表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/76

【50】ロデムとアクティス

 ロデムが唇を引き結んでいる。

 憤っているのか、何かを考えているのか、その硬い表情から推し量ることはできなかった。


「ねえ、フレデリカって、誰さ?」

とアクティスは繰り返してから、私の渋い顔ではっと気が付いた。


「あ、ごめ……」


「……フィー……君の本当の名前は、フィーというのか」


 怒りを帯びた口調ではなかったけれど、ロデムは確かめるようにゆっくりと私に問う。


 どうしよう、フィーも違うのよ、仮の名前なのよ。

 でも……本当の名前は簡単には言えないもの。


「この男、誰? フィーの知り合いなの?」


 今度はアクティスが私に問う。

 うう、とりあえず答えられる方の質問に答えておこう。


「あの、この方はね、宵の明星亭で怪我の手当をしてくれた人なの」


「なんだって?」


 説明したら、なぜだかアクティスがいきり立つ。私ちゃんと説明したのに、なんで怒ってるの? 怪我させた人じゃなくて手当をしてくれた人だってこと、私ちゃんと伝えたわよね?


 アクティスは私を自分の後ろに下がらせて、ロデムと向かいあった。


「フィーがお世話になったね。お礼を言うよ」


 アクティスらしくない。なんか上から目線の態度なんだけど……?


「フィー、この男と何を話してたのさ?」


「君の……兄弟か?」


 もう二人とも、次々私に質問しないでよぉ……

 とりあえず今度はロデムに返事をしなくっちゃ。

 エスコートするのは大抵家族だから、私たち全く似てないし、そう質問したくなるわよね。


「いえ、友人なの」


 アクティスが私の説明に言葉を添えた。


「そうだよ、昔からの、仲の良い友人だ」


「……ああ、さっきの!」


 アクティスの顔を見て、余興を思い出したのだろう。ロデムは目を細める。


「……歌劇俳優の」


 そう言いかけると、アクティスが(さえぎ)るように名乗った。


「アクティス・レジェ―ロだ!」


 なんか語気が強い。

 ねえアクティス、一体どうしちゃったの?


「じゃあフィー、行こう! 向こうでダンスが始まったよ? 僕と踊ろう」


 今度はアクティスが私を()き立てるように、この場から去ろうとした。

 アクティスの失礼な態度に動じないロデムは、私たちの背中に忠告の言葉をかけた。


「気をつけたほうがいい。フィーは、誰かに狙われている」


 アクティスの顔色が変わる。


「なんだって? フィー、本当なのかい!?」


 私は黙って頷いて、地面に落ちている薔薇の残骸に目をやった。アクティスは事態を把握する。


「フィーを狙ったって?……魔術か」


 アクティスは顔を強張らせると、ロデムにもう一度向かい合った。


「……重ねてお礼を言うよ。――じゃあ行こう、フィー」


 アクティスはぐいと私の手首を掴むと、どんどん歩き出した。アクティスらしくない態度の数々に私は戸惑いながら、慌ててついて行く。

 足早に歩くアクティスに引かれながら、私はロデムを傷つけてしまったのではないかと気になっていた。

 あの時、歌劇場の前で、ロデムは敬意から私の名前を尋ねてくれたのに。

 それなのに、私は知られたくないばかりに『アルマンのフレデリカ』だなんて偽名を名乗ってしまった。

 さっき私がフレデリカじゃないと知って……ロデムはやっぱり気分を害したのじゃないかしら。


 ずきん、と私は胸が痛んだ。

 私、失礼なことをしてしまったんだわ。


 私が突然足を止めたので、手首を引っ張っていたアクティスもどうしたのかと立ち止まる。

 私は唇をぎゅっと噛んだ。

 もう二度と会わない人だろうけど……。

 だからこそ、私、ちゃんと謝らなきゃ!

 

 私はベンチの前に立つロデムを振り返った。

 少し遠くなっていたけれど、私は声を彼に届くように投げた。


「ロデムさん! あの…私……名前を言えなくて、ごめんなさい!」


 私は胸に手をあてて謝罪の言葉を口にした。

 ロデムの表情は、もうよく見えなくてわからなかったけど、手を挙げて応じてはくれた。


 あなたの敬意を傷つけてしまって……本当にごめんなさい!

 そして、さっき伝えた『フィー』も、仕方ないとはいえ本当の名前じゃない……

 

 まるで棘が刺さったみたいに、心がチクリとした。






「あの男、ロデムっていうんだ?」


 私と再び歩きながら、声を荒げてアクティスが訊く。


「アクティス、さっきから怒ってる?」


「別に? 怒ってないよ」


 うそ。明らかに怒ってるじゃないの。


「私がなかなか見つからなくて、ヤトキン嬢の相手をしなくちゃならなかったから?」


 アクティスはムッとして立ち止まり、私の両肩に手を乗せると顔を覗き込む。


「フェリカ、君のそういうところだよ! 君は昔からいつもそうさ! ……君のそういうところに僕はいつも……!」


「ごめんねアクティス。ねえ怒ってるのは違う理由なの?」


 私、なんか的外れなことを言ってしまったみたいね……?


 アクティスは、溜息をつくとがっくりと肩を落とす。


「はぁ……まあそれがフェリカだからなあ。仕方ないか……。……それに、僕だって……」


 独り言ちると、アクティスは金髪をグシャッと掻き上げた。


「そろそろダンスも始まったようだし、フェリカ、(しばら)くは僕と踊ってよ? 僕と一緒に行動すれば、危ない目にも合いにくいだろう? それにさ、ここだけの話もうヤトキン嬢と踊るのは御免(こうむ)りたいしさ」


 





お読みいただきありがとうございます(^^)


次回【第51話】幕間~チャンスは逃さず~


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ