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Operations 14 人ならざる者達





 私立天龍第一高等学校、南校舎屋上。


 屋上西端の手摺越しに、激しい雨に打たれながらもうつ伏せ状態のまま眼鏡式照準器(テレスコピック)を覗き込む真備温羅(まきびうら)三等陸曹の姿かあった。


 T字のレティクルが捉えている男は、同部隊所属の人見玄部(ひとみげんぶ)二等陸曹に何やら話し掛けているようであったが、流石に此の位置からでは会話の内容を聞き取ることは出来ない。


インカムで人見に確認しようとしたまさにその時であった。



『真備三曹! いますぐ奴を撃てっ!』



 イヤホンから聴こえてきた声は人見のものであり、その声色からも深刻な危機的状況に直面しているのだと判断出来た。



「任せて下さい!」



 狙った得物は必ず撃ち抜いてきた真備であったが、この敵の男を視認してからというもの妙な胸騒ぎがしてならなかった。


銃爪を引いたと同時に、その敵の男と目線が合ったことでその胸騒ぎは正しかったと証明されるのだ。



(コイツ、私に気付いてる!)



 男の頭部を目掛け放たれた銃弾は、人見の斜め後ろ上方から鋭角的に直線軌道を描き的へと迫る。


着弾までの短い時間、真備はふと気付くのであった。



(この悪天候なのに……何故奴は濡れてないの!?)



 土砂降りの雨の中、全身を濡らす人見二曹と足元の土砂。ところが男の周囲では雨粒が弾かれるようにして飛散しており、その全身は濡れていなかった。



「人見二曹! 伏せて下さい!」



 真備の声に反応した人見は頭を抱えその場に伏せるのだった。これから何が起こるのか、容易に予測出来たようである。


 男の周囲で弾かれている雨粒同様、真備の放った銃弾は鈍い金属音を発して向きを変えるのだった。


目に見えぬ、得体の知れない何かに弾かれ、その跳弾は人見の右腕を貫くのだ。


 人見は腕の痛みに耐えながらも男の動作に注視していた。どのようなカラクリがあるのか、その種を明かす為にわざと撃たせたのである。



『ご無事ですか人見二曹!』



 心配する真備の問いに「問題ない」と冷静に答える人見玄部。


どうやら男の仕掛けたカラクリに気付いたようである。


 男にとって味方であるはずの戦闘員を、細々と解体してみせた格子状に張り巡らせていたワイヤーのような物体。


おそらくだが、そのワイヤーを全天球状に回転させているのだろうと予測するのだった。


 立ち上がった人見は腕にナイフを突きたてると肉に埋もれた銃弾を口で取り出し吐き捨てるのだった。


そして撃たれた右腕に力を込めるや否や、傷口は周りの筋肉で塞がれ止血がなされるのである。


 男は感心する。敵でありながらここまで勇猛果敢な素振りを見せられては讃えずにはいられなかったようだ。



『アンタみたいな男のことを、戦士(ウォリアー)って言うんだろうな。あぁそっか、この国では戦士のことを侍って言うのかな? 結構好きだぜ、強い奴はよ』



 日本人に言葉は通じないだろうと本音を洩らす男であったが、実のところ人見は英語話者であった。しかもネイティブに近い発音を会得していた。



『俺の曾祖父さんの爺さんは武士だったらしいからな。流れている血からすれば、あながち侍と言われても間違いではないが、俺なんかより日本刀を使う山本の方が遥かに侍らしいと思うがな』



 思ってもいない返答に一瞬驚く男であったが、一転してその顔には笑みが見られ、気分が高揚していくのが見てとれた。



『アンタ、英語が話せるのかよ。しかも、流暢で上品な標準発音とはね……。ところで、ヤマモトって言うのか? さっきのカタナを使ってた奴。正直、途中退場してくれて助かったよ。俺とは相性の悪い戦闘スタイルだったからね。でもアンタのスタイルとは、相性バツグンだと思うんだよなぁ。アンタ名前は?』



 敵同士の会話としては友好的に思えるかも知れないが、その言葉の節々には殺意が汲み取れる。


名前を尋ねたのも、殺すには惜しいと人見の実力を認めていたからであり、そのような実力者と闘える喜びに満ち溢れていたからであった。


人見もそれを承知で応じるのだ。



『陸上自衛隊所属の人見玄部だ。階級は二等陸曹、あんたらの国ではCorporal(伍長)にあたる階級だよ。UKには、留学経験があってね。英語が話せるのはそのときの名残りさ』


『俺が英国人に見えるのか?』


『その癖のあるウェールズ訛りを聞けば誰でもそう思うんじゃないかな』


『残念だけど、俺は英国人でも無ければ軍人でもないよ。ただ、英国にルーツを持つ組織に雇われている傭兵ってだけさ』


『成る程。もしかしなくても噂に聞く多国籍傭兵団、円卓の騎士ってやつか……。どおりで納得だよ。その異質なまでの戦闘スキルと存在感』



 男は少し照れくさそうに指先で鼻を擦ると、円卓の騎士の名が遠い極東の地にまで届いていたことがよほど嬉しかったのであろう、意気揚々と自己紹介を始めるのであった。



『騎士団ではコードネームでJ(ジェイ)・リーと呼ばれてる。入団してまだ日が浅い新参者だけど、腕は確かだぜ』



 リーと名乗る男の表情から笑みが消える、と同時に強い殺意を人見に浴びせ彼の全身に悪寒を走らせるのであった。


 雨に打たれながら敵であるリーを観察していた人見は、コイツ一人だけで自衛隊の普通科連隊規模なら楽に壊滅させてしまうだろうな、と目算するのだった。


自分に勝ち目はあるのか、などと考えてはいない。


現存する戦力全てを使い、いま叩いておかなければ自分達に明日は無いだろうと考える。



「聞こえているか、真備」


『分かっています。指示を下さい』


「いい心構えだ……。俺が先に仕掛ける。奴が反撃してきたら、もう一度撃て。奴を見ていて気付いたんだが、奴の武器は極細の超硬ワイヤーだと考えられる。攻撃に転じたその瞬間こそが、我々に与えられた数少ないチャンスだと思え」


『了』



 人見とリーの両名が、先手を打とうと相手の隙を窺っていたその時である。


天を埋め尽くす暗雲には広域に渡り雷が走っていたが、徐々にそれらは学園上空へと近づいていた。


そして雲の中を走る雷の一本が、突然近くの電柱目掛け落ちてきたのだ。


大気を切り裂く雷鳴と、視界を奪う激しい閃光とが、対峙する二人にとって戦闘開始のゴングとなるのであった。


 僅差で先に仕掛けたのは人見であった。四肢を動かすことなく声を発するだけの、どのような戦士とも違うこの攻撃スタイルこそが、僅かな差異を生んだのである。



Hurricaneハリケーーーン)!」



 人見が叫んだと同時に、その前方に降っていた雨の一粒一粒は完全な球体となって弾き飛ばされ、生み出された衝撃波は円筒形の空洞を伸ばし地面を抉りながら一直線に敵へと襲い掛かるのだった。




『アレレ、先手とられちゃったよ。でも、もうその手は通じないよ。タネは分かってるし、俺にとって相性が良いって言ったよね?』



 人見の発した指向性の衝撃波が迫る中、リーは余裕を見せてそのように告げるのであった。


太さの違う六本のワイヤーをそれぞれ操り、銃弾に対しては鉄壁の防御力を誇っていた彼であったが、圧倒的火力に対しては役不足であると自ら認めていた。


人見の放った衝撃波は数ある彼の技の中でも最大級の威力を誇る。


TNT火薬に換算して10キロ級に及ぶ威力であった。


まともに受ければ、即死であろう。


にも関わらず、この余裕は何処から来るのであろうか。


それは直ぐに判明する。


 リーは身体の周囲に展開させていたワイヤーの六本を、腰から回し左手の指先まで一直線に伸ばすと、まるでギターでも奏でるかのように右手の爪を使い弾くのであった。


その旋律は無音、否、普通の人間に聴き取れる音域ではなかった。


だが、人見には聴こえていた。



 直接目には映らない衝撃波の渦は、リーの手前で忽然と消え去るのだった。


伸びていた円筒形の空間は、再び雨で埋められることとなる。



「共鳴……? 位相をずらした音をぶつけ合わせ、衝撃波を打ち消したというのか……ありえん。俺と同じ音域を聴き取れる耳……まさか、持っているというのか、奴は……」



 硬直している人見に歩みよるJ・リー。


 バシャバシャと泥水を跳ね上げ近づくリーは、勝ち誇った目つきで両膝を着く人見を見下ろすのだった。



『だから俺には効かないって言ったでしょ。まぁ正直さ、少しばかし焦ったのは確かなんだけどね。まさかあんな凄い音出せるなんて思ってなかったからさ、上手くジャムれるか自信がなかったんだよね。つまり、闇夜に鉄砲ってやつさ。フフッ、でも勝ちは勝ち。その命、貰うよ』



 自身最大級の攻撃が通じなかったことに驚きを隠せない人見であったが、この闘いの主戦力が自分ではないことを理解していた。


自分は、風穴を開ける突破口で良いのだと。


それは、仲間に対する信頼からであっただろう。


だから此処で生涯を終えたとしても後悔はしないであろうし、隊長達が無事に避難出来るだけの時間は稼げた筈だと安堵していた。


それに、まだ諦めてはいなかった。



『誰の勝ちだって? お前なんかにくれてやる命は持ってないけどな』


『ああっ! 負け犬は負け犬らしく喚いてりゃいいんだよ。死ねや!』



 頭上に振り上げたワイヤーが、雨に触れ鈍い光沢を放つ。ずぶ濡れで項垂れる人見の頭上へと、ワイヤーを振り下ろしながら勝利を確信し笑みを浮かべるリーであったが、その顔もまた人見同様に、雨晒しとなっていた。



プシュ



 勝利を確信していた筈のリーであったが、とある疑問が頭を過ぎるのだった。


まてよ、敵はコイツだけじゃなかったよな?


そう言えば、あのスナイパーはいま何をしてる?


一度失敗して諦めるような敵か?


奴の匂いならまだ感じる……屋上だ。


ん、なんだこの痛みは?



 リーはいつまでも振り下ろされない自分の左腕に視線を向ける。否、腕があった場所をである。


人見目掛け振り下ろされていた彼の腕は、真備の狙撃によって肩の付け根を撃ち抜かれ、無惨にも地べたに転がり落ちていた。



『俺の腕がああぁっ! 糞、糞糞、糞野郎! よくもやってくれたなぁ!』



 絶叫するリーの罵声は校舎屋上の真備の元にまで届くのであった。


だが、真備にしてみればこれも失敗であった。狙いは眉間であったがこの激しい暴風雨である。想定以上に銃弾が風に流されてしまったのである。


真備にとってこのような悪天候での射撃は始めてであったが、実戦での人を標的とした狙撃も今作線が初であった。


それでいてこのような成果を出せるのだから、やはり天才は存在するのであろう。


 それにしてもこの威力はなんであろうか。アンチマテリアルライフルなどの大口径対物ライフルであれば肉体を二分する事も可能であっただろうが、真備の装備する狙撃銃、M24SWSではそこまでの戦果を得られなかった筈だ。


其処にこそ、真備の能力の秘密が隠されていた。


 敵がまだ戦える状態を見て人見は吠える。冷静さを欠いてはいないであろう後輩の、隊では最年少でありながらもっとも期待されている未来ある女性、真備温羅に。



「お前ならやれる! 奴に目にもの見せてやれ!」



 真備は、「あいついま、英語だったけど糞野郎って言いましたよね。うら若き乙女に向かって失礼にもほどがあるわ!」、と叫びながら銃爪を引くのだった。


 次に放たれた銃弾は確実に眉間を目指し直進するのだが、左腕を失い痛みに喘ぐリーは、残った右腕で絶対の防御壁を敷き対策を済ませていた。



『馬鹿め! 狙われていると分かっていればどうということはない』



 銃弾が、リーの周囲を回転しているワイヤーに触れる直前、真備は自らの能力を解放するのだった。


それは、銃弾に命を吹き込み自分の配下として操る能力であった。ただし、自分が得意とする狙撃に限った能力であり、その対象も放った銃弾のみと限定されていた。


真備自身が名付けたその能力名は、「soldier of fortune」、運命の兵士と呼ばれているが、真備にとっては目的を果たす為に何でもしてくれる傭兵、みたいに思っているようであった。


英語の意味としても、あながち間違いではないのかも知れない。



「ソルジャー! 敵のワイヤーを掻い潜って頭を撃ち抜いちゃって!」



 真備の頭の中に、間髪入れず銃弾からの返事が返ってくる。



『そんなの無理。絶っ対に無理。だってさ、滅茶苦茶回転してんだぜ』


「もぉ! だったらそのワイヤー何とかしなさいよ!」



 飛翔しながら銃弾は考える。そっか、頂点の極を狙えばいいんじゃね、と。


 銃弾は弾道を変えワイヤーが構成する球体の頂点を目指すのだった。


つまり、リーが掴んでいるワイヤーの、手元であった。


 生憎とリーの指先に命中することは叶わなかったが、銃弾との接触によりワイヤーを掴む手はダメージを負い、鉄壁の防御壁は儚くも崩れ去るのであった。



『真備たん褒めて褒めて!』



 弾かれ地面に飛ばされた銃弾は、真備の「良くやった」の一言を受け役目を終えると、一般的な7.62mmNATO弾へと戻るのだ。


そして更に鼻息も荒く憤りを抑えられないリーは悪態をつき暴走するのだった。



『もうやってらんねぇ! こうなったら手当たり次第に切り刻んでやらあ!』



 リーが円卓の騎士として迎えられたのはワイヤーによる絶対の防御壁だけが要因では無かった。そのワイヤーは随時超高周波振動を起こすことが可能であり、それは変幻自在に操ることの出来るチェーンソーのようなものであった。


その上、彼自身の肉体にも秘密が隠されていたのだ。




 英国政府を裏で操る闇の組織は、幼少期の彼を拐いとある施術を施した。


 石造りの古城、その地下深くに設けられた実験場には、同じように拐われてきた子供達が五十名以上軟禁されており、マッドマンと呼ばれる神父オズボーンによって非人道的な人体改造が施されるのだった。


ある幼子は痛みと苦しさに耐えかね自らの命を断ち、またある若者は空腹とそこから齎される幻覚によって隣人を襲い、その血肉を貪り喰らう事案まで発生するのである。


しかし実験はその後も継続され、リーが物心つく頃には残った被験者の数は遂に彼を含め七名となっていた。


 組織の中で実験の継続が危ぶまれ始めた丁度その頃、リーの身体は突如として変調をきたし始めるのだ。


牢獄に設けられた格子窓から覗く闇夜の月明かり。


それを目にした日からリーは、毎夜毎夜月に向かって吠えるようになったのである。


そして吠え続けること十三日目の深夜、リーは二番目の成功例としてある条件と引き換えに自由を手にするのだった。


その条件とは、組織が敵視する人物達の暗殺であった。


実のところ自由とは名ばかりであり、素性がバレず足の付かない暗殺者として、良いように利用されるだけの飼い犬に過ぎなかった。


しかも自由を手にする為に、初めて組織から依頼された標的が、顔も憶えていない実の両親であったとは、手にかけた彼自身知る由もなかった。


 依頼を達成したリーは心の中で誓う。同じ被検体として幽閉されていた、病気を患い若くして命を落としてしまった少年との約束。


生前、彼が教えてくれた家族という言葉。


家族とは温かいものであり、自分にとっては帰るべき場所であると。


リーと少年は、お互い自由を手に入れたなら、世界の何処かに居るはずの家族を必ず捜し出しこう言おう、と。


その言葉とは、「帰りました」であった。


リーにとってみれば、それは果たされない約束となってしまった。




 

 土砂降りの雨を降らす分厚い雲は、その上に浮かび陽光を照らす太陽も、薄く霞んだ昼間の月さえも、分け隔てなく覆い隠していた。


その雲の上に向かい、リーは顔面に大粒の雨を受けながら遠吠えを始めるのだった。


 人見はそのようなリーの姿を見て、何故だか分からないが悲痛な祈りのように感じ胸が締め付けられるのだった。



「何が、始まる……。この叫び、人のものではない。まるで、狼そのものじゃないか……」



 直後、真備の放った次弾がリーの眉間を正確に捉える、のだが、役目を終えたばかりのソルジャーから、『銀の弾だ、銀の弾持って来い小娘! コイツは不死者だ!』と即時報告が入るのであった。



『人見さんっ、直ぐに其処から離れて下さい! コイツに弾は通じません!』



 人見も危険を察してか、身を翻すや否や校舎側へと走り出していた。


だが彼の体格である。


条件的に地面が泥濘んでいたことも重なりその動きは軽快さを欠いていた。


 銃弾を受けたリーの頭部は後ろに仰け反っていたが、全身を形造る骨格と筋肉とが急激に成長し、着ていた衣服も引き裂かれてしまうのだった。


露わとなったその肌には、灰色の長い体毛が全身を覆っており、その腕と足の爪は研ぎ澄まされた刃物のように光沢を放っていただろう。


更に、失われていた左腕に至っては、新生組織が生成され一瞬で復元されてしまうのだ。


後方に倒れた頭を起こすと、やはりその顔は狼のものであった。


眉間に空いた小さな穴から、細胞の再生と共に銃弾が弾き出される。


そして狼の姿に変貌したリーは雲の上の月に向かって吠えるのであった。


その姿、まさに人狼。


天空に月が居住している間のみではあったが、不死者と呼ばれる存在であった。



『逃げるなよ人見。まだ俺達の殺し合いは始まったばかりだぜ』



 地面を蹴るリーの姿は目で追えない。変貌した後のリーは大柄な人見を見下ろせるほどの巨体であったが、大人の胴回り以上の大腿四頭筋が爆発的な瞬発力を齎すのであった。


 人見の前に回り込んだリーが丸太のような両腕を振り上げる。このとき、人見は何故リーが六本のワイヤーを扱えるのかその理由を知ることとなる。


彼には、指が六本あったのだ。


それは、組織が彼を拐った理由でもあった。


そしていま、襲い掛かるワイヤーの数は十二本となっていた。


 縦横無尽に振り回されたワイヤーは人見の肉体を容赦なく切り刻んでゆく。それも痛みに耐える苦痛の表情を愉しむため、敢えて肉体の表面だけを抉りとっているのだった。



『どうだ、距離をとられてはさっきのようなマイクロ波を使った攻撃も出来ないよなぁ。音波攻撃は、俺には通用しないしなぁ! さぁ、どうするよ人見ぃ!』



 人見は覚悟を決めていた。逃げるという選択肢など初めから無かった。あるのは、奴を倒すチャンスをどうやって作るか、である。


そしてリーが、『つまんねぇの』と殺意に満ちた腕を振り下ろそうとしたその瞬間。



「逃げはしないさ。目的は、お前さんに背中を向けさせたかったからだよ」


「What did you say?」


「そのよく聴こえる耳を塞いでな。気が狂っちまうぜ……Go(ゴー) insane(インセインッ)!」


 襲い来るワイヤーを目前に、人見は雨に埋もれた地面に向かい野太い声をぶつけるのだった。破壊的重低音は大地を揺らし、地表の泥土と雨水とを噴火の如く巻き上げるのだ。


そしてそれはワイヤーの振動を殺し、斬撃を封じる天然の防壁となる。



『防いたところで勝った気になるなよ!』


『悪いが、勝ったつもりだぜ』


『馬鹿を言え。貴様に俺を倒せる手などあってたま……』



 人見の返答を受け、リーは背中に悪寒を覚えるのだった。そして彼の人間離れした鋭い嗅覚が、自分にとって最悪の敵が現れたことを静かに告げてくるのだ。



『お前の言う、例の侍野郎か!』



 振り返るリーの前に、気配を殺し無心の境地で正対する男の姿があった。その者の手は、鞘に収められた一振りの太刀に添えられていた。



『それだよその刀! なんて邪悪で陰惨な思念を纏ってやがる。俺の本能が、ソイツにだけには近づくなって言ってんだよ! 何で戻って来やがったこの死に損ないがっ!』



 目を閉じたまま、左脚を下げ腰を落とした山本は、ゆっくりと息を吐き出しながら只々精神の統一に努めていた。




 先程の戦闘で体力を使い果たし意識を失いかけたことは事実であったが、戦友の窮地を感じ取るなり支えてくれていた隊長の須木戸に、どうか自分一人だけでもと戻ることを懇願したのである。


勿論、須木戸は止めたがそれを黙って受入れるような男でないことも重々承知していた。


既に校舎昇降口までは下がっていたのだが、山本は掴まれた腕を振り解こうと必死であった。


其処へ偶然にも別行動をとっていた大塚、足立、湊の三名、そして彼らに保護された宇童京子と合流するのだ。


 端的に状況を確認し合った後で、新一尉に随伴していた隊員の一人である足立が、山本の背中に掌を充てがうと同時に、見ているだけで損耗していた体力がみるみるうちに回復していくのが分かった。


意識を失い、その場に倒れ込む足立。


彼の能力が回復に特化したものであることは見れば分かるが、その代償は対象が抱えている問題をそのまま自分に投射するというものであり、随分と使い所に悩む能力ではある。


須木戸が新に随伴させるメンバーを選考した時の理由も、彼の身にもし万が一のことが起こったならばと、足立を推挙したのであった。


その足立が意識を失い倒れたということは、それほどの状態でありながら山本は戦場に戻ろうとしていた、という事である。


これが、特務隊に籍を置くという気概であったことだろうか。


 山本の回復を待ち、須木戸は気絶している足立を背負い、京子と共に屋上で待機する真備と合流することとする。


大塚と湊の二名は、体育館に一人残した新の身を案じ、来た道を走り出していた。


そして肝心の山本であるが、その姿すでに其処にあらず。


静かなる林の如く音も立てず、疾風の如き素早さで、炎の如く猛進し、山の如く人狼リーの前に立ち塞がるのであった。




 リーはその剛腕を使い力まかせに十二本のワイヤーを叩きつけてくる。


山本が何もしなければ、秒でその身体は十二等分されることだろう。


だが、山本は動じない。


そして、呼吸を止める。



チンッ



 山本の身体は同じ姿勢を保っていた。いつ抜いたのか、いつ斬ったのか、やはり目で追うことは困難であった。


 先に手を出した筈のリーは困惑していた。俺のワイヤーは何処だ、目の前に転がる丸太は何だ、と。


 刹那の出来事であった。リーからしてみれば刀の間合いに入る事なく距離を置いての攻撃であったし、打ち込める時間など微塵も与えたつもりなど無かった。


しかし彼には誤算があった。


山本が所持している刀が、おかしいと感じていながら、それを刀として認識していたことである。


それに他の隊員達同様、山本もまた能力を有していることをリーは疑いもしなかったことである。



『ヒッ、ヒヒッ。コイツ、どうやって斬ったかは知らないけど、腕の一本や二本どうってことないさ。直ぐに新しい腕が生えてくるからな!』



 天空に月が存在しているこの間だけは、不死者であるリーは本来無敵であり究極の生物である筈だ。


有り余る体力と、自己再生する肉体。


だが様子が違う。


斬られた腕は再生するどころか、本体側の断面が赤く爛れ健全な細胞までをも蝕んでゆくではないか。


再生は、なされない。


 口下手な山本に代わり、英語話者である人見が教えてやるのであった。お前、詰んだぞ、と。



『お前さっき自分で言ってたよな。相性が悪いって。それにソイツの持ってるのは刀じゃなくて太刀、な。なんでも、ど偉い坊様が邪を祓うために使ってたっていうんで、破邪の太刀って呼ばれてるみたいだぜ。もう分かったよな。お前の負けだ』



 リーは理解する。自分が今まで繰り返してきた殺しは、俺に何を齎したのか、何を手に入れたのか。人を傷付けることに快楽を覚えたのなら、それは人ならざる者であり人とは呼べないだろう。俺は人を傷付けたかったわけじゃない。俺は何がしたかった? 何が欲しかった? そうだ、俺は俺の帰るべき家と、俺の帰りを温かく迎えてくれる家族が欲しかっただけじゃないか。そして、迎えてくれた家族に、ただいまって言うんだ。あっ、そっか。家族なら、帰るべき家なら、もう手に入れてたじゃないか。ねぇ、サイクス団長、と。



 リーは濡れた地面に仰向けとなると、叩きつける雨を全身で受け止めながら人見に語り掛けるのだった。


その瞳から、殺意は消えていた。



『分かった分かった、俺の負けだ! でもな、其処の侍に負けたわけであってだな、お前に負けたんじゃないからな人見っ! 煮るなり焼くなり好きにすればいいさ』



 そうと聞いた人見と山本の両名は、屋上から狙いを捕捉し続けている真備に対し、もう撃つなよ、と掌を掲げ合図を送るのだった。


リーの耳には、真備の舌打ちする音が聴こえていたに違いない。



『でもよぉ……最後にひとつ教えてくれないか。俺は刀の間合いには入ってないはずだ。なのに、俺は腕を斬り落とされた。ありえないだろ、普通に考えて……』



 此処でこれに答えたのは山本であった。実は山本もまた人見と共に留学していた時期があり、単に口下手なだけであり簡単な日常会話程度であれば可能であったのだ。



『拙者、次元を斬ることが出来るのです。距離は関係無いのです。加えて、妖刀数珠丸には人ならざる者達を斬る力があり、その者の邪気を祓うと同時に、その力をも吸い摂ってしまうのです。あの世の者も、この世の者も、斬れぬものはないのであります』



 頭部から人間の姿を徐々に取り戻してゆくリーであったが、堪えていたのか笑みを浮かべると頬を膨らませ短く吹き出すのだった。



『なんだよそれ、そんな奴相手に誰が勝てるかってんだよ。ざまぁねえよなまったく。もういいからとっととやりな』



 覚悟を決めたリーを見下ろす二人であったが、突然互いに背中を向け合い咳払いをするのだった。


敵にとどめを刺す気配が感じられない。


更に、それを見かねた真備が撃っても良いかと尋ねてきたかと思いきや、二人のイヤホン越しに届いた内容は、『レディが見てる前でその恥ずかしい◯◯◯いつまで晒してんのよ! アンタ達なんとかしなさいよ!』、とかなり御立腹のご様子。


 当然、耳の良いリーには真備の声が聴こえていたようであり、『恥ずかしいからさっさと◯してくれー!』と喚き散らかす始末。


 チラリと振り返った人見が、『そりゃあ、狼に変異して服を破いたんだからそうなるわな。もうこのまま生き恥晒してもらって、はい罰は受けましたでいいんじゃね』、とニヤリ。


 口下手な山本でさえ、『ご愁傷様です』、の一言で終わらしたあたり、円卓の騎士としてのリーは死亡したものとして認識されてしまったのかも知れない。


 恥ずかし涙を浮かべるリーは心の中で、お前ら皆んな人間じゃねえ、と叫ぶのだが、全身の力という力を数珠丸に吸い尽くされてしまった彼にはどうすることも出来なかった。


 このようにして、円卓の騎士メンバーの一人が戦線から脱落したのであった。






 リーの敗北確定から数秒後の出来事であった。特大の雷鳴と、激しい雷光とが、同時にこの学園を襲ったのである。


 息つく暇もなく、一瞬で半壊してしまった体育館。


 学園への落雷を受け、濡れた校庭に立っていた二人と、裸体で横たわる一体は、一瞬で意識を失ってしまうのだった。


そして大量に降ってくる瓦礫の山。


安否の確認が取れない以上、彼らの生死は不明のままであった。

 




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