【6】人気俳優アクティス・レジェ―ロ その1
ジオツキーの言葉にぷっちんと頭に来た私は、アメリとブロディンに慰めらなれがら、歌劇場の舞台袖から楽屋口へ続く廊下を案内されていた。
(ちゃんと笑顔で頼んでたわよっ、ジオツキーの笑顔とは意味が違うでしょ、意味が!)
「なにをフィー様は膨れてるんです?」
首を傾げるジオツキーをますます腹立だしく思いながら、説明するのも鬱陶しくて、つーんと知らんぷりすることにしたわ。
楽屋への案内は、先程対応してくれたそばかす眼鏡の小柄な三つ編みお姉さんが引き受けてくれた。
あれからすっかり笑顔になったお姉さんは、ついでに歌劇場の説明までしてくれたの。もっとも私たちにというよりは、ジオツキーに、だったけれど。
楽屋口近くは大部屋と呼ばれるその他大勢の役者たちが控える部屋や、楽団員の控室などがあり、廊下の奥は主要人物を演じる役者の個室部屋になっていた。
終演後の楽屋は、舞台を終えた充足感で満たされていてね、衣装を着替えながら演技について語る役者たち、楽器を片付けお互いの演奏を語る楽団員、私たちのように役者を尋ねる者等でごった返していたわ。
アクティスの部屋は一番奥にあり、部屋のドアに彼の名前が掲げられていた。
「トゥステリアのフィー様をご案内しました」
案内係のお姉さんの言葉が終わらないうちにドアが素早く開けられると、中からまだロミオ王子の恰好のままのアクティス・レジェーロが飛び出してきた。
そしてそのまま私を見つけるや、勢いよくハグをした。
「フェリカ!! 会いたかったよ!! よく来てくれたね!!」
このアクティスの行動には、案内係のお姉さんも、周囲の出演者たちも目を丸くしていたわ。
‥‥‥当然よねえ、女性に大人気の俳優アクティス・レジェ―ロが、どこから来たんだかわからない女をハグしているんだもの。
しかもアクティスは心底嬉しかったのか、ハグが結構長かったのよ。皆、驚くわよね。‥‥‥まぁ、私は慣れてるけれど。
「相変わらずねぇ、アクティス。そういうところ、学生時代とちっとも変わらないじゃない?」
私は、アクティスのハグを半ば強引に引き剥がしながら話しかけたわ。
「だって、フェリカ! 僕達何年ぶりの再開だと思ってるんだい? これが落ち着いていられるわけないだろ?」
興奮したアクティスは早口で続ける。
「あっ……と、フィー」
アクティスははっと気が付いて、私を仮の名前で呼び直す。
「フィー、とても奇麗になって……すっかりレディだね」
「あなただって、大人気じゃない! 客席の至るところ、あなたのファンばかりだったわよ?」
私が知っている五年前のアクティスは、まだ少年の面影が残っていた。けれど、今私の目の前にいるのは、俳優として成功した一人の成人男性だったわ。
舞台映えする背丈と長い手足を備え、端正な顔立ち。好奇心旺盛な瞳と豊かな表情、そしてのびやかな美しい声。
アクティスは楽屋の中に私たちを招き入れ、椅子を勧めると、自分専用の椅子なのだろう、ゆったりした造りの椅子に腰掛けた。一度は座ったものの、会えた嬉しさで落ち着かず立ち上がり、興奮して話し続けた。
「もっと早くに連絡をくれれば、末席じゃなくて、個室の良い席を案内できたんだよ? 僕、いつも年間ボックス席を確保してあるからさ。支配人に頼まれて、客が多いからってその席を他の客に譲った途端、フェリカから魔手紙が来てさ、悔しいったらないよ! 君には良い席で観て欲しかったったのにさ。ねえ、カルド国にはまだいる? 明々後日の千秋楽には、僕の用意した席で是非観てほしいな!」
「末席でも充分素晴らしかったわよ。あなたの歌と演技に、私たち、とても感動したわ」
ブロディンとアメリは、生で見る俳優アクティスに瞳を輝かせながら何度も頷いていたわ。
にわかファンな二人の反応だったけど、アクティスは心の底から嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「そう? 嬉しいよ!」
アクティスはブロディンとアメリの手を次々に取ると、力強く握手する。
「ありがとう!」
アメリは真っ赤になりながら握手されていたが、はっと気が付いたようにパンフレットを取り出すと、アクティスに差し出した。
「あ、あのっ、わ、私、アクティスさんのロミオ王子がすっごくステキで……そのぉ、よかったら、サインもらえますかっ?」
「もう! アメリったら」
私はアメリの不躾なお願いを苛めようとしたけど、アクティスは上機嫌でサインに応じた。
「フェリカ、いいよいいよ! かえって嬉しいよ? こんなに喜んでくれてるんだから」
そう言ってアクティスは、緑のインクのペンで、慣れた手つきでパンフレットにサインをした。
「緑のインク? 珍しいですよねぇ?」
気さくに話かけちゃうアメリに、アクティスも動じない。
「でしょ? 緑はね、僕の推し色なんだ。よろしくね」
書いてもらったサインをしげしげと眺めながら、気さくなアメリはアクティスに質問する。
「あのぉ、どうしてアクティスさんは殿下って呼ばれてるんですか?」
「渾名みたいなものだと思うけど……僕が貴族の出だからじゃないかな。芸名を使わずに本名を名乗ってるから、出自はバレてると思うんだ」
アクティス・レジェ―ロは彼の本名。レジェ―ロ伯爵家の嫡男。
ここカルド国はトゥステリアの隣国だから、調べればすぐにレジェ―ロ伯爵家のことはわかってしまうわよね。
アクティスはやっと落ち着いたらしく、やっと自分の椅子に腰を下ろしたので、私は以前から訊きたかったことを尋ねた。
「アクティス、伯爵家を出て行ったのは、歌劇の道に進みたかったからなの‥‥‥?」
「そうだよ。僕が学生時代から歌劇に魅せられていたのは君も覚えてるだろ? 親父には悪いけど、伯爵家を継ぐより、僕は歌劇と共に生きたかったんだよ。だから親の影響力の無い外国の歌劇場でね、あちこちで修行してた」
「私に送ってくれていた誕生日カード、いつも違う国からだったのはそのせいだったのね。ねえアクティス……あなたのお父様、レジェ―ロ伯爵は…」
アクティスは私のほうをちらりと見ると、その言葉を遮った。
「そんなことより、フェリカ! 卒業後の君のこと、時々噂で聞いてるんだけど?」
どきり。
世の中に流れている私の噂なんて、ろくなものじゃないんですけど……?
それに、ここでその話題を出すの?
アクティス、自分の話を遮っておきながらずるくない!?
アクティスはにやにやして、聞きたくてしょうがいないとばかりに尋ねてきた。
「ねえフェリカ、十六歳で君、婚約しただろ? あの人が死んじゃってさ、そのあと婚約者五人が次々死んだって話……あれ本当なのかい?」
お読みいただきありがとうございます!
さて婚約者、本当は何人だったでしょう?
答えは次話でフェリカが教えてくれます♪
次回【第7話】人気俳優アクティス・レジェーロ その2