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Operations 5 激突







         現在



 私立天龍第一高等学校職員会議室内。


 京子の手はヒロトの襟首を掴むなり、会議室後方の壁へと放り投げるのだった。そしてその直後には揃えた両膝を床に着け、理事長深見に対して土下座で謝罪を始めるのだ。


その一方で、不意をつかれ投げ飛ばされたヒロトはと言えば、打ちどころが悪かったのか軽い脳振盪を起こし意識を飛ばしてしまうのだった。


京子にしてみれば、その方が都合良かったであろう。



「誠に申し訳御座いません! この馬鹿息子の再教育は私が責任をもって行いますので、どうかお願いですから停学を解いては頂けないでしょうか!」


 謝罪を受けた深見は困惑していた。獣のような巨漢にナイフを突きつけられたこの状況で、華奢な身体つきではあったが若い男を軽々と放り投げるような美女から謝罪を受けているのだ。


凶悪な美女と野獣を前に、震える声で言葉を発する事しか出来なかった。



「宇童、さん……でしたよ、ね。そのように頼まれましても……ねぇ。この状況を、つ、作り出したの、は……お、お、おたくの息子さん、ではないですか。て、停学解除どころか、た、た、退学しょ、しょ、処分が相応ではないでしょう、か。ひいいっ!」



 豊満は深見の情けない姿を見下ろしながら思わず吹き出してしまった。


ヒロトを呼び出す為に利用しただけであったから、深見に危害など加えるつもりは毛頭なかった。


この老害が臆病者であることは分かりきっていたから、流石にそこは嘘でも「分かりました」と答えるだろう、と予想していた。


ところが深見は、至極当然な回答を京子に返したではないか。


豊満から出た言葉は、「てめぇ真面目かよっ!」の一言であった。


 張り詰めた緊張の糸が緩んだこの一瞬を、京子が見逃す筈なかった。


この状況ではヒロトの復学など考えられない。そうであるならば、全力で今ある脅威を排除するしかないと考える。



「ヒロトの停学を解かないのなら、仕方ないわね理事長さん。それに、関係の無い坊やはお家に帰ってママのおっぱいでも吸ってなさい」


「誰が、坊やだって!?」



 深見の首に腕を回し、ナイフを突きつけていた豊満が問いただす。



「あら、聞こえなかったのかしら。ごめんなさい。もう一度言うからよく聞いてね。あなたのことよ、坊や」


「!!!」



 お手本のような奇麗な土下座の姿勢から、その細い脚が床を蹴り上げたと同時に、腕の屈伸を利用して京子の身体は宙に舞う。


身体の回転を利用して振り下ろされた彼女の右踵が、豊満の脳天へと炸裂した。


かと思われたが、豊満はナイフの握られた腕を頭上に構えこれを防いでみせる。


ただし、浴びせられたその衝撃はあまりにも凄まじく、筋肉の塊である豊満に片膝を着かせるのだった。



「何してくれんだクソババァ! 俺じゃなきゃ死んでんぞ今のは!」



 呆気にとられる京子。それもそうだ。いくら本気を出していなかったとはいえ、肉体を鍛え抜いた格闘家ですら意識を飛ばしていたであろうし、受け止めた腕は粉砕骨折を起こしていても不思議なかった。


それが、まったくの無傷。痛みさえも感じているのかいないのか定かではない。



「驚いた……まるで化け物ね、あなた」


「そりゃ、褒めてくれてんのか? オバサンよぉ」


「こちらとしては、あの子が起きる前にどうしても決着をつけなきゃならないのよ」


「どうでもいいさ。どのみち、アイツは俺が潰してやんだからよ」


「分かっていないのなら、知らないままの方がまだましね。もしもあの子が覚醒でもしてしまったなら、私達全員無事ではすまないのだから」


「上等だよ!」



 口角を上げ、白い歯を覗かせた豊満が、視界の下方で頭を抱え蹲っている深見の背中を椅子ごと足蹴にし、京子の前へと蹴り飛ばすのだった。


京子は飛んできた深見を横一線、裏拳で払い退ける。


床へと転がる深見は「ひいいいっ」と悲鳴あげながらドアの外へと飛び出していった。臆病者であるが故の高判断であっただろう。


何故ならば、この後に起こる出来事に、巻き込まれなくて済んだのだから。


 豊満の巨躯から繰り出される振り下ろしの一撃が、京子の左頬を掠めコンクリートの床へと打ちつけられるのだった。


粉塵を巻き上げながら、砕かれたコンクリート片の数々は辺り一面へと飛散する。


 これほどまでの力を、人は自然に得ることが出来ただろうか。否、得られる訳がない。ならば、この潤布豊満(うるふとよみつ)という若者は、いったい何者で、何故存在しているのであろうか。


京子は会議室の隅に気配を消し身を屈めると、ある記憶を掘り起こすのであった。



 今より十数年前、神憑り的な力を備えた幼い子供達が、突如として日本各地に現れ始めた。


その存在を世間の目から遠ざけ、保護し、隔離する目的で作られた組織に京子の兄は属しており、彼女自身もその組織の末端で活動していた時期があった。


特定のものごとについて秀でた才能を有する子供達のことを、昔から神童(しんどう)と称じたりもするが、それに因み特異な能力を発現した子供達の事を、総じてそのように呼んでいたのだ。


執拗なまでに張り巡らされた捜索の網から、逃れることの出来た神童の内の一人こそが、この潤布豊満ではないのか、と考える。


そうであるならば、自分一人の力では到底抑えられまいと判断を下す。


今すぐヒロトを連れて学校から脱出しなければ、必ずやあの時のヒロト、魔神として覚醒したヒロトが再び現れてしまうだろう。


そう危惧するが故に、京子はその逃げ出すタイミングを息を殺して計っているのであった。


 数秒が経過したであろうか、いまた空間を埋め尽くす粉塵の只中から、突如として生じる激しい渦巻。


その中心から、轟っ! と呻りをあげ右の拳が迫りくる。


 咄嗟に身体ひとつ横へと飛び避けた京子ではあったが、其処へ豊満の第二撃が飛び込んでくるのだった。


初撃から、一秒と経ってはいない。


おそらくは避けるであろうことを想定しての第二撃であった。


 二つめの渦の中心から、まるで突槍のような左の掌底が繰り出される。



(まずいっ! 殺られたっ!)



 身構える隙すら与えず、豊満渾身の一打が京子の腹部を捉える。


その衝撃は凄まじくも命までは獲らぬように加減がなされていた。また、京子が無意識の内に後方へと飛んだことにより、打点をずらし威力の半減にも成功していた。


ただそうであったとしても、京子の身体は激しく吹き飛ばされるのだ。


 白目を剥く京子の口から血反吐が飛び出す。意識は朦朧としており、背後にコンクリートの壁が迫っていることなど察知すら困難であっただろう。


後頭部を強打すれば、命の保障はない。


 空気中に漂う粉塵がやや希薄してくると、背後に迫るコンクリート壁も姿を現すのだった。


死の壁、と言えたであろう。



「馬鹿やってんじゃねえ!」



 その声の主はヒロトであった。


 意識を取り戻したヒロトが、京子と壁の間に身を呈して飛び込んだ次の瞬間。


ヒロトの背中が朱黒い光に包まれ、そのまま壁に激突するのだった。


そしてその壁面は、ガララララと音を上げて崩れ落ちるのであった。


強固な造りの鉄筋コンクリート壁が、である。


 校舎の外壁にぽっかりと風洞が現れ、淀んだ空気を外へと一気に吐き出させるのだった。


会議室内の視界は完全に取り戻され、崩れ落ちた残骸の前に重なり倒れる二人の姿を浮き彫りにした。


 二人とも無傷ではなかったが、生きている。ヒロト自身が緩衝材の役割を果たした事で、京子の身体に対する衝撃は打ち消されたものだと考えられる。


だが、ヒロトが無事である事はどうしても説明出来なかった。



 にじる寄る豊満の表情も疑問の色を隠せないようだ。何故あれほどの衝撃を受けておきながら無事でいられたのか、と。



「ざまぁねえ……が、何で無事なわけよ糞ヒロト」



 苦悶の表情を浮かべ立ちあがる京子を支えながら、ヒロトも立ちあがるのだった。擦り傷だけで骨の一つとして折れていないことが見てとれた。


豊満のような肉体の頑丈さとはまた違う、どちらかといえば、得体の知れない何かしらの力が身体の周りに纏わりついているかのような、誰かに護られているような、そのような感覚を受けるのだった。


 ヒロトが答えるよりも先に、豊満に対して逆に京子から話しかけるのであった。



「どうやら私、貴方を見縊っていたようね。正直、その力にはお手上げだわ。ただ、その力の正体を、私は知ってるの。いいえ、貴方と同じように普通では考えられないような力を持った子供達を、沢山見てきたわ」



 京子の口から出た言葉に驚きを隠せない豊満。自分でさえ知り得ぬ力の正体を、何故この女は知っているのか、と。



「何の話してやがる」


「なにも隠す必要はないわ。ただ、教えて欲しいだけなの……。貴方、『神童計画』って言葉を聞いたことは?」


「知るかよ。俺は俺、産まれた時から他人(ひと)よりもちっとばかし身体が頑丈に出来てたってだけだ」



 一瞬だけ翳りを帯びた豊満の表情から、半分は嘘で半分は本当なのだろうと京子は理解する。



「そう……。だったら、最初に警告した通りこれ以上わたし達に関わらない方が身の為よ。ヒロトも私も、この町から出て行く。もう二度と戻らない。それで勘弁して貰えないかしら」


「ふざけろよ。そんな単純な問題じゃねぇんだよ。俺にも立場ってもんがあんだ。それに、もう動き出しちまったもんは誰にも止めらんねぇよ」



 止まらない、とはヒロトを潰す為に『爆炎天使』が総掛かりで動いているという事である。


名目上は潤布豊満個人としてのタイマン勝負ではあったが、メンバー全員で学校周囲を隈なく取り囲み、逃げ場を奪う目的があった。


勿論、万が一にも豊満が負けてしまったなら、メンバー全員による波状攻撃が計画されていたのだ。


豊満も、もう後へは退けなくなっていた。


それに、京子の申し出に不服があるのはなにも豊満だけとは限らない。ヒロトも同じであった。


神奈川随一とも呼ばれている暴走族、狂走連合會のNo.2から直々に喧嘩を売られているのだ。


これを受けない漢ではなかった。



「京子さんよぉ。俺もコイツとだけはどうしてもカタをつけなきゃなんないんだよ。コイツのダチの(うしお)って野郎と、約束しちまったからよ」



 (うしお)と聞き、鬼の形相でヒロトを睨みつける豊満。親友であり盟友でもある幼馴染み、椣安潮(しでやすうしお)


その親友を病院送りにした張本人が、いったいどのような経緯で約束を交わしたというのだろうか。


真偽を問う必要性よりも、いまの豊満は怒りによって突き動かされていた。



「分かってんなら上等だぁ、糞ヒロト。一対一(サシ)で勝負といこうじゃねえか」


「こちとらハナっからそのつもりだよ」



 この先の展開を畏れた京子が制止しようと二人の間に割って入るのだが、その動きよりも速くヒロトは背後に空いた風穴へと飛び込んでいた。


コンクリートの壁に空いたその穴は、校舎の南に位置する広い校庭へと続いていた。



「待ちなさいヒロト! この男と闘っちゃ駄目っ!」



 京子が振り向きざまに手を伸ばし叫んだと同時に、ドレッドヘアーの巨漢はヒロトの背中を追い校舎の外へと飛び出していった。


 コンクリートの瓦礫を乗り越え、外に顔を出した京子の目に飛び込んできたものは、校庭のほぼ中心にて互いに距離を置き対峙する二人の姿であった。


 この後の激突を予感させるが如く、天上には暗雲が迫り、遥か遠方では雷鳴が轟いていた。


この場所が、地獄へと変わる一刻前の事である。








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