【49】ロデム その2
惹き込まれるようにチラチラと明滅する光を見つめているロデムの隣で、私もしばらく黙って空を見上げていた。
(リンダが教えてくれたこの魔術、本当に星空を漂っているみたい……)
光が次第に空気に溶けて消えていくのを見て、私はハッと思い出した。
ここに長居は禁物だったわ。
早くここを失礼しなくっちゃ。
私はロデムに話しかけた。
「あの」「フレデリカ」
私が切り出そうとしたら、同時にロデムは私を呼んだ。
「はい?」
しまった、返事しちゃったわ!
先に失礼しますって言っちゃえばよかったのに!
「フレデリカ、魔術は便利なだけじゃないんだな。……こんなに美しい魔術、俺の国ではこの先、もう二度と見ることは無いかもしれないな……」
「……お国では、これから魔術を取り入れていくのでしょう? だからこそ魔術研修を受けられたのではありませんの? ……いつかまたご覧になれますわ」
「……そうだと、いいのだが」
遠くを見やる青灰色が煌めく。
私の金粉はもう消えてしまったはずなのに……。
……ああ、でも私、そう、とにかく早くこの場を。
「……あのロデムさん、私そろそろホールに戻りますわね」
ロデムは頷きかけたが、その視線が私の髪で止まった。
「フレデリカ、待って。髪にさっきの薔薇が。……失礼する」
ロデムはさっと私の髪に手を伸ばす。
後ろ髪を高い位置でまとめているところに、どうやら小さい枝が引っ掛かっているようだった。
ロデムは上から覗き込むようにして取ってくれているのだけど、私の顏の前にはさっきの様に彼の黒いシャツが近づいて。
抱擁のように庇われていたことを思い出してしまい、もう恥ずかしくて息苦しい。
「もう大丈夫だ」
「ありがとう……」
その言葉でロデムを見上げたら、ロデムは丁度顔を上げるところだった。
お互いの鼻がぶつかりそうな近さで、青灰色の瞳が真直ぐに飛び込んできた。
びっくりした私は、視線を慌てて逸らしてしまったわ。
だ、だってダンス以外で、こんなに近くで男性と目が合っちゃうなんて、は、初めてだもの……。それにダンスだって、こんなに近くは……。
――その時、耳馴染みのある声が噴水の方から聞こえてきた。
「フィー! フィーどこだい? フィー? こっちかな。いったいどこにいったんだろう? フィー?、いたら返事して!」
アクティスだわ!
アクティスったら、私の名前、あんなに呼んじゃって……!
今、私、『アルマンのフレデリカ』なんだから、そんなに呼ばないでほしい。そしてできればこっちに来ないで……? 名前が違うってばれちゃうもの!
でもアクティスの声は確実にこちらに近寄ってきていた。
「フレデリカ?」
私の表情の変化に気づいたロデムが、不思議そうに訊ねた。
「あ、あの、ロデムさん、そ、それでは私……」
私がロデムから距離を取ろうとした瞬間、薔薇の木の間からアクティスが現れた。
うっわー! 時すでに遅し!
「あ! フィー!! やっと見つけたよフィー、今まで何してたのさ? ずっとフィーを探してたんだよ?」
アクティスは私を見つけると、こちらへ走って来た。
アクティス、そんなに私を呼ばないで、クダサイ……もう遅いケド……。
ロデムが眉を顰めて呟いた。
「フィー?」
「あ、愛称なんですっ、私の!」
そう、フレデリカだから、フィー。
頭文字はFで一緒だもの、悪くないわよね?
とにかく、これ以上ここにいても困るだけだし。
もうロデムとは二度と会わないのだから、さっさと失礼してしまうに限るわね。
「失礼致しますわね、今夜はありがとうございました」
と私は早口で暇を告げ、アクティスに向かって走り寄りながら、薔薇園の外へと誘った。
「ごめんね、アクティス。さあホールに戻りましょうよ!」
「ねえ、フィー、あの男誰?」
「アクティス、もういいから、あとで話すから! 行きましょ、ねっ?」
ロデムを気にしてあれこれ言うアクティスの背中を、私は小声で説得しながら強引に押した。出来るだけ早くロデムから遠ざかりたい。
「フレデリカ!」
ロデムが何事か私を呼び止めた。
その声に、つい私は足を止めてしまった。
そして、振り向いてしまった。
「魔術の贈り物をありがとう、フレデリカ」
それを聞いたアクティスが、不思議そうな表情を浮かべた。
そして、役者特有のよく通る大声でもって、私に尋ねた。
「フィー、あのさ、フレデリカって誰?」
うわあーっ……最悪!!
――――――オワタ…………!!!!!!
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次回【第50話】ロデムとアクティス













