【73】エピローグ1
事件から三週間。
かなり元気になったアクティスを私たちは何度目かの見舞に訪れた。でも今日は、トゥステリア王国に帰る前にアクティスの顔を見ようと、私たちは病室を訪れたの。
「そうか、もう今日帰るんだ」
ベッドで上半身を起こしたアクティスが残念そうに口を開いた。
「王都でやらなければいけないことが出来ちゃって。それでアクティス、怪我の具合はどうなの?」
「痛みは少し楽になって来たけど、傷が完全に塞がるにはもう少しかかるってさ」
衣装のベルトが幸いして、ナイフは深く刺さらず済んだのだ。
「私、あの時、あなたを守り切れなくて……」
「だから自分を責めないでよ、フェリカ。僕が自分で動いたんだから。それに後悔はしてないよ? ……ってさ、それ僕に何回言わせるの?」
私を笑わせようと、アクティスは最後はお道化てみせる。肩を竦めようとして両腕を上げかけて、痛てと慌てて手を降ろす。
あの事件は、今を時めく大人気俳優アクティス・レジェ―ロが、狂信的なファンであるヤトキン嬢に刺されたという筋書きになって、カルド国の大ニュースとなったのよ。多くの女性ファンが、ショックで失神したらしいわ。
「そうだ、ヤトキン嬢の処遇、そろそろ決まったんだろう? どうなったのさ?」
その話はジオツキーが引き受けた。
「アルマンの魔術聖殿に捕らわれていますよ。罪の意識が芽生えれば、姿を戻すこともあるそうですが、そうでなければあのままだそうです」
アクティスは黙って頷いた。
仕方ないこととはいえ、重い空気が部屋を占める。
――その重たい雰囲気を吹き飛ばしたのは、やはりアメリだったわ。
「そういえば、リンダ様からミカさんのこと聞きましたよぉ?」
アメリはにこにこと笑顔を作って、アクティスに話しかける。
あ、アメリ、今、わざと話題を変えたでしょ? 天然アメリだけど、付き合いの長い私にはわかったわよ。
「うん、昨日ミカがお見舞いに来てくれてさ。フェリカと上皇妃に本当に感謝をしていたよ、お礼を伝えてくれって言われててさ」
私も笑顔で頷いた。
本当にミカさん、良かったわ。
「ねえアクティス、マルコス支配人から訊いたのだけど、歌劇場はほとんどヤトキンが一人で出資していたから、事件のほとぼりが冷めても再開の目途が立たないそうね?」
「うん。歌劇場がクローズだと、歌劇団員もこの先の仕事を失って困るだろうなあ。公演は大成功していたのに、……本当に残念だよ」
主演俳優として責任を感じながら歌劇を引っ張って来ただけに、アクティスの落胆は大きかった。
「あのね、マルコスとの間ではもう話がついているのだけど……ねえアクティス、トゥステリア王国で歌劇の公演をやらない?」
思いもかけない私の提案に、歌劇が出来ると聞いてアクティスは喜びかけたけど、すぐに顔を曇らせた。
「歌劇場の皆は喜ぶと思うけど……いや、でも……いったいどうしてさ?」
「私、最初にアクティスの舞台を観た時から考えていたのよ。トゥステリア王国からもアルマンに観劇に来ている人は多かったでしょう? だからその逆よ。アルマンや周辺諸国から、トゥステリア王国に歌劇を観に来てもらうのよ。そうなると我が国への経済的効果も大きいし。――こんな事件があったけど、事件には関係なく観客はこの歌劇を愛してるし、そしてあなたを見たいはずよ。きっと大成功間違いなしだわ」
「うーん……でもさ……」
アクティスは言い淀む。
アクティスがためらうのは、きっとあのことのためね。
「ねえアクティス。あなた、誰のために年間ボックス席を押さえていたの? 本当は、あなたが用意したあの特別席で、一番に観て欲しい人がいたんでしょう? ……御父上のレジェ―ロ伯爵に」
……そう、だから私に、あんなにあの席で観て欲しいと言ってたのよね?
金髪をガシガシと掻きあげながら、アクティスが複雑な笑みを浮かべる。
「……まったく、フェリカってさ」
アクティスは話し出した。
「実はさ、親父に魔手紙を送ったんだ。今回の事件はトゥステリア王国にも届いてるだろ? 心配しているんじゃないかと思ってさ。こんなことがあったけど、それでも役者になって後悔していないことを伝えたんだ。……それから、伯爵家を捨てたこともきちんと詫びたよ」
「レジェ―ロ伯爵から返事はあったの?」
「役者のことは何一つ触れてなかったけどね、体調を心配してくれてたよ。公務が忙しくて見舞いには来れないとも」
「……ねえ、トゥステリア王国での公演、是非観ていただきましょうよ」
私はアクティスに今一度、提案した。
「どうかな……」
尻込みするアクティスにアメリが声をかけた。
「殿下の演技、すっごく素敵でしたよ? 劇場ではみんな殿下に夢中でしたもん!」
アメリの後ろでは、ブロディンも首を深く縦に振る。
「歌劇のことを何も知らないオレも、甚く感動したぞ?」
ブロディンは舞台を思い出したのか、うっすらと瞳が潤んでたわ。けっこう涙もろかったのねえ。
「二人ともありがとう。そうか…、そうだよな……」
アクティスは少しの間考え込むと顔を上げた。
『俳優アクティス・レジェ―ロ』の堂々とした雰囲気が、私のよく知る素のアクティスに加わった……そんな印象の顏だった。
「親父に観てもらうことにするよ。それで親父が理解してくれるかはわからないけど、……それでも構わないさ。僕自身は役者の仕事に誇りを持っている、それは確かだ」
アクティスは話しながら、自分の言葉を噛みしめていた。
「フェリカ、トゥステリア王国での公演の件、よろしく頼むよ。歌劇場の皆を助けてよ? それから、世話になったね。――フェリカ、ジオツキー、ブロディン、アメリちゃん、……皆がいなければ、取り返しのつかないことになってたよ。本当にどうもありがとう」
アクティスは改まって礼を述べた。
それからアクティスは握手を求めて、私に真直ぐに手を差し出した。
「フェリカ、ありがとう。君が友人で、僕は誇りに思うよ」
アクティスの嬉しい言葉に、私も手を伸ばして握手に応える。
「私もよ。私もあなたを誇りに思ってるわ」
私たちは、長く堅い握手を交わした。
*
晴れやかな笑顔のアクティスと挨拶をし、私たちは病室を後にした。
馬車へと向かう途中でアメリが、
「ああっ」
と突然立ち止まったわ。
「どうしたのアメリ、突然大声出して。びっくりするじゃないの?」
「殿下に、妹のサインもらうの忘れちゃいましたぁ。今すぐ行ってきます!」
「もう、しょうがないわね。先に行ってるわよ?」
てへっと笑って病室に戻るアメリの揺れるツインテールを、私は見送った。
*
アメリはフェリカにてへっと笑顔を作ったあと、くるりと踵を返すと、すぐにその作り笑顔を引っ込めた。
そして真剣な面持ちで、もう一度アクティスの病室へと足早に向かったのだった。
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最終回【第74話】エピローグ2 ――そして
いよいよ、最終回です! いつもより文量多めでお届けします。どうぞ最後まであたたかく見守ってくださーい!!













