【57】古の魔道具屋へ その2
「どう……どう……いい子だ、落ち着いて。ほら安心しろ、……大丈夫だぞ?」
低い声で優しく語りかけながら二頭に近づくジオツキーに黒ユニコーンが頭を下げた。鋭い角がジオツキーへと向けられる。
ジオツキーがその角で突かれるのではとヒヤリ!としたけれど――
なんと次の瞬間、黒ユニコーンたちはジオツキーに擦り寄って甘えはじめたの! ジオツキーも優しくその馬面や首を撫で返す。
「やっぱり、お前たちはいい子だな……。思った通りだ」
うっわー! 滅多に見れないジオツキーの輝くイケオジ笑顔!!
ブロディンもジオツキーをガン見していたから、私だけが感じているのではないと確信を持ったわ。
こうやってジオツキーに甘える姿を見ると、荒々しかった黒ユニコーンもなんだか可愛いわよね。
……ところで黒ユニコーンて呼ぶのに長いわよね? そうだわ、『黒ユニ』って呼ぶことにしようっと。
『何をしておる! そいつらにもう用はない! コラッ、お前ら帰ってこい!!』
爺の声は全力で命令していたけど、黒ユニはこの場を動こうとはしなかった。
むしろ離れたがらず、さらにジオツキーに甘え始めていたわ。
「ねえジオツキー?」
私は黒ユニに爺の店に連れて行ってもらおうと思って、ジオツキーに声をかけた。
ジオツキーはわかってると視線を寄こす。
するとまだ何も言っていないのに、黒ユニたちは私たちに乗れとばかりに、嬉しそうに背中を向けてきた。
これにはジオツキーも驚く。
「どうやら、私の考えていることがわかるようですね」
そう言ってイケオジ全開の笑顔で再び可愛がると、黒ユニはぴょこぴょこと跳ねて喜んでいる。
「フェリカ様ぁ、絶対メスだと思いません?」
アメリが私に耳打ちする。
アメリ、それ黒ユニに聞こえたら、また怒られちゃうかもしれないわよ?
私たちは二頭の黒ユニに分かれて乗ることにしたわ。トゥステリア王国一の馬の名手ジオツキーが跨りその前にアメリが。もう一頭はブロディンが御しその前に私が。ちなみに私は子供のころからジオツキーに教え込まれているから乗馬は得意なんだけど、ここは二人で乗るので体の大きなブロデインに手綱を譲る。ブロデインも王宮近衛騎士団の優秀な猛者だし、ジオツキーの厳しい仕込みを受けているので、馬の扱いは勿論上手い。
私たちが跨ると、黒ユニは嬉しそうに走り出した。
『コラッ!! なにを勝手に! 案内しろとは言っておらんぞ!!』
爺の怒声が聞こえたが、蹄の音と風を切る音でたちまちかき消された。
水の上をひた走る黒ユニたち。その速いこと! 驚くような速さだったわ。
足元に広がる水面には、まるで渡り鳥がアルマンの街を見ているような光景が広がり、小さくなった家々の屋根や畑が後方へと流れて行った。その建物の様子が今であったり昔であったりと、時代が刻々と変わっていく。アルマンの街だけでなく、山や海、見たことも無い異国の風景なども次々と目にした。
そのまま暫く水面に目を奪われていると、今度は目の前に大きな崖が見えて来た。
崖の遥か高い所から一本の滝が、白い束の絹糸の如くまっすぐに流れ落ちている。その滝壺は眼下に広がる水へと続いていたわ。
黒ユニは速度を緩めると、滝に向かって歩き出した。
すると滝の水が引っ張られたように左右に分かれ、崖のゴツゴツとした岩肌が顕わになる。岩肌のとある部分が揺らいだかと思ったら、そこにぽっかりと小さな洞の口が現れた。
「ここからは歩いて行くのね」
黒ユニたちは、ジオツキーとは離れたくないようで後をついて来たがったけれど、小さな洞には黒ユニの大きな体ではとても入れない。仕方なく諦めて、じっとりとジオツキーを見つめていた。
きっとメスに違いないと、口には出さなかったけど、私もアメリに賛同した。
ジオツキーに熱い視線を送る黒ユニたちを置いて、私たちは身を屈めるようにしながら洞を歩いた。天井で休んでいたコウモリたちが、私たちの歩みにあわせて慌てて羽ばたく。体の大きなブロディンが、背中を丸めた姿勢を取り続けることに堪えかねて、すぐに根を上げた。
「爺じゃないけど、腰が痛ぇ」
ブロディンを励ましながら洞を進むと、奥からぼんやりとした灯りが見えてきた。店に着いたのだ。
魔灯で照らされた店の古びた木製のドアには、昔のルーフ文字で『魔道具屋』と看板が掛けられていたが、ドアはぴったりと閉ざされていた。
私は遠慮せずにドアを叩いた。
「帰れ! 許可した覚えはないぞっ! 余計な者を案内しおって! 黒ユニコーン共め、いったいどういうつもりだ? いつもあいつらの望む高級な好物をやってるのに、わしの言うことが訊けないとはなんたることじゃ!」
あのキンキンした怒鳴り声がドアの向こうから聞こえてきた。
「開けてください! 私どうしても知りたいことがあるんです!」
「わしには知りたいことなど無いわい! 魔道具に用の無い者は帰れ帰れ!!」
ドアを通り越して、爺の尖った怒声が洞に響く。
黒ユニが言うことを訊かなかったのも重なって、爺は怒り心頭だった。
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次回【第58話】リンダの紋章













