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Operations 3 計略






 理事長の深見ふかみは蛇に睨まれた蛙だ。今こうして職員会議室のテーブルを前に、何とも居心地の悪い事か。


十メートル四方の鉄筋コンクリートに囲まれたこの空間は、彼にとっては棺桶同然に思えてならない。


思い起こせば産まれて今まで、これほどまでに緊張したことはなかっただろう。大学の入試結果を見に行った十八の時でさえ、緊張はしていなかった。


顔面の毛穴という毛穴から大粒の脂汗が溢れ出し、腹の底から込み上げてくる吐き気によって苦悶の表情を浮かべる。



「こんな事をしたところで、いったい何の解決になるというんだ?」



 その問い掛けは、自分の背中に向けて投げかけられた。


椅子の後ろに立ち、見下ろしながら無言の圧力を掛けてくるサングラスをかけたドレッドヘアーの男。


その彼に向けたものだ。



「余計な世話なんだよ。てめぇは自分の心配でもしてろや」



 鈍い光を放つ刃が、深見の首筋をなぞる。ゴクリ、と生唾を呑み込むその音は、背後の男にも聞き取れた。


二メートル近くもある長身の男はそれだけで見るものを圧倒したが、サングラスから覗く鋭い眼光は、更に恐怖すら与えるのであった。


しかし、その眼光が見据えているのは理事長の深見などではない。入口のドア一枚隔てて立っている、ヒロトに対してのものだった。


 男は上着のポケットからスマホを取り出すと、器用にも左手だけを使いメッセージを打ち込み相手に送信する。


おそらくは仲間達への合図なのだろうが、僅かな文字数で済んだところを鑑みれば、何かしらの計略を立てていることは明らかであった。


 男は不敵な笑みを浮かべた後、沈黙する深見にこう語りかける。



「今回は誰にも邪魔させねぇ……。テメェも、分かってんだろなぁ」



 男のナイフを握った手に力が入いる。

 

 ギリリ、と不快な音を上げ、深見の鼓膜により一層の恐怖を植え付けると、その深見は声無く小さく頷くのだった。




           |




 埠頭の倉庫前には、二十台以上に及ぶ単車がたむろしていた。そのどれもが違法改造されたものだ。


人数にすればおよそその倍以上が集まっている計算にもなるが、その誰もが関東狂走連合會傘下に身を置く暴走族の少年達である。


特に彼ら『爆炎天使』のメンバーは武闘派として知られており、誰からも一目置かれる存在であった。


 こうした集会は、金曜日の夜ともなれば当たり前の光景になっていたが、このように明るい日中に集まるなど考えられなかっただろう。


また、手にした木刀や鉄パイプを見れば、ただの集会でない事は一目瞭然であった。


 日章旗を掲げた単車の前で、煙草を吸っていた青年のスマホが鳴動する。


短い、メッセージであった。


青年はその内容を確認するなり単車に跨りキーを回す。


アクセルを全開まで開くと、その甲高い排気音は埠頭中に轟いた。さらに右腕の動きに合わせて強弱をつけると、その音はまるで音楽を奏でているかのようであった。



豊満とよみつからの合図だ! てめぇら遅れてんじゃねーぞ!」



 青年の掛け声よりも先に、皆は行動に移っていた。


武装した集団は次々と単車のシートに跨り、白煙を巻き上げる。


やがて走り出した集団は、大きなうねりとなって公道へとなだれ込んでゆく。


 一般車両の多くは路肩に幅寄せし停車するとその集団をやり過ごしていた。


安堵からか溜め息をつくドライバーを尻目に、後続の集団が現れるや否や、手にした鉄パイプでフロントガラスを叩き割り立ち去っていく。


この一瞬の出来事に、ドライバーも声を失ってしまった。


 また別の場所では、単車と接触事故を起こした黒塗りのレクサスから、頭髪を剃り上げた厳つい顔の男が降りてくるなり、黒マスクを着けた若者の襟首を掴み怒鳴り上げていた。



「おどれ何してくれとんじゃボケ!」



 男の首筋には昇り龍の刺青が顔を覗かせていた。そうした職業の人物であった。


 その男の拳が振り上げられた瞬間、彼の後頭部に激痛が走る。


木刀を持った別の少年が後ろに立っており、後頭部に向け殴打した為だ。


意識が朦朧とする中、あっという間に取り囲まれ袋叩きにされてしまう。


更には、交差点の信号も本来の役割を果たす事は出来ず、混乱する一般車両をよそに暴走バイクの集団は大移動を続けるのだった。


勿論その行く先は、私立天龍第一高等学校に他ならない。


 まるで大型台風でも通り過ぎた後のような有り様であったが、考えようによっては台風よりもタチが悪かった。


その集団の被害に遭った当事者であったか、或いは傍観者が通報したのだろうか、駆け付けた数台の警察車両が行く手を阻むようにして道を塞ぐ。


逃げ道は無いかと思われたが、集団は脇道へと散開し、その思惑を見事に裏切ってみせるのだった。


 交通機動隊の白バイ警官二人も早々に駆けつけたのだが、あろう事か到着するやいなや煙草に火をつけ一服を始めてしまう。


タバコを吸わない方の警官が呟いた。



「俺達の仕事って、何なんですかね?」



 先輩警官らしき男がそれを聞いてこう答える。



「日本の警察ってやつは、権力にはとことん弱いのよね……。俺の言ってる意味、分かるか?」


「それはそうでしょうけど、この有様は……。上はいったい何を考えてんでしょうね」



 二人は大きく溜め息を漏らすと、通り過ぎてゆく単車のテールを眺めるしかできなかった。


何らかの圧力が警察内部に及んでいる事は明白であったが、ただ手をこまねいているだけの彼等にしてみれば、どうにもやりきれない思いであったはずだ。


 混乱した住人達の説得や交通整理を終えると、彼等はいつもの職務に戻っていった。


まるで、何事も無かったかのように。




           |       



 富士の裾のにある、陸上自衛隊駐屯地。更にその奥深くに、外界から隔離された様にして建つひとつの施設があった。


堅牢なコンクリートの壁に囲まれた敷地には幾つもの建物が建ち並び、一見大学のキャンパスにも見えるがれっきとした防衛省直轄の研究施設である。


ただし、そこで生活している者は十代、二十代の若者達であり、表面上普通の学園生活と変わりない暮らしを送っていた。


違うとすれば、彼等は実験的に集められた研究素材であり、許可なく外の世界へ出る事は許されていなかった。


その研究内容も一切公にはされておらず、関係者の間でも超機密扱いとされていた。


過去にその情報を漏洩しようとした者も何人かいたが、後に変わり果てた姿で発見されることとなる。


 その施設内に設置されたヘリポートから、迷彩塗装を施された一台のヘリが飛び立とうとしていた。


開口された搭乗口から身を乗り出し、若いスーツ姿の男性が声を大にして叫ぶ。



(あらた)一尉! 急いで下さい! 十五分遅れですよ!」


「工藤ちゃんよぉ、まだ髭剃りの途中だったんだぜ。何も俺が行くまでの事でもないだろぉよ」



 不精髭を撫でながら、よれよれのワイシャツを着た男が愚痴をこぼす。


見てくれは中年のオヤジに見えるが実年齢は意外と若い。


その癖妙な落ち着きがある辺り、ただ者でない事を如実に窺わせていた。


 彼の名は新隣ニ(あらた りんじ)。この学園の教師であり、階級は陸上自衛隊一等陸尉である。


なぜ教師でありながら階級があるのかと言えば、前述で述べた通りである。ただし、彼の経歴については特殊な事情により伏せられたままだが、十三年前までは傭兵として多くの戦場を渡り歩いていた。


一等陸尉という階級を与えられた事は、彼の働きを高く評価しての事であり、異例中の異例ではあった。


 若い男性が新の手を掴み強引に機内へと引き上げる。



「あなたが担任を受け持つんですよ。しっかりして下さいよ」


「おぉ、やだやだ。俺は面倒が嫌いなんだがね」


「これは上が決めた事ですから。それに、あなたも興味があるはずですよ」



 工藤という男、新よりも一回り程若く見えるが、これでもれっきとしたプロの交渉人である。


みてくれも性格も新とは正反対だが、意外と気の合う二人であった。


彼のような一般人がこの場にいるのは、学園に雇われている為であって仕事以外の何ものでもない。


それを考慮に入れれば、彼もまた一般人と呼ぶには特殊であった。


 新はヘリに乗り込むなりシートに腰を下ろすと、既に着座して待機している一団に目を配る。


そして明け透けな態度でこう言うのだ。



「戦争にでも行くつもりなのかねぇ。えらく物騒な格好しちゃってさ」



 八名の屈強な隊員達の中でも特に威風を感じさせる中年の男が、立ち上がり一歩前に足を踏み出すと敬礼姿勢のまま新を睨むようにしてこう答えるのだ。



「特務隊長の須木戸(すきど)であります。我々の隊はあなた方のサポートを命じられております。しかしながら、作戦遂行の為であれば、如何なる手段を用いても良いという許可を頂いてもおります。たとえ一尉の指示に逆らったとしても、決して本意ではありませんので、そこのところ心得て頂きたい」



 新よりも年上の須木戸は、明らかに敵意を剥き出しにしていた。


隊員としての長いキャリアが、自衛隊という組織の中で特別扱いされている彼を許さないのだろう。


ましてや作戦決行の準備段階だとしても、遅れて来るなどもっての他であった。



「言いたい事は良く解ったからさぁ、あんまりその顔近付けないでくれないかな。怖くてオシッコちびりそうだよ」


 激高する隊員達を前に、工藤は心配の色を隠せない。


二人の間に割って入ろうとした瞬間、耳に付けたイヤホンに現場に待機させていた諜報員からの一報が入ってくる。



「どうやら目標が動き出した様です。喧嘩なんかしてないで、我々も急いで向かいましょう」



 そう言うが早いかヘリのローターは緩やかに回転を始め、次第に辺り一面は砂塵を巻き上げるのだった。


そして搭乗口を閉じると、迷彩色の巨大な鉄の塊は、風船が空へと舞い上がるかのようにふわりと地面を離れ、にわかに曇りだした東南の空へと飛び立つのであった。




 グラウンドに再び静寂が訪れると、学園はいつもの風景を取り戻す。


時計塔を有するその校舎の屋上に、新達の様子を眺めていた青年の姿があった。


目が覚めるような純白のブレザーとは対照的に、艶やかな黒髪は顔の半分を覆い隠す。


そして、鼻と口とを覆うマスクの上から覗く鋭い眼光の先には、先程のヘリが米粒ほどの大きさになっていただろう。


 男はおもむろに曲げた右肘を肩まで上げる。そして滑空してきた大空の主を受け止めるのだった。


それは大きな鷹。


ヒロトの部屋を覗き込んでいた、あの鷹であった。


 男が鷹の両眼を覗き込むと、先程まで見てきたであろう映像が、鮮やかに眼球の表面へと浮かび上がってくるのだった。



「そうか、彼が、もうすぐこの学園にやって来るんだな」



 男が細い中指と親指とを弾くと、腕にとまっていた大きな鷹は一瞬で姿を消してしまった。


文字通り、消えてしまった。


まるで手品を見せられているようであったが、それ程単純な理由では到底説明出来ない。


何かしらの特別な能力、そうとしか考えられなかった。


 その直後、背中から聞こえる女性の声に男は振り返る。



「生徒会長ともあろうお方が覗き見とは、趣味が悪くてよ。それに校舎から出るだなんて、病に冒されたそのお身体に悪いのではなくって?」



 腰まであろうかという長髪をなびかせながら、妖艶なひとりの女生徒が立っていた。


が、それを人と呼んで良いのか余りにも色が白かった。いや、青白い。生徒会長と呼ばれる青年と比肩しうる白さであったが、彼女に流れる血が西洋由来であることはその容姿そのものが物語っていただろう。


アンティークドール、その呼び方こそが相応しく思える。



「アリス……いつからそこに? まぁいい。君に隠し事など無意味だからね。それに、はたして本当に此処に居るのか居ないのやら……」



 男の名は押井皇仁おしい こうじといい、この学園の現生徒会会長である。


その端正極まりない容姿からも育ちの良さは容易に窺われたが、実際に彼の家系は四代に渡り大臣を務める政治家一族であった。


だからといって、彼自身も政治家の道に興味があるかと問えば、答えは『ノー』だ。


なぜならば、既に彼の義兄が跡取りとして政治家デビューを果たしていたことと、それとは別に彼には彼の目的があったからに他ならない。


 皇仁が瞬きをする間もなく、アリスと呼ばれる女生徒は彼の背後にまわっていた。


アリスが皇仁の前髪で隠れた頬を優しく撫で上げると、彼は思わず背筋をゾクリとさせる。


アリスの指先は透き通るように青白く、その身体に血は通っていないのかと思わせた。


まさに、氷の彫刻が如き冷たさであった。


或いは、死人(しびと)であった。



「その言い回し、好きにはなれないわね。まるで人を幽霊かなにかのように……」


「違うのかい?」


「えぇ、大きく違うわ」


「そうだな。しかし、君の方こそ悪趣味じゃないのか? 執行部室を出た直後からずっと、僕をつけ回すような真似なんかして」



 皇仁はそう言って、頬に触れた彼女の手を払い退けるのだった。



「そんな冷たいこと言わないで。私達、同じ執行部の仲じゃない」


「それで?」



 アリスはふわりとその身を浮かせると、皇仁の前に着地し二人の距離を詰めるのだった。


その動作は、極めて軽かった。



「貴方が調べてる転入生の事なんだけど……。私達が警戒する程の男なの?」



 アリスは皇仁の首にに手を回し身体を密着させると、キスを迫るかのように顔を近づけてくる。


呆れた顔で皇仁は彼女をぐいと押し離すのだった。



「さぁ、どうだろうね。少なくとも今は必要ない。まだ、その時じゃないからね。それはそうと、君も彼の事が気になるのかい?」


「貴方が興味を引く程の男なんですもの。気になって当然でしょ」



 二人の頭上には暗雲が立ち込めていた。北から伸びる灰色の曇はより一層と成長を続け、大きな積乱雲になるとその距離は徐々に近づいてくるのが分かった。



「僕が興味を持っているのは彼の血脈だよ。だからこそ僕は知りたいんだ。イレギュラーとして産み落とされた僕達のような異質な存在が、そお遠くない未来に一般社会に受け入れられる日が来るのだろうか、とね。そしてその鍵を握るのるが、彼なのではないかと考えてるのさ」


「そうね。そのような世界になってくれることを私も心から願うわ。だけど……」


「この世界は未来永劫、変わらない。とでも言いたいのかい?」



 皇仁の語り掛けに、アリスの白い顔に翳りが落ちる。彼女の過去に何があったのか、それを知る皇仁だからこそ言える台詞であった。


そして、なおもこう続けるのだ。



「だけどね、時代は動こうとしている。それも急速にね。変化を求めているのさ。この世界そのものがね」


「それも分かるわ。で、なければ、神童のような子供達が産まれてくることも無かったはずよ。それに、私の様な禁忌の力に、この国の政府が頼る程ですもの……」


「おそらく、この国は世界中を敵にまわす事になるだろう。その時こそ、彼の血が必要になってくると確信している。僕は、ただその時を待っているだけなのさ」



 皇仁の目は遥か遠くを眺めている。一般人の、およそ計り知れない所で、時代はうねりを上げ動き出そうとしていた。


それも、そうとは知らぬ一人の青年を中心にして。



「貴方が動かないのなら、私の好きにしてもよくて?」



 皇仁は眉一つ動かさずに答える。



「君の好きにすれば良いさ」



 広がりを見せる雲が太陽を覆い隠し、その影が校舎に落ちると同時、目の前にいたアリスの姿は陽炎のようにゆらゆらと消えて無くなるのだった。


まるで、幽霊でも見ているかのように。


そして皇仁は、空一面に広がった雨雲を見て一人呟く。



「今日は、嵐になりそうだな……」



 皇仁が咳をしながら校舎に姿を消すと同時に、激しい雨粒は大地を叩きつけ、天は雷鳴を轟かせるのだった。


この時、既に時代は嵐の中にあった。




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