【55】失くし物、あります。
ジオツキーがアクティスを馬車で送っていき、私はアメリと部屋に戻り寝支度を始めた。
化粧を落としたり、セットした髪の毛をほぐしたり、ドレスのコルセットを脱いだり……女性って出かける前だけでなく帰って来てからもホント大変よね。
いつもならアメリが着替えを手伝ってくれるのだけど、もうすっかり遅い時間だ。なのでアメリには湯あみの準備に行ってもらい、私はその間自分でできることを済ませておくことにしたの。
ドレスを脱ごうとしたらスカートのレースの辺りで何かがキラリ、と光った。
このドレスにはビジューはついてなくて、レースと刺繍だけのはずなのに……。不思議に思ってレースを寄せたり捲ったりしてみたら、見慣れない物が。
「何かしら、これ……?」
レースに引っかかっていた物――それは男性の襟を飾るクラバットに付けるピンだった。
銀色の二本の長剣が刃を上に向けて交わるデザインで、深く青い小さな宝石が美しく連なっている。
銀に青……。
私は、ロデムが魔術を見ているときに垣間見せた、澄んだ眼差しを思い出した。
「これって……? もしかしてロデムさんの……?」
ロデムが私を庇ってくれた時に、クラバットから外れて落ちてしまったのだろう。
私は薔薇園での出来事が頭に浮かんで、恥ずかしくてカーっと熱くなっちゃったわ。
……ロデムが失くしたことに気が付いて、今頃探しているかもしれない。返したほうがいい。
……でも、どうやって?
ヤトキンに尋ねればいいけれど、私のドレスに引っかかっていたなんて話をしてあらぬ誤解をされても嫌だし……。
じゃあ、ヤトキンに訊かずに何とかするには?
そうだわ! 私はロデムがトゥステリア王国の湖水地方に魔術研修に来てたと知っているじゃないの。じゃあ、その伝手を使ってロデムを探したらすぐにわかるんじゃないかしら?
うわっ! ダメだわ、それ絶対ダメ!
そんなことしたら、私がフェリカ王女だってバレちゃうじゃないの? そんなこと絶対できないわ……!
あ、でも、このピンがロデムの物だっていう確証は無いわよね? 私、他の男性ともお喋りをしたもの、その人のかもしれないわ? でも待って、これはアクティスの物かもしれないわよね、ダンスをした時に落ちちゃったとか?
……いいえ、アクティスはこのピンではなかったわ。
それに、お喋りをした男性の物でもない。
私はなんとかロデムの物では無いと思いたくてあれこれ考えて見たけれど、――やっぱりこれはどう考えてもロデムのクラバットピンなのだ。
ふうっと深い溜息をついた私は暫くそのピンをじっと眺めた。
そうしたらこれ、いったいどうしたらいいんだろう……
ウィーノの作品を思い出させる上質で丁寧な造りのクラバットピン。
……ロデムのとても大切なものかもしれないわ。
ああ、そうだわ、ヤトキンに拾ったといって届ければいいのよ。ロデムもきっとヤトキンに問い合わせるだろう。
私、なんだか難しく考えすぎてしまったわね。
ヤトキンに届けに行くことにして、私は絹のハンカチーフを取り出すと、傷つかないようにその美しいクラバットピンをそっと包んだ。
「フェリカ様ぁ、一人で赤くなったり青くなったり、何してるんですかぁ?」
アメリがすぐ私の後ろから怪訝そうに話しかけてきた。
「うわっ、びっくりした! アメリ」
「湯あみの準備、できましたよ?」
私は慌ててクラバットピンを包んだハンカチーフを手の中に握り込んで、アメリに知られないようにした。
……よかった、アメリには私が何を持っていたか、見られてないみたい。
私は、片付けを装ってさりげなくその包みを自分のポシェットの内ポケットにしまった。
「どうかしましたぁ?」
「ううん、別に!」
アメリは私の着替えを手伝おうと、私のドレスのファスナーに手を伸ばそうとして、ふと止めた。
「そういえばフェリカ様ぁ。あのジオツキーのカードどうしましょう? 私、どうしたらいいか困っちゃって。これ以上、持っているのは嫌ですしぃ」
「そうよねえ。……じゃあ浄火の魔術を使う?」
浄火の魔術って言うのは、魔術の火で物を燃やすことでね、何か大事な物を処分したい時とかに使うものなの。燃えた物は聖なる処に帰ると考えられているのよ。
物を燃やすことに変わりはないんだけど、たぶん人の気持ちの問題なんだと思うのよね。
「ええ、そうします! 彼女たちの思いが全然届かなくっても、なんか救われる気がしますし!」
なんだか痛い発言ではあるけど、屑箱に捨てるよりは報われる気がするものねえ。
アメリがリビングルームからカードの束を持ってきたので、カードをそのまま持っていてもらう。私が浄火の呪文を唱えてカードに手をかざすと、ぽっと青白い炎がついて、カードの束はすうっと一気に燃えてあっという間に無くなった。
「ジョウブツしてください」
と、アメリは目を瞑って言っていた。
なにやら、東方のおまじないなんですって。
「フェリカ様ぁ、ありがとうございました! これでやっとすっきりです!」
「よかったわ! じゃあ早く湯あみして寝ましょうよ。 そうだ! もう遅いし明日は朝早いから、アメリも一緒に入っちゃわない?」
「ええっ? いいんですかぁ」
嬉しそうなアメリ。他の国だったら侍女と湯あみなんてありえないことかもしれないけれど、私とアメリは時々姉妹みたいに過ごすことがあるの。
「たまにはいいじゃない? 城じゃないからうるさい従者もいないし? アメリは私の妹みたいなんだもの!」
明日の早朝は古の魔道具を扱っているという特殊な魔道具屋へいく。
夜と朝、時間の狭間、魔術で作り出した特別な空間にその店はあるという。本当に行けるのかもかわからない不思議な店なのだ。
そんな不安を吹き飛ばすように、私とアメリはその夜、二人で女子の湯あみタイムをきゃいきゃいとはしゃいで過ごしたのだった。
いつもお読みいただきどうもありがとうございます!(^^)
次回【第56話】古の魔道具屋へ その1
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