【5】面会許可のコツ
『ロミオ王子と鏡のジュリエット王女』はクライマックスを迎えていた。
悪い魔女を討伐する主人公たち。魔女を倒し魔鏡を得たジュリエット王女は、その力で元の姿に戻れたわ。ロミオ王子とジュリエット王女は城の人々全員と共に、喜びの大合唱だ。
歌劇俳優アクティスの演技に、誰もが物語の世界に引き込まれ、その美しい歌声に人々は魅了されていた。
私もはじめこそ、『友人アクティス』として舞台上の彼を追っていたけれど、いつのまにかロミオ王子として見るようになっていたわ。
ロミオ王子の気持ちになって、一緒に泣いて、一緒に笑う。彼の容姿はもちろん魅力的だけれど、それだけでファンの心を掴んでいるんじゃないってことがよくわかる素晴らしい舞台だった。
歌劇の最後の場面は、月下のバルコニーでのラブシーンだった。
ロミオ王子とジュリエット王女の顔がだんだんと近づいていく‥‥‥
「きゃあ、アクティス殿下っ」
「殿下、すてき!」
「いや~!」
ファンの様々な思いのこもった小声があちこちから聞こえてくる。
私は、さすがに『友人のアクティス」が『そんなこと』をする姿は見れないわって背中に冷汗をかいちゃったけど、くるりと自然に二人の背中が向けられて、美しいラブシーンで幕となった。
(よ、よかったぁ……。だって、そんな姿、私恥ずかしくって、無理だもの!)
私はほっと胸を撫でおろした。
観客席からは盛大な拍手が贈られて、ブラボーの声が鳴りやまなかった。
私も精一杯拍手をした。ふと隣を見るとアメリとブロディンが立ち上がり、夢中になって拍手をしていたわ。
アメリの目はすっかりハートになってたし、ブロディンは感動して泣いていた。
……けっこう二人とも、染まりやすかったのねえ。長い付き合いだけど、知らなかったわ。
ジオツキーは、自分の席で冷静に拍手していたけど、少しだけ口元は緩んでたみたい。
従者たちが楽しんでくれたようなので、よかったわ、うん。
これでみんなの湖水地方での疲れが少しでも癒えていたら嬉しいな、と私は思ったのだった。
*
長いカーテンコールが終わって、大勢の観客が歌劇場の外へわらわらと出ていく中、私は案内係の女性たちに声をかけて、アクティスとの面会をお願いしていた。
「あの、すみません。俳優のアクティス・レジェ―ロ氏に面会したいのですが」
案内係のお姉さん達は困り顔で営業スマイルを浮かべた。
面会って、簡単にはできないものなのね……?
お姉さんたちが口にはしない冷ややかな雰囲気を感じとっていると、係の中でもリーダー格なのか、小柄でそばかすに眼鏡で三つ編みという如何にもなお姉さんが正面に出て来て、きっぱりと断わられてしまった。
「ファンの方ですか? 申し訳ありませんが面会はお断りをさせていただいております」
「ファンではなくて、知り合いなんですの」
お姉さんたちはやや呆れ顏で、お互いに顔を見合わせる。
リーダー格のお姉さんは、警戒した表情を浮かべて私に対応した。
「皆さん、そうおっしゃいます。それともアクティス氏とお約束をされているとでも?」
ああ、そっか、そうよね。
大人気俳優なんだもの。ファンがなんやかんや言って、会おうとするわよね?
そもそも今日の私、お忍びだったし、すぐに会えるわけはなかったのよ。ああ、こんなことならアクティスときちんと約束をしておけばよかったわ。
アクティスとは学校を卒業してから五年、一度も会えていない。
それはね、彼が卒業式の翌日に家出したからなの。アクティスはレジェ―ロ伯爵の嫡男だったから、伯爵家は上を下への大騒ぎ。散々探したけれど、とうとう見つからず。当然、彼から伯爵家にはなんの音沙汰も無し。それでもアクティスは、私に誕生日カードを毎年送ってくれていたから、外国にいるらしいと私は知っていたの。
だから、なんとかここでアクティスに会っておきたかったのよ。
そう思って、私はもう少し粘ることにした。
「ではせめて、伝言だけでもお願いできませんこと? トゥステリアからフィーが来たと言っていただければわかると思いますわ」
お姉さんが、これだからファンはとばかりに、とイラついて声を高くする。
「お客様、申し訳ありませんが!」
やっぱり難しいわよねえ……
これは諦めるしかないかなと思い始めたところに、すっと私たちの間に入ってきたのは、ジオツキーだった。
見れば、ジオツキーは普段ほとんど見せたことのない、極上の笑顔を浮かべていたのよ。
「無理を言って申し訳ありません、お嬢さん方。この者は私の連れでして」
私を後ろに下がらせながら、超美男ジオツキーは彼女たちに紳士的に話しかけて、一歩前へと近寄った。
険しかったお姉さんたちの表情が、見る見る蕩けた優しい顏に変わっていく。
「本当にアクティス氏とはトゥステリアでの知り合いでね。どうか取り次いでもらえないかな?」
優しい顔からうっとり顔になった案内係のお姉さんたちは、とびっきりの笑顔を浮かべると、
「「「ハイッ!!」」」
と、さっきまでの警戒心は何処へやら。
1オクターブ高い声で返事をすると、我先にと楽屋口へ飛ぶように走って行った。
ジオツキーは振り返ると小さな溜息をついて、私に教え諭した。
「フィー様、いつも言ってるじゃないですか。頼み事をする時はもう少し笑顔で頼めば、簡単なんですよ?」
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次回 【第6話】人気俳優アクティス・レジェ―ロ~その1