【8】ひとり楽しいお出かけを
ここカルド国首都アルマンの滞在では、私たちは高級老舗宿の特別室に宿泊していた。
婚活パーティに参加するときは、主催者にはどこの誰かっていう身元を明示しなくちゃいけないし、外国人なら当然宿泊場所も確認される。なので、トゥステリア王国の王女の名に恥じない、この宿を選んだっていうわけなのよ。お忍びの時はいつもこんな立派な宿には泊まらないのだけど、今回は特別ね。
フロア全てが一つの特別室になっていて、重厚感のある飴色の家具で統一されたリビングダイニング、それぞれに趣向を凝らしたベッドルームが四つ、それに大理石模様が美しいバスルームがついていた。窓から見える景色はアルマンの街が一望できて、とっても気持ち良かったわ。
「フェリカ様、ホントに一人で大丈夫ですかぁ?」
アメリが私の着替えを手伝いながら気遣ってくれる。
私はこれからアルマンの街へ一人で出かけるところなの。お出かけは目立たないようにと、私はアルマン風のワンピースに着替えたわ。最近アルマンの女子の間では、大きめのパフスリーブとストライプが流行っているから、私は自分の瞳と同じ明碧色のストライプで大きめパフのワンピを調達したの。
「絶対大丈夫。今日の私は魔術聖殿の聖殿長よりも最強よ?」
私は腕に小さく力瘤を作って見せた。聖殿長より最強っていうのは冗談じゃなくて、本当だと思うの。今、私の魔力は最高潮なのだ。
「そうでしょ? ねえピーちゃん!」
私はテーブルの上でお菓子のクズを啄むセキセイインコに似た白くて半透明の小鳥に話しかけた。
「ピ!」
私に話しかけられて、ピーちゃんは可愛く頭をちょっと傾けて、クリっとした目で私を見ると返事をした。
わあ、ピーちゃんカワイイ! それにいい子ねえ。
ピーちゃんは、アメリが子ども向けのおもちゃ魔術で作り出す小鳥なの。私とアメリはトゥステリア城の私の部屋で、よくピーちゃんと遊んでいる。
なんていうか、心の癒しよね!
なんでアメリがこの部屋でピーちゃんを作ったのか、その理由には心当たりがあって。
たぶんね、私を元気づけようとしてるからなの。
私、数日前のトゥステリア王国で湖水地方でお見合いのこと、ふとした瞬間に思い出して、ちょっと落ち込んじゃうのよ。
『ピーちゃんがいれば気が紛れる!』
アメリは私のことをよく見てるから、そんなふうに考えてくれたんじゃないかしら。
私は、ピーちゃんに話しかけた。
「ねえ、ピーちゃん、満月ってとっても楽しいわよね?」
「ピ!」
そうなの。満月の頃はいつも楽しい!
「一人でお出かけって、ホント楽しいわよね?」
「ピピッ!!」
私は、満月の頃になると、一人で出かけることが許されている。
私達王族っていつも警護の者がいるから、一人で自由に行動できないのよね。みんなには当たり前のことかもしれないけど、自由に行動できるって素晴らしいことなのよ?
どうして一人で外出OKなのかというと、私の魔力はちょっと特別で、月の満ち欠けに合わせて魔力が増幅するという『月の加護』の持ち主なの。要するに、満月の頃になると、魔力が最強になっちゃうってこと。もし危険なことがあっても小手先で対処できちゃうのよ。
ちなみに、『月の加護』があることは、親しい人以外には秘密。この力は悪用されやすいので、自分の身を守るためにも口外しないほうがいいの。
というわけでこの満月の時期は、私は一人で行動をするし、従者たちもオフになって、お互いに楽しく自由に過ごすことにしているのだ。
「アメリはどこに行くの?」
「アルマンの老舗スイーツ店めぐりします! あと、弟と妹のお土産を探そうかなって」
話をしながらアメリは呪文を唱えて、水差しの水を沸騰させると、美味しい紅茶を入れてくれた。それから私がさっき歌劇場で着ていたドレスを魔術できれいに整えて、皺も取り除いてパリッと仕上げると、クローゼットに収納する。
アメリの魔力はそんなに強くないけれど、生活魔法のプロでね、いつもとっても手際がいいの。
「アメリ、アルマンの街は治安があまりよくないっていうから、早くに帰ってきてね? あと貿易品にいいものがあったらアメリもチェックしておいてくれる?」
「はーい、お任せくださぁい!」
「私も貿易品を探してお店巡りをするわ。それで夜は、アクティスと約束したレストランに行ってくるから」
そうそう、この貿易品探しっていうのはね、私があちこち出かけて婚活するついでに、お父様……トゥステリア王から頼まれていることなの。
我がトゥステリア王国の更なる経済と文化の発展のために、外国で役立ちそうな物を探すのよ――ていうのは、半分建前で。
それを口実にすると、婚活がしやすくなるからっていう王の目論見なの。
どういうことかっていうとね、各地の貴族のお相手候補を訪れるときに、こんなふうに使えるの。
『私、貿易品を探しにこの地に参りましたの。良い品があればあなたの地域経済が潤いますわよ? 実は私、お相手も探してまして、よろしかったらお見合いいたしませんこと? え? 何ですってお見合いを断る? あら残念、貿易のチャンスも無くなるということですわよ、おほほほほ』
‥‥‥とまあ、断られないための手段なのだ。
さすがにこんなに露骨には、使ったことはないけれどね。
でもね、真面目な話、私は以前、トゥステリア王国の白磁陶器を西方諸国で流行らせたことがあるので、そういった物を探すのはわりと得意なのかもしれないの。
アルマンでは婚活には関係ないけど、『商人の街』だもの。せっかくだから探すことにしたのよ。
出かける支度を整えて、私がリビングに行くと、丁度ジオツキーが出かけるところだった。
「私は馬車の修理の様子を見てきますから」
そうなの。実は私たちの馬車は、数日前の湖水地方での厄介事で、あちこち壊れてしまっていたのよ。
「あんなに壊れてしまって、直るかしらね……?」
火の玉は飛んでくるし、氷の幽霊に襲われるしで、馬車はボロボロになってしまったのだ。
「アルマンは商人の街ですからね。部品も事欠かないでしょうし、技術も進んでますよ。大丈夫でしょう」
私はそれを聞いて安心した。
「馬車のこと、よろしくね。ねえ、ジオツキーもせっかくの休みなんだから、競馬場にでも足をのばしてみたら? ブロディンもさっき格闘技場に試合を観に行っちゃったし」
「あ、それでだったんですねえ?」
アメリが口を挟む。
「ブロディン、朝早くから今日一日の筋トレメニューをすごい勢いで熟してましたもん」
ブロディンはあの筋肉体からもわかるように格闘技が好き(というか一番好きなのは筋肉だと思うわ)なんだけど、ジオツキーは馬が大好きで。いつもはクールな表情だけど、馬の事だと一変しちゃうのよね。ジオツキーは乗馬の腕前もトゥステリア王国随一で大会でもずっと優勝している。そういうとカッコイイけど、ジオツキーの馬への愛は、私から見ると単なる馬オタ……
アメリのお喋りを聞き流しながら、ジオツキーはさらりと答える。
「そうですね、もし時間があれば」
あら、ジオツキー、心なしか口角が上がっているわ。
でもその僅かな笑みを浮かべた唇が、厳しく開かれた。
「そうそうフェリカ様。トゥステリアと違って治安が悪いんですから、いくら満月とはいえ気を付けて行動してください」
その言い方が、昼間の出来事と重なったので、なんだか私はカチンときちゃったわ。だから、
「はいはい!」
とちょっとイラついて、口先だけで返答してしまった。
私はアメリに注意したくせに、自分は満月だから大丈夫と気が大きくなっていたの。
この時のジオツキーの忠告をきちんと聞いておけば、あんなことにはならなかったのだ。
一人で出かけられることに舞い上がっていた私は、このあとちょっとした事件に巻き込まれてしまうのだった。
お読みいただきどうもありがとうございます!
フェリカの湖水地方のお見合いって、どんなだったんだろう??
と知りたい方は、前作の、
「百戦錬磨の釣書姫」~見合いも厄介事も百戦錬磨⁉
不運な婚約破棄で婚活に苦労する王女は、捕われ侯爵邸にて出張お見合い奮闘します!
をご覧ください。もちろん読まなくてもこのお話し、全く問題ございません♪
次回【第9話】楽しくも危うい街