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Operations 1 開幕の狼煙






 深夜一時、神奈川県横浜市にある本牧埠頭の一角に、二十台以上の違法改造された単車が押し寄せてくる。騒々しい爆音と排気臭は人通りのない静けさと海風によって運ばれてくる潮の香りを打ち消すのにさほど時間を要しなかった。


 ここ最近、警察の取締が厳格化された事と、未成年者への罰則が厳しくなってからというもの、暴走族同士の抗争は減少傾向にあった。


だがこの夜、神奈川県下最大勢力を誇る暴走族、関東狂走連合會(かんとうきょうそうれんごうかい)随一とも呼ばれている武闘派集団三十名、白の特攻服部隊が、たった一人の青年を相手に此処に集うのだ。


現十六代目會長である(うしお)とその親衛隊の面々であった。


しかし何故、たった一人の青年相手にこれ程までの人数が必要であったのか。


それはここ数か月の内に各支部の幹部達が次々と病院送りにされた為であり、他の暴走族チームの中には「狂走連合會は地に落ちた」とまで口にする者が出てきた次第である。


神奈川最凶を謳う彼らからしてみれば、面目を潰された形となっていた。


 先頭で単車に跨がる會長の潮が、月明かりの夜空へと右腕を掲げる。すると後方に扇状に広がっていた親衛隊達は一斉にエンジンの火を落とすのだった。


耳を塞ぎたくなる程の騒音が、ピタリと止んだ。


 潮のバイク、ホンダCB1100Type1が照らし出す先に、小柄な青年の姿があった。ヘッドライトの灯りが眩しいのだろう、腕で瞼を覆っていた。


先に口を開いたのはその小柄な青年の方であった。



「テメェ眩し過ぎんだろうが! それになんだよこの人数。さては……俺の強さにビビリやがったか?」



 特攻服の集団を前に、何故だか嬉しそうに白い歯を覗かせている青年。短髪赤髪、汚れたつなぎの作業着に安全靴姿。鉄工所の作業員に見えなくもないが、これでも正真正銘の高校生である。


名を宇童(うどう)ヒロト。どこの族にも属さない一匹狼であり、名の知れた数々のチームからはまるで疫病神だと敬遠されている人物であった。


喧嘩の腕っぷしだけはどこのチームからも高く評価されていたが、次々と問題を引き起こしては騒ぎを大きくしてしまうが故に、自然と孤立してしまったようである。


悪瞳宇瞳に関われば、警察の拘置所か病院のベッドが関の山。


このように言われている男を、仲間にしたいとは誰も思わないだろう。


 潮はライトを消してバイクから降りる。白い特攻服の背中には天下無双と赤の刺繍があしらわれていた。


背が高く筋肉質であり、いざ闘いともなればその荒ぶる姿から金剛力士像を思い起こす者までいたようだが、潮の友人であり狂走連合會では副長の座にある人物と併せ、仏門を護る仁王像に例えられていた。


潮は狂連の阿形(あぎょう)と呼ばれていたが、この場に吽形(うんぎょう)の姿はなかった。



「お前か、宇瞳ヒロトとかいう糞ガキは。その威勢、噂通りだな」


「偉そうにもの言ってんじゃねえよ。どうせ図体ばかりデカくて○○○は小せぇんだろぉ」



 ヒロトの発言に即時反応したのは潮ではなく親衛隊の一人であった。



「おい小僧っ! そんなに死に急ぎてぇならこの俺が相手してやんよ」



 親衛隊一番機、木刀の正樹(まさき)。鶏冠のようなモヒカンが特徴的であったが、彼が手にしている木刀は既にその頭上へと振り上げられていた。



「挑発に乗せられてんじゃねえぞ正樹。お前らじゃ、コイツに勝てねぇ」


「んなこと言われてもよぉ會長。アンタを馬鹿にされて黙ってられるほど、俺は人間できちゃいねえからよ!」



 正樹とヒロトとの距離は車三台分は離れていたが、潮の制止を無視して次の瞬間には駆け出していた。


正樹だけではない。


他の親衛隊達も同様にヒロトへと襲いかかるのだった。


 ヒロトは向かい来る集団を前に心踊らせる。自分より、強い奴はいないか、と。



「そんじゃま、最後まで立ってた奴の勝ちってことで」



 周囲を囲まれたヒロトは右腕をぐるぐると回しながら特攻服の集団を迎え討つ。


 まさに乱闘が始まろうかというその瞬間。上空では一羽の鷹が大きな弧を描きながら外灯の上へと舞い降りて来る。


鷹の目に映るのは、ヒロトの姿であった。


まるで、これから始まる闘いを楽しみにしている観戦者かのように。



「うっだらあ!」



 正樹の木刀が開戦を告げるかのように振り下ろされるのだが、すかさずヒロトは後方へと身をかわしながら身体を捻る。


その反動から繰り出された後ろ回し蹴りは正樹の側頭部めがけ繰り出されるのだった。



(マジかよ! こいつ、速え!)



 咄嗟に左肘を上げてガードする正樹であったが、次の瞬間には身体が宙を舞っていた。


ガードした筈の左肘には力が入らず、後続を巻き込みながら潮の足元にまで吹き飛ばされてしまうのだった。


正樹を見下げる潮もヒロトの強さに見惚れてしまう。



「正樹よぉ、これで終いじゃねえよなぁ」



 親衛隊一番機を名乗るだけのことはあり、正樹は潮に言われるまでもなく即座に立ち上がると反撃の体勢をとる。だらりと垂れ下がった左腕の状態からも骨が折れていることは明白であった。


だがその痛みを顔に出すこともなく、片手で握られた木刀は中段の構えをとり、その尖端はヒロトへと向けられる。



「ったりめぇっしょ。他の皆も手ぇ出すんじゃねえぞ。久しぶりに本気出すからよ」



 「木刀の正樹」、の異名は伊達ではない。だからといって剣道の有段者かと言えばそうでもない。


父親が剣道の指導員であったことから、幼少期より木刀を玩具代わりとして基礎を叩き込まれていただけであった。だが、中学に上がると酒に酔い母親に暴力を振るうその父親を木刀で殺害してしまうのだ。


過剰防衛であったが母親を護る為という理由と十四歳という年齢から少年刑務所ではなく少年院に送られることとなった。


少年院の中には中等教育課程の分校があり、潮とはその時に知り合ったようである。


 正樹からの殺気をひしひしと感じ取ったヒロトは、両手を広げると直立不動で笑い声を上げるのだった。



「ダッハハハハ。アンタ面白えよ。なんの躊躇いもなく、俺の急所を狙ってやがる」



 ヒロトは自分の喉元を指差しながら、木刀を突き出し身構えている正樹を睨みつけるのだった。


その視線の先にあるのは、一撃必殺の構えであった。



「こうなっちまったら俺にも加減が出来ねぇからよ。恨むならあの世でたのむぜ、小僧!」



 腰を入れ右足を踏み込み込んだと同時に、右腕を内側へと捻りながら木刀を繰り出す正樹。


一連の動作は瞬速にして一切の無駄がない。そして、正確であった。



(どうよっ! この突きを避けれた奴は今まででたったの二人。阿形の潮さんと、吽形の豊満(とよみつ)だけだ!)



 迫りくる木刀の軌道を目で追うヒロト。身体中の筋肉に回避しろとの微弱な電気信号が走るのだが、既に木刀の突先は喉仏に触れる寸前だった。


ヒロトの直感は避けるよりも最小の動きで防ぐ行動を選択する。


それは、普通では考えられない方法であった。


 膝の力を抜くと身体を少しだけ沈める。木刀の標的は自然と喉仏から開かれた口へと移り、なんとヒロトは木刀そのものを上下の歯で受け止めてしまったのだ。


確かに片手のみでの突きであったから威力も半減していたのかも知れないが、例えそうだとしてもこのような芸当は不可能に等しい。


可能としたのは、天性の感と瞬発力。



「ふんぐわっ! はんほほへひひ(なんのこれしき)!」


「こいつ……デタラメ過ぎんぞ!」


 これに驚いた正樹は咄嗟に木刀を引き抜くと、間髪いれずに次撃へと移る。


それは頭と胸とを狙った高速の二段突き。


初撃でさえ受け止めることで防ぐしかなかったのだ。その速さで二箇所をほぼ同時に狙われたなら、結果は目で見るよりもあきらかである。


 先程の突きよりも更に鋭い突きであった。捻りを加えた右腕が、空気との摩擦により「ピュン」と甲高い音を発し突き出されるのだ。


常人の目で追える速さではなかった。


 風と同化した木刀の尖が、狙いである額に触れるよりも先に、ヒロトは前のめりとなり自らの額で上から木刀を叩きつけるのだった。


だが、もとより突きのニ連撃。


正樹は剣道でいうところの残心、つまり木刀を構え既にニ撃目の体勢に入っていた。


瞬きをする間もなく、その研ぎ澄まされた突きはヒロトの胸を見事に貫く。



「俺の勝ちだ、小僧!」



 勝負はついたかに思えたが、ヒロトはピクリとも動かない。激しい突きの衝撃で吹き飛ばされていてもおかしくなかったが、彼の両脚はその場に踏みとどまっていた。


そして彼の両手は、木刀を掴んで離さない。



「痛ってえなぁ、このニワトリ野郎! でもよぉ、これじゃ自慢の突きも流石に出せねぇよなぁ」


「おいおいおいっ! いったいどうなってやがる。なんでコイツ倒れねぇ!」


「そりゃテメェ、こちとら毎日糞女ゴリラと喧嘩してんだからよ。お前らとは鍛え方がちげぇよ」


「訳わかんねえこと言ってんじゃねえぞ。さっさとその手を離しやがれ!」



 正樹か渾身の力で木刀を引いたと同時に、ヒロトもまたその手を離すのだった。


勢い余って転がる正樹を目掛け踊りかかるヒロト。馬乗りとなり正樹の顔面に拳を打ち下ろした刹那。


ゴブッ、と血反吐を吐き意識を失った正樹を見て、他の親衛隊メンバー達はヒロトの周りを取り囲むなり、手にした鉄パイプやらバールなどで一斉に襲いかかるのだ。


連続する殴打の不協和音。


肉の潰れる鈍い音。


鼻を刺激する血の匂い。


 親衛隊メンバー達の胸の内には、ただただヒロトに対する畏れの感情しかみられなかった。


この目の前にある脅威に、本能が怯えていたのだろう。


コイツはやばい、いま殺しておかないと次は自分達が殺られてしまう、と。


 各メンバー達の耳に、潮の「お前ら何トチ狂ってやがる! 相手をよく見やがれっ!」、との怒声が轟渡り、ようやくその手を止めるのであった。


そして次の瞬間、メンバー達全員が我が目を疑うのだ。


何故ならば、その暴力が向けられた対象はヒロトではなく、正樹であったからだ。


 ヒロトは正樹が意識を失ったと同時に、彼の胸ぐらを掴み体勢を入れ替えていたのである。

 

 正樹の特攻服は白地に赤の真鱈が広がっており、破れた生地から覗く背中と後頭部には裂傷により皮膚の下の骨が顔を覗かせていた。


一斉に襲いかかったことによる弊害。視界が暗くなった中で相手を判別するには困難を要する。しかも瞬時の出来事であったのだから誰の責任という話でもない。

 

 言葉を失い棒立ちとなったメンバー達にヒロトが吠える。


まさに獣の如き雄叫びであったが、いささか様子がおかしい。


意識の無い正樹を片手で引きずりながら、潮に狙いを定め歩み寄る姿はとても人間とは思えない狂気の姿であった。


それは感覚的な話ではなく、視覚的にもそうであった。


たとえ暗がりといえども外灯の下である。灯りに照らされたヒロトの全身には、まるで生き物のように闇が蠢いていたのだ。


その顔に色彩は無く、瞳の色は真紅に染まっていただろう。


空いたままの口からは、呼吸ごとに灰混じりの息が吐き出されていた。


 ヒロトは重症の正樹を放り投げると、潮に向け更に歩みを進めるのだった。次はお前だ、と睨みつけるようにして。


 あまりの恐怖によって身体が硬直してしまい動けなくなる者、悲鳴をあげて逃げ出そうとするが腰が抜けて慌てふためく者。


誰もが、精神的に闘える状態ではなかった。


ただしこの男を除いては。



「その姿……まるで悪夢だな。幼い頃のアイツと同じで、強い奴の血を求めてやがんのか? だったら尚更、俺が叩き潰すしかねぇよなぁ!」



 潮のひと踏みが地面にめり込む。回転軸を身体の右にずらしスイングした渾身の右フックは、目の前に来たヒロトの左腹部へと炸裂するのだった。


インパクトの衝撃は軽乗用車との正面衝突に匹敵する凄まじさであったが、ヒロトの小さな身体はびくともしない。


逆に一撃を入れた潮の方が腕にダメージを負ってしまう。


 激痛と驚きで言葉を失う潮だが、次の瞬間には覚悟を決めていた。



(こんな化け物相手に、誰が勝てるかってんだ。なぁ、豊満よ。でもよ、腐っても俺は狂連の會長だ。ただ黙って殺られるわけにはいかねぇん、っだよ!)



 潮は奥歯を噛み締めるとヒロトの襟首を掴むなり頭突きを繰り返す。対するヒロトもまたそれを避けることなく同様に頭突きで応酬するのだった。


 周囲に飛び散る血の量を見て、逃げ遅れた親衛隊の一人が潮に呼びかける。



「會長! やめて下さい! マジで死んじまうよ!」



 潮は既に白目をむき意識を飛ばしていた。飛ばしていてなお頭突きを繰り出し続けていられるのは、彼に揺るぎない信念があったからである。


強くあり続けなければ、自分を信じ、慕い、願いを託しあの世へと旅立っていった者達がうかばれやしない。


この世界のルールから爪弾きにされた者達が、好きに生きて良いのだと、胸を張って生きられる場所を護れやしない。


皆の想いを背負い最強であり続ける為にも、倒れる訳にはいかないのだ、と。


そのように思うだけの壮絶な死別を、潮は幾度となく経験してきたのである。


 無意識のなかでの闘いはその後もしばらく続いた。潮だけでなく、ヒロトもまた本来の人格からは逸脱しており、彼の意識とは別のものに支配されていたと考えられる。


その正体が何であれ、二人は無意識の中で闘い続けたのである。


 四半刻が過ぎ、其処に立っていたのはヒロトであった。鬼気迫るその姿に、残った親衛隊のメンバー達は逃げるでもなく倒れた潮を護るようにして覆い被さるのだった。


化け物じみた様相のヒロトはそのような行動に興味を削がれたのか、足もとに唾を吐き出しその場を立ち去るのであった。


 二台の救急車がサイレントを鳴り響かせ埠頭に到着した時、外灯の上から事の一部始終を眺めていた鷹が、西の空へと飛び去ってゆく。


当事者以外としては唯一の目撃者であり、傍観者であっただろう。







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