【60】クイーンの正体
苦虫をかみつぶしたような爺が、黒ユニを手名付ける策を知りたいがために、双眼鏡に似た魔道具を手にして己の過去を見ている。
爺の小さな指の一本ずつを飾っている宝石が大きくて、つかんだ魔道具が見えないほどだったわ。
この爺がここまでするなんて、よっぽど黒ユニには苦労させられているのね。
「ああ、女の姿が見えるぞ。服装だと? 緑の縦線が上から下までいっぱい入った服を着ておるの。肩が風船みたいだぞ。 髪は…くるくるしているな。髪の色だと? 色は金色っぽいがくすんでてよくわからん。長さ? ああ五月蠅いのお、細かいんじゃおまえらは! 肩よりは長いぞ。目の色? どうでもいいじゃろ、それにそんなものわしは老眼だから小さすぎてわからんわい!」
要するに。
服は緑のストライプ・ワンピースでパフスリーブ。緑はアクティスの推し色だし、今アルマンで流行っている服の型だわ。髪は金系統でくるくるカールしていて、瞳の色はわからない……。
髪が金色系のくすんだ感じで、くるくるしているというと……女優のスピアと、エルムがそうね。
やはり二人のうちのどちらかが、クイーンなのだろう……。
楽屋に自由に出入りできるのは、女優のスピアだ。
じゃあ『クイーン』は、スピア?
確かな証拠はもちろん無いけれど……。
次のクイーンのターゲットは、カードが届いたスピアだ。でもそれはスピア本人による自作自演なのかもしれない。だとしたら、次に狙われるのはクララということになるのかしら?
それとも『クイーン』は、エルムなのだろうか? もしエルムならパーティの事件も彼女の仕業なのだろう。そうすると次のターゲットはカードが届いたスピアだけど……。以前眠らされたクララだって、再び狙われる可能性は高い。でもエルムは歌劇場の楽屋に簡単には入れない。それに私だってターゲットになるかもしれないわ。
クイーンがスピアでもエルムでも、……アクティスはクイーンから狙われないとジオツキーは言ってたけど、それを信じていいのだろうか? アクティスは本当に大丈夫なのかしら……?
――――答えの出ない問いと膨らんだ不安が、私の頭の中を占める。
「もういいじゃろう! あの女のことは全て話したぞ?」
……そうね、おそらくこれ以上の情報は爺からは得られない。
私は、クイーンが誰なのか、古の魔道具屋に来さえすれば、もっとはっきりわかるのではないかと期待していたの。
でも残念ながら、そうはいかなかったのだ。
*
私たちは小さな洞を通って、黒ユニのところまで戻る。
行きと違うのは、爺が一緒にいることね。
黒ユニの扱いには策があるのだとジオツキーに聞いた爺は、やり方を見せて欲しいとついてきたの。ジオツキーは『わざわざ見るほどのことはありませんよ』と断ったんだけど、どうしても爺が見たいと言ったのよ。
背の低い爺が歩くには何ら問題の無い小さい洞だけど、大きなブロディンが屈んだ姿勢を取り続けるのは辛い。しかも行きで一度耐えているから、帰りは直ぐに限界がやって来る。
「うう、腰が痛ぇ。……なあ爺、お前の店に、腰痛にならない魔道具は無いのか?」
「でかいの、古の魔道具を馬鹿にしとるのか? そんなちんけなもの、古の魔道具にあるわけないじゃろう」
よっぽど腰が辛いのか、ブロディンは珍しく舌打ちして独り言つ。
「ちっ! ……古の魔道具なんて思ったより使えねぇなぁ。そういうのこそ欲しくないか?」
「…………」
それを聞いた同じく腰痛持ちの爺がどう思ったかはわからなかったけど、ギャーギャーと騒ぐことはせず何も言い返しては来なかった。ただ、爺は無言で自分の腰に手を当てていたわ。
やっと洞を抜けて外に出た。
待ち構えていた黒ユニたちがジオツキーを見つけて跳ねるように駆けてくると、ジオツキーの左右から二頭が顔を摺り寄せた。
爺は黒ユニたちのジオツキーへの懐きっぷりに、口をあんぐりと開けて驚いていたわ。
「お、おまえらっ、なんじゃ!? 長い付き合いであるわしにはあんな態度で。この男は今さっき会ったばかりだろうがっ?」
そりゃあ、ジオツキーは黒ユニにどころか、世界中の馬から好かれそうだもの。
「そっ、それでっ、どうするんじゃっ?」
キンキンとジオツキーに策を教えろと迫る爺の声に、黒ユニたちが嫌がって怒り出す。
ジオツキーが大好きになった黒ユニたちは、爺にはさらに強い嫌悪感を示し始めているようだったわ。
「爺、すんげえ嫌われてんな」
五百年嫌われ続けると、こうなっちゃうのかしらね。
爺とは対照的に黒ユニに囲まれるジオツキーは、嬉しそうに説明する。
「とても簡単なことですよ。馬は耳が良く聞こえるんです。ですからまず、その甲高い声は止めて穏やかに話してください。それから、彼らを心から愛すること。ただそれだけです。どうです、簡単でしょう? そうすれば、ほらこんな風に……」
馬に擦り寄られてイケオジ満面の笑みを浮かべるジオツキー。
爺の顔がみるみる真っ赤になって、全身を震わせる。
私たちを指差して、口をパクパク動かして何か言いたいのだが、激憤のあまり声が出てこない。
その爺の震える人差し指――
その指に収まる指輪に、私の目が吸い寄せられた。
ちょっと待って?
この指輪の作風、見たことがある……!
この独特の感じ、個性的かつ大胆なこのデザイン……
――これってトゥステリア王国のウィーノの作品だわ!
私は、爺が私たちに向けた指を腕ごとむんずと掴むと、目を近づけてその指輪をまじまじと見た。
爺が私に向かってギャーギャーとなにか言ってたけど、私の耳には届かなかった。
このウィーノの作品、同じ細工のデザインを最近見たことあるわ?
使われていた宝石は、目の前にあるこの指輪と同じ、そうエメラルドだった。
エメラルド! エルムの身に着けていた……!!
――私の手もさっきの爺のように震えて、心臓が早鐘のように打つ。
エルムは、『特別に注文してセットで作らせた』と言っていた。
彼女が身に着けていたのは、ネックレス、イヤリング、そして髪留め。
セットだったら、絶対に指輪もあるはずよね?
でも彼女は指輪をしていなかったわ。
そして、爺の指には、それらしき指輪。
ということは……!?
「爺、この指輪、手鏡を買った女からもらい受けたわね?」
「譲ってくれたら手鏡を売ってやるといったら喜んでくれたものじゃ! わしの物じゃ! ぎゃあ、何するんだこの孫娘っ、離せっ、この! 離さんかっ!! お婆がお婆なら孫も孫じゃっ!!」
私はぎゃあぎゃあ喚く爺の腕を掴んだまま、ジオツキーとブロディンとアメリに、掴んだ爺の腕ごと差し出して、ウィーノが作ったエメラルドの指輪を見せた。
「わかったわ!……クイーンの正体は、エルムだったのよ!!」
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次回【第61話】千秋楽













