【58】リンダの紋章
爺は帰れ帰れの一点張りで、押し問答を続けたけれど入れてくれそうになかったわ。
ブロディンが溜息をつく。
「頑固だな」
「フェリカ様ぁ、魔術でドア破っちゃいます?」
「お嬢、魔術がダメなら一発ドアをやっちまうか?」
――魔術にせよ腕力にせよ、どちらも駄目だと思うわよ?
そんなことしたら、あとで何も教えてもらえなくなっちゃうかもしれないわ、と思ったら爺がドアの向こうから叫ぶ。
「なんじゃと!? そんなことしてみろ? 魔道具でおまえら全員ヒキガエルにしてくれるわ!」
それにしてもヒキガエルとは、言うことが結構古いわよね?
リンダが言うにはこの魔道具屋は五百年も前から在るそうだから、店主の爺のこのセンスは仕方ないかもしれないけど。
私たち四人がヒキガエルにされるのはさすがに嫌だったから、私は平和的解決を試みた。
それは、リンダから預かったリンダの証を示すこと。
爺はドアの向こう側にいるけれど、私たちのことを何らかの目を借りて見ているのだろう。――さっきからずっと私たちの頭上にはコウモリが飛んでいる。おそらくは、これだわ。
「私たち、偉大なる魔術師リンダの紹介で来ました」
私は掌に、トゥステリア王国の紋章とリンダの名前の頭文字『L』を光のラインで浮かび上がらせた。これはリンダだけができる魔術なのだけど、これをリンダから与えられているということは、私がリンダと特別な関係だと意味しているの。
私は掌上で光っている文字をコウモリに差し出した。光を嫌うはずのコウモリが、逃げもせずにじっとそれを捉えていた。
ドアの向こうの鋭い声が暫く沈黙する。
するとぴたりと閉ざされていたドアが、誰も触れていないのにゆっくりと開いた。
「ちっ、招かれざる者めらが」
魔道具が足の踏み場なく高く積み上げられているその奥に、舌打ちするキンキン声の主がいたが、その姿は魔道具の山で遮られて見えなかった。
「お邪魔いたしますわ」
歓迎されていないけど、礼儀は通す。
積み上げられた魔道具を避けるようにして店の奥へ進むと、どうやらそれが道になっていたようで、爺の店のカウンターまで辿り着くことができたわ。
カウンターの向こうには、声の主である爺がちょこんと立っていた。
――爺は小人族だった。高々と積みあがった魔道具のせいで、どうりで姿が見えないわけだ。
皺だらけの瞼に囲まれた落ちくぼんだ赤い目。耳がツンと尖り、真っ白な髭をぼうぼうと生やしている。小人族だけど……この風貌は闇小人族だ。だから古の魔道具なんてものを扱っているのだわ。
『業突く張りの爺』とリンダが言った通り、爺の小さな胸には大きな赤い宝石が留まっており、小さな手の十本の指には、不釣り合いな色違いの大きな宝石が十個光っていた。
「気がすすまないが相手をしてやる。あの女には借りがあるからな」
爺は心底嫌そうに、そう吐き出した。
それにしてもこの店に入った途端、蟀谷の疼きがひどい。
無理もないわ、古の魔道具のほとんどは、黒魔術の魔道具だもの。魔力のあるブロディンも同じく疼くのだろう、顔を顰めていたわ。
私もクイーンのことを聞き出して、ここから早く去りたかった。蟀谷がズキズキと痛む。
爺が尋ねた。
「お前は、あの女の何だ?」
「リンダの孫です、トゥステリア王国の王女フェリカと申しますわ」
「あの女は十年前来たときは皺くちゃの婆さんだったが、一か月前に来たときはまだ若くて可愛い小娘だったわい。お前が孫ということは、今は婆さんということか」
アメリが頭上に大きな?を作って眉を顰めていると、ジオツキーが説明する。
「ここは時間は在るが無い……時間の感覚が違う場所だ」
爺はキンキン声で怒鳴る。
「それにしてもお前らあいつらを懐柔しおって! どういうことじゃ? わしが五百年かかってもまだあいつらを手懐けるのに苦労しておるというのに……!」
プライドを傷つけられたのか、爺はプンプンと怒りだす。
私はおずおずと切り出した。
「それについては申し訳なく……。あの、私たち、手鏡を買いに来た女のことを知りたいの。年寄に変えてしまう手鏡のことよ」
「そんなこと喋ってもわしの得には一切ならん! わしは金にならないことはしない主義なんじゃい!」
「最近、手鏡を買いに来た女がいただろう?」
爺の叫びを無視して、ブロディンが筋肉の付きまくった大きな体で、爺に覆い被さるように覗き込む。ブロディン、爺を脅かそうっていう考えね。
背の低い小さい爺は上からのしかからんばかりのブロディンの迫力にたじろぎ、あとずさる。
「さ、最近? そんな女、いないわい!」
「最近でなくていい、手鏡を買いに来た女だ」
ジオツキーが横から訂正する。時間の感覚が特別な場所だったわね。
「…………顧客情報は喋らん!」
爺の答えには、間があった。
そして、『来ていない』とは言ってない。
手鏡を買いに来た女は、やはりいたのだと私は確信したわ。
「来たんだな」
ブロディンも感づいて、爺にぐいと迫る。
ブロディンにびくつきながらも、爺は明後日の方向を見て知らんぷりを決め込んでいた。
私は一歩、爺に近づいた。
「あなたが売った手鏡で、若い女性がお婆さんに変えられてしまったのよ? 彼女はね、将来の夢も結婚も、その手鏡一つで全てを奪われてしまったの。それでもあなたは、知らないと? 何も喋らないというわけ!?」
私の語気が、ミカのことを思い出して荒くなる。
「わしは、買いたいというから売った。それまでじゃ! それに、わしはこの老いぼれ姿になってからも三百年以上生きとるぞ。婆さんに変えられた位でなんだというんじゃ? 人生まだまだこれからじゃわいっ」
私の声に反応して、爺はツンケンと言い返してきた。
いつもお読みいただき、どうもありがとうございます!
次回【第59話】人間族と闇小人族













