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Operations 4 畏怖






 私立天龍第一高等学校職員会議室前。


 教頭、白河のドアに掛けた手は震えていた。極度の緊張によるものであっただろう。


ヒロトにもそれは伝わってきたが、何に対するものかは分からない。


それよりも、何か得体の知れない不安が纏わりついて仕方がなかった。


 白河はドアの腹を三度ノックすると、理事長深見の「入りたまえ」の声でそのドアを開けるのだった。


「お、お二人をお連れしました」


 その白河は先導して会議室に足を踏み入れると、深見、或いは後ろの男に対して軽く会釈をし、後続の二人を招き入れるのであった。その動作はどこかぎこちない。


 京子に続き会議室に入るヒロトの目に飛び込んできたのは、理事長深見にナイフを突きつける巨漢の姿であった。


直接対峙した事は無かったが、因縁深い相手ではある。



「てめぇ、何で此処に居やがる!」



 ヒロトは前に立つ京子の手を引き後ろへと下げる。と同時に、教頭の白河は一目散に室外へと逃げ出すのであった。


白河の役目はここまで。


巨漢もそれ以上の働きは望んでいなかったから、あとは白河の好きにさせた。


目的のヒロトは、目の前にいるのだから。



「ふざけろよ小僧。そういうテメェが好き勝手してくれたおかげで、俺達『爆炎天使』も随分と肩身が狭めぇ思いしてんじゃねえか。ケジメはきっちり、つけさせてもらうぜ」


 この巨漢こそ潤布豊満うるふ とよみつという、暴走族『爆炎天使』の創始者であり、その頭を張る男であった。


それを傘下に従える狂走連合會ではNo.2の座にあり、次期會長との呼び声も高かった。


ところが、現會長であり豊満の親友でもあったうしおが病院送りとなってからは、彼も責任を問われ苦しい立場に立たされてしまう。


その潮に深手を負わせた相手こそがヒロトであったが、この問題は更なる波紋を呼んだ。


怨みこそあるはずの潮が、ヒロトへの報復行為を一切禁止したのだ。


それ以上に皆を驚かせたのは、狂走連合會次期會長に、ヒロトの名を挙げた事だった。


幹部会での話し合いの結果、會長の復帰よりも先にヒロトを潰す事で、ひとまずの回答を得るのだった。


ただし、狂走連合會としてでは無く、潤布豊満個人としてである。


これは、豊満自身が望んだ事でもあった。


また、ヒロトとは同じ天高に通う二つ上の上級生でもあった。



「先に因縁吹っ掛けてきたのはお前らだろがよ。おかげでこっちは無期停くらってんぞ」


「知るかよ。俺はただ、てめぇを殴りてぇだけだ。文句があるなら理事長のオッサンにでも言ってな」


「やんのかコラァ!」



 おおかたの状況は京子にも理解出来た。しかし、ここで問題を起こせばヒロトの復学は有り得ない。


それに、この巨漢もただでは済むまい。


京子は理事長深見の後ろに立つ男にではなく、ヒロトにこそ恐れを感じているのだから。京子がヒロトの事を恐れるのには訳がある。


ただし、恐れると言っても彼自身に対してではなく、得体の知れない陰惨な何者かが、ヒロトを支配してしまうような気がしてならないからだ。


そう思い始めたきっかけは、ヒロトが十歳の誕生日をひかえた夏の日にまで遡る。





           六年前



 日本各地を転々とする生活のなか、ようやくとヒロトも心を開き始めるのだった。


喜んだ京子は多忙な仕事の合間を縫い、浴衣に身を包むと地元神社の祭りに出掛ける事にした。


 ズラリと並ぶ夜店に興味を抱き驚嘆の声をあげるヒロトを見ていると、京子は『これが子供を持つという喜びなのか』、と僅かばかりの幸福感を味わう。


それが母親としての感情なのか、自分が作り出した幻想なのかは別として、二人は祭りをおおいに満喫した。


 珍しくもヒロトが『金魚すくい』に興味を示した為、京子は自ら進んで手本をかって出る。


ところが、二匹の出目金を自慢気に掲げた時には、そこにヒロトの姿は無かった。


辺りを見回してみるが、浴衣を着た親子や若いカップルの姿があるだけで、通りは人の波で埋もれている。


そして気が付けば、次の瞬間には走り出していた。


今立っていた石畳の上に、金魚の入ったビニール袋を落としたのも仕方がなかったと言えよう。


 この時、先程までの浮かれた感情は消え失せ、『私は母親として失格だ。いや、むしろ自分勝手な女だ』、と自らを責め立てたりもした。


 ヒロトを見つけ出したのは、それから四半刻程経った時だった。


 一人で捜すには限界があると、社務所にある迷子預かり所へ向かう途中、参道の脇道から中学生くらいの若者が飛び出して来る。


若者は前が見えていないのか、京子の身体にぶつかると地面に尻餅をついて叫んだ。



「ひいっ! ゴメンナサイっ! 許して!」



 顔面は血の気を失い、顎は小刻みに震えていた。


提灯明かりに照らされ、ズボンの前が濡れている事も十分見て取れた。


「まさか……ヒロト!」


 京子の脳裏に不安がよぎる。そして暗がりとなっている脇道を必死で駆け下りた。


どれくらい走っただろうか、京子にはとても長く感じられた。


 その場所に辿り着いた時、彼女の顔や腕にはひっかき傷が無数に出来ていた。


狭い通路に木の枝が張り出していた為だ。


しかし、痛みは感じていない。


 目の前に広がる関係者用の小さな駐車場には、外灯が一本立っているだけだったが、ヒロトを見つけ出すにはそれだけで事足りた。


 暗がりの中にぼんやりと照らし出された小さな背中。頭を垂れた視線の先には、暗闇からサンダルを履いた足が二本浮かび上がっていた。


立ち呆けるヒロトの右手には、ネットに収められたスイカが下げられている。どこか割れているのであろう、果汁が音を立てて滴り落ちていた。


否!


京子は目を疑った。


スイカに見えていたものは紛れもない人間の頭部であり、ネットに見えていたものは長い頭髪であった。


 膝から崩れ落ちた京子は理解の範疇を超えた出来事に声を失ってしまう。だが、意識の奥底では覚悟もしていたようであり、次の瞬間には立ち上がるなり駆け出し吼えていた。



「この悪魔! ヒロトを返しなさい!」



 微動だにしないヒロトの背中に、京子は帯に忍ばせていたワルサーPPKの銃口を向けるのだった。


何故一般人である筈の京子が銃を、と思われたなら、もともとそういう世界に棲んでいる住人であり、ヒロトを護るにもその世界に身を置いていた方が都合が良かったからである。



「ほんとに撃つわよ!」



 ヒロトの手から、スイカに見えていたものが落ちると、アスファルトで舗装された地面の上で鈍い音をあげるのだった。


 ゆっくりと振り返るヒロトの顔は、まるで別人、いや、およそこの世のものではなかった。


顔だけが、顔だけが深淵の闇に包まれており、目も、鼻も、口さえも存在していない。


人、とは呼べぬ存在であった。


その、ない筈の口から、人ではない者の言葉が発せられる。



『うぬに撃てるのか? ほんにこの子が大切であらば、撃てはせぬわな。くっくっくっ』



 ヒロトの顔があった場所で、ない筈の顔が不敵に笑う。


 京子もその言葉を受け一瞬、銃爪に入れた力を弛めるのだが、再度構え直すとこう返した。



「どうやら思い違いをしているようね。大切だからこそ、撃つのよ!」



 京子が銃爪を引くよりも早く、ヒロトの姿をした者は宙に舞った。外灯よりも高く、そこから伸びた両手が京子の喉を掴む。


と同時に発した銃弾ニ発は、相手の肩を掠め、またもう一発は空を切り闇夜に消え去るのだった。


その銃声さえも、祭りで上げられた花火の音によってかき消されてしまう。



『おしかったのう。この小さな箱に当てさえすれば、この子は意識を取り戻し、再びわしを封印できるとでもおもうたか。小娘にしてはよく考えたと褒めてやろう。だがな、わしの怨みはもっと深い。うぬの生き血と魂喰ろうて現世に地獄を見せてやろうぞ』



 京子を縊り殺そうと、ヒロトの小さな手が喉に食い込んでゆく。抵抗しようにも体中に力は入らず、次第に視界さえ失われてゆくのだった。



(あなた、許して下さい……約束を……まも……れ……せ……で……)



 京子は薄れゆく意識の中で、亡くなった夫、宇童是清(これきよ)の姿を見るのだった。


宇童家当主にして日本国最強の防人と呼ばれた男。


その命と引き換えに、実の妹『いより』の子を依り代として、闇の主を封印したのである。



(まだ諦めないで。僕の魂の一部も、この子に封印してあるのだから)



 京子は重く閉じかけていた瞼をゆっくりと開く。その失われそうになっていた命に、再び火を灯すのだった。


光を取り戻した瞳に飛び込んできたもの。


それは、青白く発光する魂だけの存在となった是清であり、闇に包まれたヒロトの顔面から、いまにも出て来ようとしていた闇の主を押し戻す、最愛の人の最後の姿であった。



『貴様ああぁっ! また邪魔をする気かぁ!』


「是清さん!!」



 京子にも分かっていた。是清は封印の効力が弱まるような事態を想定して、二重三重のセキュリティを用意していたのだと。


発動すれば魂さえ完全に消滅してしまうと知りながら。



(京子、君のことはヒロトを通してずっと感じていたよ。いまでも心から愛してる。そして、さようなら。僕に出来ることはどうやらここまでのようだ。あとのことは、君に任せたよ)



 是清に残された時間は僅かであった。伝えたい想いは測りしれず。ただし、言葉に出さずとも二人は分かり合っていた。



「あなた、ヒロトのことは任せて。それと……わたしも貴方のことを、愛しています」



 姿を飛散させながら、是清は闇の主を深淵の奥底へと押し戻してゆく。ヒロトの顔にあった闇も、それに伴い収縮してゆくのだった。


 完全に消えかけた黒い点から、闇の主の声が漏れてくる。



『ーー覚えておくがよい人間よ。われに死という概念は無い。なればまた、きっと近いうちに会うことになろうぞ。くっくっくっくっ』



 嫌悪の淀んだ空気は、夕暮れ時の澄んだ空気で洗い流される。縁日の賑わいと、花火への歓声で、先程までの殺し合いは夢であったかのようであった。


しかしながら京子の腕の中には血にまみれたヒロトが眠っており、外灯の下には首と胴体とが別々となった死体が転がっているのだ。



 この小さな駐車場に、音もなく黒塗りのセダンが現れる。助手席から黒いスーツに身を纏った大男が降りてくるなり、後部座席へと回りドアをあけ、深々と頭を下げるのであった。


開いた開口部からは、上下グレーのスーツで身を包んだ男がステッキ片手に降りてくる。



「こちらにおられましたか、京子様」



 はたして京子とは顔見知りであったかこの男、軽く会釈の後に辺りを見回し、深く溜息をついた。



「どうか御心配なさらずに。後の始末は分家の仕事ですので」


「何故……是定(これさだ)、さん? これは、これには事情が」


「京子様。それ以上は言われなくとも察しがつくというものです。ただし、わたくし共も背に腹は代えられません」



 是清の従兄弟にあたる是定は、実に頭の切れる男であった。


分家でさえなければ、と是定自身が考えるのも無理はない。それほどまでに、宇童家本家のもつ既得権益は絶大なものであったのだ。


それを狙っていることを、生前の是清も京子も分かっていた。


現在、正当な後継代行者は京子となっているが、彼女は是清の遺産相続でさえ辞退している。


身の危険を感じていたからだ。


しかし、ヒロトがいた。


例え養子縁組で繋がれた是清の忘れ形見であっても、ヒロトこそが正真正銘の後継者なのだ。


そして京子にとってみれば、血の繋がりはないものの息子であり、甥っ子なのだ。


それ故に、京子は幼いヒロトの手を引き町から逃げ出した。


 是定は足取りの途絶えた京子達を追って日本中に捜索網を張り巡らせた。程なくしてその動向を掴んだ是定は、数年間の行動記録を検証した後、自らの欲望にとって無害だと判断した。


 京子は問う。



「対価として、宇童家当主としての席を譲れと?」


「まさかそのようなこと……何をおっしゃいます京子様。わたくしはただ……ヒロト様は既に亡くなられていた、と年寄衆の方々に報告をあげるまで」



 京子が「まさかヒロトをころ」とまで発しワルサーの銃口を向けるが早いか、是定も同じくコルトの銃口を向けていた。



「勘違いしてもらっては困りますね。ここに転がっている死体の一部を、ヒロト様のものと偽装して持ち帰るだけですよ」



 京子が銃口を下げたのを確認して是定もコルトを懐に収めるのだった。



「利害は一致していると思うのですがね。京子様は宇童の呪縛から逃れたい。わたくしは……まぁ、ご想像にお任せします」


「この町にはもう.居られないわね。是貞さん、何処か良いあてはあって?」


「そうですねぇ……ふうぅむ……うん。港の見える街とか如何でしょう。わたくしに伝手がありましてね。その女性は不思議な術を使い、わざわざ面倒な偽装工作などしなくとも、見る者にまったく別人として認識させてしまうのです。血縁者に対して効力を果たさないところは御愛嬌といったところですが……さて、如何なさいます?」



 京子は未だ眠りの中にあるヒロトを抱え立ち上がると、是定と握手を交わしセダンの後部座席へと向かうのだった。



 翌々朝、地方新聞の片隅に行方不明者三名と数行の記事が出ただけで、警察も些末な調査しか行わなかった。消防団なども加わり山の捜索も実施したのだが、熊が出るからと早々に打ち切られるのであった。


皆が皆、きっと熊に襲われたに違いない、と山への立ち入りを控えるよう口を揃え、立看板まで設置したりもした。


確かなことは、裏でなにかしらの権力が働きかけていたからこそであったが、その後の経緯など京子達にとってはどうでもよい事であった。


此処で死に、別の場所で新しい人生を始める。


京子は藁をもすがる思いでこの地を後にするのだった。







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