないうちに、どうしても成し遂げなければならないことがあるからこそ、自由を望んだのではないのかな」
英駿は言葉を失ってしまう。それは大切に思うが故に本人の意思をないがしろにしていたのだと気づいたからであった。
皇仁は自分の意志で自分の力だけで道を切り開こうとしている。
そうと知ったいま、英駿は柴田に対して「宜しく頼みます」と深々と頭を下げるのであった。




