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【36】襲来 その1








 窓硝子が砕け散った少し前。


「お嬢、アメリ、フード閉めるぞ」


 ブロディンは雨が降ってきたのでフードを閉め、前に向き直る。そして呪文を詠唱し、ジオツキーと自分に雨除けの魔術をかけた。馬も体が冷えてしまうので、馬にも忘れない。


「結構、雨が降ってきたな」


「明日はカプロキドに行っても難しいかもしれませんね」


 ジオツキーが進行方向への視線を切って、眉を(ひそ)めて雨粒が落ちてくる空を見上げた。

 視線を切った道の先に、横道から飛び出してきた幾つかの人影が現れた。そこから小さな青白い灯が馬車に向かって投げられたことに、ジオツキーは気が付かなかった。

 その灯は近づいてくると、馬の目の前で驚かすように火花を散らして()ぜた。


 (いなな)く馬の声と大きな馬車の揺れで、ジオツキーは慌てて空から視線を戻した。

 消えていく火花が見える。

 馬たちが驚いて足をあげ、身をよじる。馬車が馬の動きに引っ張られて大きく揺らぐ。

 

 ジオツキーは事態を把握しながら、馬たちを落ち着かせるために冷静な声かけを繰り返した。馬は聴覚が優れているのだ。

 ジオツキーは落ち着き払った声を出していたが、内心では馬たちを(ひる)ませた火花のひどい手口に(はらわた)が煮えくり返っていた。

 興奮する馬たちをなだめながら、その道の奥の人影を決して逃すまいと(にら)んだ。


 *

 

 ブロディンは突然横道から人影が現れたのを見るや、すぐに体が戦闘態勢に入っていた。

 人影と同時に目に映った小さな青白い灯がみるみる近づき馬の目の前で爆ぜたのは、一瞬の出来事だった。

 馬が驚き馬車全体が大きく揺れる。その揺れが、ブロディンの視界も奪う。

 ブロディンは揺れている馭者台を蹴って、道へひらりと飛び降りた。

 呪文を唱えて魔灯を作ると前方へ放り投げながら、人影の方へ走り出す。

 魔灯が遠い人影を照らし、ブロディンは目を細めて確認する。


「三人か!」


 (おのれ)の魔灯で暗闇を急に明るく照らしたので、ブロディンは気が付けていなかった。その明るさの中で今度は魔術で繰られた刃が、馬車に向かって放たれていたことに。

 硝子が激しく割れる音がして、ブロディンとジオツキーは馬車箱を振り返る。


「お嬢っ!」


 割れたのは、フェリカが座っていた側の窓硝子だった。


「大丈夫よ!」


 フェリカの声を確認すると、ブロディンは三人の敵へと走った。そのうち二人は馬車に近づこうとこちらに向かってくる。


「来てくれるとは好都合だぜ!」


 男たちは自分よりも大きな体つきの男が全速力で走ってくるのを見るとギョッとした。近づけば近づくほど自分たちとは体つきが違い過ぎる。二人の内、片方が剣を抜刀しブロディンに向かい合う。もう一人は馬車へと走っていく。

 抜刀男はブロデインの体つきに怖気づきながら、それでも切りかかって来た。

 男の剣の扱いは、王宮近衛騎士団から見れば稚拙この上なかった。ブロディンは剣筋をなんなく(かわ)し、相手の手首を手刀打ちで払い、渾身のボディブローをもう片方の手で叩き込む。


「まあったく、(なま)っちょろ過ぎだろ。百年(はえ)えんだよ!」


 気絶した男をひょいと道端に放り投げ、馬車へと走るもう一人を捕まえようとした。


「こっちは任せろ! 向こうのヤツを!」


 ジオツキーの声が耳に届いたブロディンは、迷うことなく奥の道で立っている敵へと向かった。


 *


 ジオツキーは馬をすぐに落ち着かせ、御者台に置いてあった剣を(つか)むと、軽々と道へと飛び降りる。馬たちの首に優しく触れた後、ブロディンの加勢に向かい走る。

 いつもであれば、ジオツキーは馬車に残っただろう。おそらくブロディン一人で対処できるレベルだ。しかし、馬への仕打ちがジオツキーから冷静さを奪っていた。それに今日のフェリカであれば、馬車に残しても大丈夫だ。

 ジオツキーは一発見舞ってやらないと、どうにも気持ちが収まらなかった。


 馬車へと走ってきた男は、先程の大男に比べて、今度の相手があまりに小さく華奢(きゃしゃ)であることにほくそ笑んだ。近づくと、自分よりだいぶ年齢が上だ。戦う前から自分の勝利を確信した。この男に剣なんて必要ない。拳で十分だ。そう思った男はジオツキーを格下に見てにやりと笑い、わざと自分の剣を道に捨て挑発した。

 男の挑発に応えるように、ジオツキーも剣を足元に転がした。

 ジオツキーとしては刃物沙汰は避けたいところだ。お忍びで隣国カルドに来ているのだ、派手な揉め事は起こしたくはない。故にかえって好都合だった。

 男がジオツキーをKOしようと拳を体の後ろへ引いた。その拳に力を込めて、目の前のジオツキーに振り下ろそうとした。

 だが目の前にいたはずのジオツキーの姿が忽然(こつぜん)と消えた。

「いない……?」

 そう思った時、顎に強烈な衝撃を喰らって、男の意識は切れた。


 ジオツキーは回し蹴りで男を一発KOすると(かが)めた身を起こし、伸びた男に氷の刃の如く毒づいた。



「貴様、胸を一突きされなかっただけ、ありがたいと思え!」





次話【第37話】襲来 その2



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