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【71】クイーンの企み

「その手鏡はジュリエットを元通りの姿には戻さないのでしょう、エルム? ……いえ、クイーンと呼んだ方がいいのかしら?」


 スピアは驚いて反射的にエルムから遠ざかり、クララはブロディンの後ろに小さくなって隠れた。


「いったいなんの話?」


 エルムは天使のような笑顔で微笑んだ。

 私はエルムとの視線を外さずに続けた。


「あなたが、悪しき悪戯をクッキーやケーキに使ったことも、その手鏡を買ったことも、わかってるのよ?」


「本当に失礼な女ね。……いきなりなんなのよ? 証拠は? 証拠を見せなさいよっ?」


 エルムはプライドを傷つけられたとばかりに、私に迫った。 


「証拠は、ここにあるわ!」


 私は、ウィーノが作ったエメラルドの指輪をエルムの目の前に差し出した。

 エルムの顔色がざあっと変わり、余裕が消えた。


「これは、トゥステリア王国の職人ウィーノがあなたに特別に作った指輪よ。彼はね、同じデザインは二度と作らないので有名なのよ。この指輪は今あなたが身に着けているアクセサリーと同じデザイン、――まぎれもなくセットの指輪だわ」


 エルムは、自分のネックレスのペンダントを見られまいと握り込んだ。しかし、耳と髪には同じエメラルドで作ったウィーノ唯一のデザインが留まっている。


「歌劇場で案内係をしているあなたの侍女から聞いたわ。楽屋にクイーンのカードや贈り物を置いていたのも彼女だそうね?」


「……あの馬鹿女! 喋ったわね!」


 エルムの可愛らしい唇から、罵りの言葉が放たれた。

 エルムは私を指さしながら、毒づき始める。


「あんたのせいで……、あんたのせいで私の舞台がすべてが台無しよ! あんたが、千秋楽の、私の大事な舞台をめちゃめちゃにした! 私が今日のためにお膳立てした物、全部ぶち壊したのよ! ……なんて(ひど)い女! ……あんたさえいなければ、全て上手くいったのに! 私の、私と殿下の晴れ舞台を妨害して! ……さっきのあの変な鳥もあんたの魔術の仕業なんでしょっ?」


 エルムは私を憎々し気に睨みつける。さっきまでの天使のような笑顔は微塵も無かった。


「あの男たち、ちっとも役に立たなかったわ! どうしてあんたを襲ったはずが、貴賓室の人間とやりあってんのよ? 理解できないわっ!」


 侍女に私を案内させて、男たちに襲わせる。やはりエルムの差し金だったのだ。

 エルムの怒りの矛先は、今度はクララに向かった。


「女中頭も! 一生眠ったままでいい気味だと思ってたら、相変わらず舞台で殿下に(まと)わりつくし、ムカつくわ! 顔を傷つけて二度と舞台に立てなくしてやろうと思ったのに、なんでここにいるのよっ!? あいつらはいったい何してたわけ? どいつもこいつも、みんな役に立たない馬鹿ばっかり!」


 エルムのイライラが次第に募っていく。


「大体、どうしてジュリエットがこの姿のままなのよ!? ジュリエットが一番許されないのに!! 殿下と結ばれるのは、この私なのよ? あんたたちじゃないんだから! スピア(あんた)クララ(あんた)も前の女中頭の女優みたいに逃げ出すかと思えば、逃げ出すどころかしつこく殿下に言い寄って……あんたたちわかってるの? 殿下はねえ、私の物なんだからあ!!」


 ――エルムは、何を言ってるのだろう?

 スピアもクララも、恐ろしくともこの舞台を成功させたいと願う一心で演じていたのに……。彼女たちの夢をかなえるために、そして観客の舞台への夢をかなえるために。

 それに、自分がアクティスと結ばれる? どういうこと?

 

 エルムの言うことは、まるで、幼い子どものようだったわ。


 エルムはそう叫ぶとアクティスの腕に自分の腕を絡ませて、今度はうっとりした笑顔をアクティスに向けた。


「ね? 殿下は私の物よね? そうでしょ?」


 アクティスはエルムの顔も見ずにすぐさま腕を抜き、エルムから離れた。


「僕は、君の物じゃない」


「何言ってるの? 殿下?」


 きょとんとするエルム。でもその頬が心なしか色を失う。


「僕は、殿下じゃない。ロミオ王子でもない。……トゥステリア王国出身の、役者志望の、ただの家出息子、アクティス・レジェ―ロだよ」


「家出……? 嫌だ、何言ってるの? 殿下が、そんなわけないじゃない……殿下は殿下よ?」


「――ヤトキン嬢、舞台は、みんなの『夢』なんだ。観客たちが()たい夢。それを演じる僕たち役者は、スピアもクララもミカも、観客の憧る夢を全力で作ってる。役者も、ただの、現実を生きてる人間なんだ」


「やだ……殿下、なんでそんな悲しいこと言うの?」


「アクティスの言う通りよ。エルム、あなたがミカにしたことは、踊儀(おとぎ)話でもなんでもない、現実のことなのよ? あなたが仕掛けた魔道具で、ミカは役者の道も結婚も諦めなければならなくなったわ。クララもそう。もし目覚めなければ、あなたは彼女の人生も奪っていた。今日の舞台だって、あなたはスピアを……! 役者たちは、みんなが夢見る舞台を精一杯努力して、作り上げているの。そして一生懸命に自分の人生を歩んでる。――あなたは自分勝手な想いで、みんなの夢も希望も握りつぶしているのよ?」


 他人の人生をなんとも思っていないエルムに強い憤りを感じて、私は全身がワナワナと震えて声を荒げた。


「エルム! あなたは、……彼女たちの人生をなんだと思ってるの!?」

 

 









いつもお読みいただきどうもありがとうございます。

次回【第72話】事件の幕引き


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