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Operations 11 円卓の騎士





 女子高生、遠延朱(とおのべあかり)を乗せた電車は鎌倉駅に着いたところで運行見合わせとなり、乗客達を強制的にホームへと降ろすのであった。


それは今後予測される悪天候の為であったが、神奈川県知事による緊急避難勧告によるところも大きく、既に駅舎の外では瞬間最大風速20m/sを記録していた。


人が支えも無しに立っていられるのが困難な状況であり、駅周辺の電線は軒並み音を立てて揺れていた。



「信っ、じられないんですけどぉ。確かに寝坊した私が悪いですよ。急いでたから天気予報なんて気にもしてなかったし。でもさでもさ、なにこれ? 帰宅難民ってやつ? こんなか弱い美少女一人を駅のホームなんかに放り出しちゃってさ、いったいこれからどうしろってのよ」



 表情に落胆の色を浮かべ肩を落とすこの女子高生。何を隠そう彼女こそ、宇童家の隣人であり今朝方溜息のひとつを漏らし自転車のペダルを踏んでいたあの女子高生であった。


ヒロトが横浜に越してきて以来の幼馴染であったが、学校カースト最下層のヒロトとは対照的に学業に秀でていた彼女は名門私立として有名な中高一貫校、横浜教立学園に席を置いていた。


 今日は朱にとって大切な日であり、それはバスケ部のレギュラー獲得をかけた練習試合が予定されていたからである。


中学入学と同時に始めたバスケであったが、当初はあまり乗り気ではなかった。


否、興味が無かった。


では何故始めたのかと言えば、バスケ部レギュラーであった親友が地区大会直前に足首を負傷してしまい、急遽代役を頼まれたことをきっかけとする。


後々になって判明するのだが、足首の負傷とは真っ赤な嘘であり、誘っていたバスケ部入部にあまり乗り気でなかった朱を強引に引き入れようとした親友の画策であった。


何故そこまでして入部させようとしたのかと言えば、小学生時代から数々のスポーツ競技に助っ人として引く手数多であった朱は、参加した全ての試合において一度の負けも経験していなかったからである。


設立以来一度として試合に勝ったことのない教立学園中等部バスケットボール部は、その存続を賭けて遠延朱に白羽の矢を立てたのであった。


その結果、横浜県下最弱と言われるバスケットボールチームは県大会の男女混合戦において見事準優勝を果たすのである。


練習試合の相手としても選ばれなかったような最弱校が準優勝という偉業を成し遂げたのだ、それは奇跡と呼べたかも知れないし一躍有名となり注目の的となるのも必然かと思われた。


だがそうはならなかった。


奇しくもその大会で優勝を果たしたバスケットボールチームには、朱と同じく助っ人選手として参加していたヒロトの姿があったのだ。


幼馴染であるヒロトに負けたことで、朱の中にあったバスケット魂に火がついた次第である。


そんな魂があったのかと言えば嘘になるが、元々負けず嫌いな性格もあってか一からバスケットボールを極めたいと考え入部の運びとなるのであった。


しかしながらそれこそが、失敗の元凶であった。


 無事に入部を果たした朱であったが、元々バスケットボールの試合経験は数えるほどしか無く、ルールすら頭に入っていなかった。


基本的な技術とルールの習得から始めた結果、次の試合から教立学園中等部バスケットボールチームは県下最弱の看板を再び背負うこととなるのである。


 高等部に進学した朱はそれでもバスケを続けていたが、基本を学べば学ぶほど試合では思うように結果を残せず、いつの間にやら二軍ベンチが朱の指定席となっていた。


今日行われる実業団チームとの練習試合において、何かしらの結果をアピールさえ出来れば、引退を控えた先輩選手達のその枠に、辛うじて食い込める可能性を残していたのだ。



「どうしよう……あれ、使っちゃおっか……いやダメダメ、絶対にダメ。嵐の範囲が広すぎて全体像が把握しきれないし、限定的な行使じゃそもそもなんの解決にもなりゃしない。身体の負担を考えると、やっぱ誰かの助けを待つしかないかぁ……」



 ぶつぶつと何やら小声で呟いている朱のスマホが着信を知らせる。その相手は中等部時代の朱にバスケを勧めてきた親友であり、現バスケ部のレギュラーメンバーである幸絵(さちえ)からであった。



「ごめんサチ! いま鎌倉駅着いたとこなんたけど電車停まっちゃってさ。それによりにもよってさ、この天気だから路線バスも出せないんだって。もう試合始まっちゃうよね? 私、これからどうしたらいい?」



 返答に少し間が空き、親友の幸絵は冷静な声色でこのように応えるのだった。



『ーーまず朱、落ち着いてよく聞きな。伊藤先生からの共用ライン見てないの?』


「ライン? 寝坊しちゃってそんな暇なかったし」


『いいから見てみ』



 朱がラインを開くと、確かにバスケ部顧問である伊藤先生からのアカウントと幸絵からのものが確認出来た。


 先生からのラインを開くと、『突然ではありますが部員の皆様 また関係者各位への緊急連絡となります 本日予定されておりました実業団バスケットボールチーム サンセットアワーズとの練習試合ですが 神奈川県下においては未曾有の悪天候が予測されており またそれに伴う緊急避難勧告の発令も十分考えられます よって本日の試合は中止とし 一旦白紙とさせて頂きます 皆様におかれましては不要不急の外出を控え自治体の指示に従い安全を第一に考え行動して頂けたならと思います 刻々と変化する天候にくれぐれもご注意下さいませ』



 朱の口は開いたまま、そのまま顎が地面に着いてしまうのではないかと思えるほどのショックを受けていた。



『ねえ聞いてる? ねぇ、朱ってばさぁ!』


「ーーえっと。う、うん聞いてるよ。試合中止とか、マジ凹むんですけどぉ」


『試合なんかどうでもいいよ! ってかさ。アンタ其処から一歩も動くんじゃないよ。いま避難誘導で消防隊が向かってるみたいだし、なんか自衛隊まで動いてるって噂もあるしさ。助けが来るまで大人しくしとくんだよ』


「大人しくもなにもさ、いま駅員さんが拡声器片手に西口に急いで向かうよう呼び掛けてんですけど」


『それそれ! きっと避難場所に誘導してくれてんだよ。何処に避難するとか言ってない?』


「それがさぁ、いま人混、みに押されながら移動してんだけ、どね。なんでも御成中学校行き、の避難バスが用意……ってどこ触ってんだよオッサン! あぁもうどいつもこいつも、前が詰まってんだから押すんじゃねえよ!」


『ごめん、朱。いまは電話どころじゃないよね。落ち着いたら連絡ちょうだい。待ってるから』



 幸絵が電話をいつ切ったかなど朱は把握していなかった。再びスマホを耳にあてた時には目の前のバスは満車となり走り出していた。


乗り漏らしたたくさんの帰宅難民者達が次のバスの順番待ちで小競り合いをしているのを見て初めて、通話が切れていたことに気付くのである。


 あと何台避難バスが用意されているかなど朱の知るところではないが、混雑しているバス乗り場に人を押し退けてまで割って入ろうなどという気にはなれなかったようだ。


 朱は空を埋め尽くす暗雲を見上げると、横殴りの雨と強風に身を晒しながら、上空の一点をただただ見つめるのであった。



(あれって……サチの言ってた自衛隊? の、ヘリ?)



 これほどの強風と視界の確保が困難な状況では通常ヘリは飛ばせない。ましてや低空で市街地への降下を考えたなら、二次災害を招く確率は格段に上がる為運行許可など下りるわけがなかった。


ただし、朱が目にしているヘリはそれらとは明らかに素性が違っていた。


そのヘリは、交渉人工藤を乗せた国立富士宮学園所属のロクマル改であった。




            ∣





 私立天龍第一高等学校、職員会議室内。



 激しい雨音と、息が詰まるような高濃度の湿気とが、外壁に空いた穴から室内へと急激に流れ込んでくると、コンクリート剥き出しの室内は一気に室温を低下させる。


そのような職員会議室の中にあって潤布豊満は、荒い呼吸を整え安定させると、銃を持つ敵を迎え撃つべく仁王立ちで待ち構えるのだった。


 豊満の背後に横たわる長机の陰から、播臼平太が身を隠しながら心配そうに声を掛けてくる。


それは爆炎メンバー総掛かりで豊満を潰そうとしていた男の言葉とは到底思えなかった。それほど今の状況に身の危険を感じているのであろう。



「なぁ、豊満よぉ……。俺が言うのもなんだが、お前死にてぇのか? 奴ら銃を持ってやがんだぞ」



 豊満は溜息をひとつ、そして表情を変えることなくこのように告げるのだった。



「誰が死ぬって? 笑わせてんじゃねえぞ平太。俺を誰だと思ってやがる。ってかよ、お前らが此処に居たんじゃ足手まといにしかなんねぇだろが。悪いことは言わねぇ、今すぐ奥の階段使って屋上に向かえ」


「馬鹿言ってんじゃねえ! テメェも一緒に逃げんだよ!」



 豊満の口元が微かに笑ったように思えた。裏切られたと思っていた悪友の口から、自分の身を案ずる言葉を投げかけられたからである。それは肉体的ダメージからの回復途上にあった豊満にとって、力を滾らせるに十分値した。



「俺を心配してくれてんのか、平太。生憎と俺の心臓は鋼で出来てっからよ、そう簡単に死にやしねぇよ」


「グダグダ言ってねぇで俺らと一緒に逃げんだよっ!」



 背中を向けたままの豊満は片手を挙げて指で天井を指すのだった。


そして爆炎メンバーの後輩二人に対しこのように怒鳴りつけるのだ。



「お前らいつまで座ってやがる! 其処の役に立たねぇ怪我人連れてさっさと屋上へ逃げろっつってんだよ!」

 


 後輩メンバーの二人は小さく頷き生唾を呑み込むと、両腕だけで抵抗する平太を抱え強引に職員会議室から廊下へと連れ出すのだった。


「アイツも一緒に連れてくんだよ!」、と喚く平太に後輩の一人は、「総長が生き延びろって言ってるんすよ! 総長を裏切った俺らにねっ!」と涙を堪えながら訴えるのであった。


そしてもう一人の後輩メンバーも、「もし俺らが生きていられたら、後でしっかりと罰を受けますから、いまは大人しくしておいて下さい」、と感情荒ぶる平太を冷静に諭すのであった。



(すまねぇ、豊満……。お前は昔っからチームが一番だったもんな……家族みてぇによ。それを俺って奴は……。でも待てよ……そもそも何で俺ら爆炎が見ず知らずの糞野郎共に命を狙われなきゃなんねぇのよ…………。まさか、ありえねぇ。俺達爆炎が、あの宇童のガキに関わっちまったからなのか?)



 押し黙る平太は心の中で豊満に詫びると、そもそもこの惨状を招いた原因は宇童ヒロトにこそあったのではないか、と憶測を広げるのだった。


『チームを護りたければ、宇童のガキにだけは関わるな』


ここ最近、横浜中の族という族の間で囁かれている噂であった。


鼻で笑いあしらってきた平太であったが、ここにきてその噂が真実味を帯びてくると、流石に信じない訳にはいかないと眉間に皺を寄せ額に汗を滲ませる。


平太の握りしめた拳の中で、後悔の念が蠢いていた。


 豊満の耳に避難を始めた平太達の足音が届かなくなって間もなく、校舎内の照明はその全ての灯りを失うのであった。


悪天候による停電、もしくは破壊工作による電源消失の二つの原因が考えられるが、近隣の建物、信号機に灯りが点いていることからもまず後者と考えて間違いなかっただろう。


それを証明するかのように、室内と外界とを遮るべき壁にポッカリと口を空けた穴の先に、四つの大きな黒い影と、小さくか細い影とが姿を現すのだった。


 影達が手にした銃器から発せられるレーザーポイントが、彼らを迎え撃つ豊満の額に集約された次の瞬間、連続する射撃音が校舎内に轟き渡るのであった。




            ∣




 私立天龍第一高等学校、体育館内体育用具室。


 京子は跳び箱の陰に身を屈めると、掌でヒロトの口を塞ぐのだった。


迫りくる敵から身を隠しているのだろうが、それとはまた別の目的もあった。


敵の数と、その目的を探る為であり、またこの状況を打破する為の策を練っている最中であったのだ。


何故ならば、この体育用具室は体育館の中と外部双方に通ずるドアが存在したからである。


しかしながら現時点ではそのどちらのドアも開けられなかった。


その先に、敵が待ち構えているかも知れないと考えたからだ。


だからこそ京子は耳を澄まし敵の動向を探っていた。


 同時刻、体育館の中は暗闇が広がっており、天井にぶら下がるLED高天井用照明器具はそのどれもが沈黙していた。


おそらくは配電設備そのものが破壊されたことで学校敷地内全ての電源が落とされたものと考えられる。


更にこの悪天候が太陽の光を遮っており、高窓の暗幕カーテンが閉じられていたことも相まってか正午を前にしながらも日没後のような暗さを体育館内に齎していた。


そのような館内に、天井に打ちつける激しい雨音と、圧し殺したかのような小さな足音が複数確認出来た。



(足音は……四つ、否、更に四つ増えて全部で八つね。そのうち初めの四つは重装備、後の四つは比較的軽装備だわ。私一人なら何とかやり過ごせそうだけど、ヒロトが居るとなると少しばかり厄介だわね……)



 京子は激しい雨音でかき消されてもおかしくないほどの小さな足音だけで、体育館の暗闇の中に何人居てどのような配置でどのように移動しているのかまで把握していた。しかも厄介な敵がそのどちらであるかまでをも読み取っていたようだ。


最恐一般市民、宇童京子。


美魔女ゴリラ、宇童京子。


絶対的破壊神、宇童京子。



『……ヒロト、いま何か言った?』


『ほへははんほひっへへえほ(俺は何も言ってねえよ)』



 ヒロトは口を塞いでいた京子の手を力任せに振り解くと、迫りくる脅威の対象を前に心躍らせこのように叫ぶのだった。



「ホントに今日ってぇ日はよぉ、楽し過ぎんだろがっ!」


「駄目っ! 待ってヒロト!」



 京子の静止を振り切りヒロトは、体育用具室の分厚い引き戸を蹴破り体育館の板間に飛び出すのだった。


くの字に折れ曲がった引き戸は大きな音をあげ床に叩きつけられる。


そして暗闇の中に、ヒロトの瞳が赤い点を二つ灯すと、背中の二重真円に収まる五芒星が身体の線を浮き出させるのだった。


 四体の武装集団、ラストバタリオン達は暗視スコープ越しにヒロトの姿をはっきりと視認すると、即座に銃爪を引くのだった。


無数の銃弾は着弾を前に床板へと叩き落とされ弾頭はその尽くが潰されていた。


次の瞬間、ラストバタリオン達はヒロトの姿を一瞬見失ってしまう。


再び視認した時には既に遅く、中央に位置する敵の一体は頭蓋骨陥没を経て肉体はまるでプレス機に押し潰されたかのように圧殺されてしまう。


バキバキと骨が砕かれる音と、肉体から肉塊へと潰され変容する生々しき破裂音。


 反射的に発砲する両サイドの敵であったが、其処に肝心なヒロトの姿は見当たらず仲間内での同士討ちとなってしまうのだった。


瞬く間に、ラストバタリオン達は壊滅してしまったかと思われた。


が、撃ち合いで倒れた筈の三体は何事もなかったかのように平然と立ち上がると、周囲を見渡しヒロトの姿を探し始めるのだった。


肉体的構造上、神経伝達経路を遮断するか脳細胞の完全破壊、もしくは肉体そのものを細分化しない限りラストバタリオン達を沈黙させることは出来ない。


それを知るはずのないヒロトは本能だけで無意識の内に理解するのだった。



「テメェら、なんてデタラメな身体してやがんだ、よっ!」



 この暗闇の中にあってもヒロトの視界は明瞭に確保されていた。暗視スコープを装備している敵ならばともかく、普通の人間に出来る芸当ではない。。


それもそうだろう。


いまのヒロトの肉体では、霊的置換が部分的に行われているからであった。


その器としての肉体に幽閉されている魔神の力が、僅かに覗いた封印の隙間から漏れ出ているのだ。


強い力であればあるほど封印の力によって霊的空間の最下層に押し留められるが、最も微弱な力であればその効力を掻い潜りザルの目を通り抜けるようにして漏れ出たのであろう。


また、封印の力が弱まっていることも確かであった。


 ヒロトの身体は宙を舞っていた。敵の一体を叩き潰したと同時に床板を蹴り上げていたのだ。


 ラストバタリオン達が同時に天井を見上げその姿を捉えると、瞬時に一斉射撃が開始されるのだった。


 空中で逃げ場のないヒロトは開脚するなり身体を捻らせ回転を始める。


果たしてこれが人間に成し得る体技であっただろうか。


最早身体は高速で回転する宇宙独楽のようであり、それに触れた銃弾その全てを乱反射させるのだった。


床と壁面に減り込む潰れた無数の銃弾。


上からの銃弾を浴び膝を着くラストバタリオン達。


 銃撃による火花とレーザーポインターの光源とが戦闘の激しさを浮かび上がらせる。それは暗闇の中でその動向を覗う京子に過去の悪夢を呼び起こさせるのだった。


夏祭りのあの夜、京子が見た光景。


あれと同じことが目の前で起きているのだと、暗闇の中で行われている戦闘を感じ取りながら両膝を着き項垂れる京子であった。



「止めて……お願いだから……ヒロトを、私から奪わないで……」



 そして館内に充満する殺意と狂気を全身で感じながら、京子は化け物の再来を確信するのである。



「くかかかかっ!」



 回転を解き床上に足を着けたヒロトの声は獣のものに変わっていた。それは人格が変容したことを示しており、この戦闘を楽しんでいるかの如く次の行動は更にエスカレートしてゆくのだ。


 立ち上がったラストバタリオン達は沈黙する標的を取り囲むなり、手にした短機関銃を投げ捨てコンバットナイフに持ち替えるのであった。


そのナイフは刀身が鈍い音を発しており、その表層では放電現象が垣間見える。


つまり、高電圧高電流を帯びた電撃ナイフであった。


これは失神させることで行動抑止を目的とするテーザーガンなどとは違い、触れた者の命を奪う為に開発されたコンバットナイフである。殺傷力は、極めて高い。


 赤眼のヒロトは、鼻で笑いながら両腕をダラリと垂らすと、さぁやってみろよ、とばかりに無防備な体勢で迎え討つのだった。


それに対し一斉に飛びかかるラストバタリオン達。


 ナイフの先端がヒロトに触れるその瞬間、ヒロトの姿は一瞬にして敵一体の背後に回り込んでいた。


片手で敵の後ろ頭を掴むと、まるで果実をむしり取るかの如く引き千切ってしまうのだ。


それを見ても、残る敵は一切怯むことなく襲いかかるのだった。


 ヒロトは握っている頭部を投げ捨てると、二体によるナイフの斬撃と突きとを一重にかわしながら、ナイフを振り上げた瞬間を狙い敵の両腕を掴むのだった。


腕を掴まれた敵の運命は、身体を引き裂かれ左右に二分されるや壁面へと叩きつけられてしまう。


残る一体がその隙にヒロトの腹部へとナイフを突き刺すのだが、ヒロトは電撃をものともせず返って魔神の力を呼び起こす結果となる。


 敵の手首を掴みナイフが腹部から引き抜かれると、傷口はみるみるうちに修復され、そこには傷跡のひとつとして残ってはいなかった。



「つまらぬ」



 赤眼のヒロトがそう呟いた直後、敵の身体は肥大した後爆ぜると、細切れとなった肉片を周囲に撒き散らすのであった。


 これが、これこそが世界を恐怖に陥れた魔神の力であっただろうか。


否、そうではない。


魔神は、未だヒロトの中に封印されている状態であり、これらの力はあくまでもその片鱗に過ぎないのであった。


 声を失い、絶望する京子に背後から声が掛けられる。どこか聞き覚えのある懐かしい声であった。



「甥っ子の顔を見にきてみたら、とんだバケモンに出くわしちまったぜ。大丈夫かぁ? 京子よぉ」



 振り返る京子の目の前に、人影が四つ。全部で八つあった足音の、残る四つの正体だと直ぐに理解するのだった。


そして、そのぶっきらぼうな声の掛け方に、絶望していた京子は僅かな安堵を覚える。



「ーー兄さん? ほんとに、兄さんなの?」


「こんな形で再会したくはなかったんだが、しょうがないよな。あれから、もう十三年も経つなんてよ」


「そうよね……。だけど、ヒロトが……ヒロトが!」


「分かってる。だから、いまは思い出話なんかしてる暇はない。俺達はその為に此処に来たんだからよ」



 自衛隊一等陸尉、新隣二(あらたりんじ)旧姓新京子(あらたきょうこ)の実の兄であり、新滅心流(あためっしんりゅう)先代当主である。


未だその実力は定かでないが、覚醒を予感させるヒロトを保護する目的で選任された背景からも、それに相応しい実力の持ち主と言えただろう。


また伏せられている過去の傭兵時代に、一体なにがあったのか。


それは今もこの先も、自らの口から語られることは決してない。



「大塚、湊、足立の三名はコイツをつれて出来るだけ此処から離れてろ。おそらくだが、この体育館ごと消し飛んじまうかもな」


 新は特務隊の三名に京子の保護と避難を指示する。覚醒を前にしたヒロトの危険性は把握していた。何故ならば、魔神を封印する為に行われた戦闘に、参加していた一員の一人であったからだ。


 特務隊の大塚二曹が敬礼姿勢で新に問う。



「新一尉殿一人残しては退けません。せめて(わたくし)だけでもご一緒させて頂けませんでしょうか」


「いやだからね、俺一人の方が戦い易いってこと。それにさ、何か嫌な予感がするんだよね。昔感じたことのある物凄い殺気をひしひしと感じてる訳よ。どうだろ、分かってもらえるかな?」


「そうでありましたか……。でしたら、我々は須木戸隊長と連携して外の敵を一掃してまいります」


「いいね。よろしく頼んだよ」



 隊員達は新に向け再度敬礼すると、「どうかご無事で」と体育用具室から外へと繋がるドアを開け校舎側へと向かうのだった。


その隊員達に肩を借りて避難する京子もまた、兄である新の無事を祈るとともに、「お願い、ヒロトを助けて」と声を掛けるのだった。


新は、そのような京子に対し背中を向けたまま腕を水平に挙げると、親指を立て無言のまま応じるのだった。


 体育館の中央では、ラストバタリオン達を再起不能にした赤眼のヒロトが、さらなる敵を求め校庭側の壁面を睨んでいた。


それはヒロトの中の魔神が、より強い敵と戦うことで封印の呪力効果を弱めてやろうと考えていたからであり、またその敵が間近に迫っている事を察知していたからであった。


当然、新の存在にも早くから気付いてはいたが、自分に対する殺意がより強い敵を優先しただけである。


その敵が、体育館の前に近づいていた。


 赤眼のヒロトはその存在を感じ取るなり、距離の離れた壁に向かって右の拳を打ちつける。


するとどうであろうか、触れてもいないのに体育館全体のおよそ半分をも崩壊させてしまうのだった。


崩れ落ちる大量の瓦礫と、舞い上がった膨大な量の粉塵は激しい雨によって洗い流される。


 破壊の衝撃を前にして、壊された壁のあった場所には一人の男が立っていた。


金色の長髪は緩くウェーブしており、純白のスーツには汚れのひとつ、埃のひとつとして見られなかった。


ましてやこの激しい雨の中にあって、その全身は濡れてもいないのである。


この男、そうなのだ。


多国籍傭兵団、現円卓の騎士団長であるジョエル・サイクスその人であった。


 敵の指揮官バトラー大佐の率いるラストバタリオン達が、その半数以上を失ったことを受け、自ら戦場へと乗り出してきたのであった。


また他二名の団員に至っては、既に各々の場所へと参戦を果たしていた。


 サイクスは顔をあげ白い歯を覗かせると、このように声高々と宣言するのであった。



『ーー我らが復讐、いまここに果たされん! 貴様に奪われた最愛の妻と、娘の命。そして失われてしまった国民すべての命。その身をもって、償う時が来たのだ!』



 円卓の騎士にあって団長であるサイクスは、暗躍する英国裏組織の思惑を利用し自ら進んでこの作戦に参加していた。


その意図するところは、魔神の被害に遭った団員達全員の、復讐心からであった。


魔神の存在を、この世から完全に抹消する。


須らく円卓の騎士としての、総意であった。












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