【39】アクティスとレジェ―ロ伯爵
私たちは、ジオツキー運転の馬車に乗り込んだ。といっても、昨夜の借りていた壊れた馬車じゃないわよ? 馬車の修理が終わったので、久しぶりに自分の馬車だったわ。
うん、やっぱりこの馭者台のジオツキーはしっくりくるわね。
馬車箱の後ろでは腹斜筋を鍛えつつブロディンが護衛してくれている。これもいつもの光景ね。
アメリは今日は私の横、いつもは斜め前なのだけどね。
そして、アクティスが私の正面に座っている。
借りていたカルド国製の馬車も良かったけど、使われている資材や形状がトゥステリアのものとは違ったし、やっぱり慣れ親しんだ馬車のせいか、ほっとするわ。
「トゥステリアの馬車! うわっ何年ぶりだろう? この雰囲気、懐かしい!」
アクティスは久しぶりのトゥステリア王国製の馬車に乗って嬉しそうにする。
カルド国製の馬車とのフォルムの違いとか、内装はトゥステリアのほうが装飾が美しいだとか、アクティスはしばらく饒舌に喋っていたのだけど……ふと黙り込んだ。
どうしたのかと思って顔を見ると、物思いに沈んだ表情をしていたわ。
アクティスにしては珍しいので、私もあえて会話を続けずに、夕日に染まるアルマンの街に目をやっていた。
馬車の車輪だけがゴトゴトと鳴っていたが、アクティスの小さな声がそれに重なった。
「……ねえ、フェリカ。親父さあ、元気にしてるかな?」
アクティスは、ぽつりと言った。
トゥステリアの馬車に乗って、家出してきた伯爵家のことを思い出したのかしらね……?
ちらっと見ると、アクティスは窓から目を逸らさずにいた。
「レジェ―ロ伯爵は、変わらずにご活躍されてるわよ」
「そっか……」
アクティスは暫し黙り込んで、また口を開いた。
「僕の話とかさ…………いや、……なんでもない」
家出したっきり一切連絡を取っていないということだったから、やっぱり気にはなるのだろう。
私はアクティスがいなくなった時のことを思い出していた。
*
学校の卒業式が終わり卒業証書を胸にして、私たちは仲間と将来について目を輝かせて語り合った。
私のように婚約が決まっている友達もいたし、さらに専門的なことを学ぼうと進学する友達もいた。アクティスのように爵位を継ぐ者は、親の手伝いを始めるのが普通だった。
『アクティスの親父さん、厳しそうだよな? お前大丈夫かよ?』
学業態度が若干不真面目なアクティスを知ってる悪友が、心配して声をかけた。
『僕、伯爵家は継がないから』
アクティスは、きっぱりと言った。
『僕はいつか、歌劇の舞台に立つよ』
アクティスは伯爵家の嫡男だ。当然彼が継ぐものと信じていたから、思ってもいない答えが返って来て、友人全員が固まった。
『な、なに言ってんだよお、冗談うまいなお前!』
驚き焦る友達の言葉に、アクティスは曖昧な笑みを浮かべた。
仲間たちは皆知っていた。アクティスが歌劇に惚れ込んで、授業中はずっと戯曲本を読み込んでいたし、毎日のように歌劇場に入り浸っていたことを。
まだ夢を捨てきれないだけなのだろう、とその場の全員が思っていた。
しかしその卒業式の翌日、アクティスは伯爵家からいなくなった。
厳格な伯爵家は大騒ぎで、王都中、いいえ権威ある家だったから、トゥステリア王国中を探したようだったけれど、とうとうアクティスを見つけることはできなかったのだ。
*
「……あなたが家出してずいぶん経ってから、レジェ―ロ伯爵にどこにいるか知らないかと訊かれたわ」
「怒ってただろ?」
「……恥じておられたけど、心配もしていらしたわ」
「――親父とは、昔からね、ずっとわかりあえないのさ」
アクティスの瞳に、アルマンの街の風景が流れていく。
「最近、トゥステリア王国でもあなたの名前が有名になってきてるから、きっとレジェ―ロ伯爵の耳にも届いていると思うわ」
アクティスはそれからむっつりと黙り込んでしまった。
私も何か言うことがはばかられて、ずっと外を眺めていたわ。アメリも私に習って風景に目を凝らしていた。
そうして結局、馬車がヤトキン邸に到着するまで、誰も口を開かなかった。
その沈黙を破ったのは、到着を告げるジオツキーの声だった。
「到着しましたよ」
その声で顔を上げたアクティスは私と目が合うと、さっきまでのやり取りが嘘のように、にっこり微笑んだ。
その笑顔は、いつものアクティスだった。
「フェリカ、今夜のエスコートは僕に任せて。パーティを楽しんでよね?」
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次回【第40話】婚活パーティのはじまり
18日9時代投稿します<(_ _)>













