【35】古の魔道具屋は何処に
クイーンが誰なのか。
それを知りたい私は、明日の明け方、リンダから聞いた古の魔道具屋に行ってみるつもりだったわ。手鏡を購入した者の情報を、その魔道具屋から聞き出すつもりだったの。
歌劇場から宿へ帰る馬車の中で、私たち四人はその話をした。
あの開閉フード付きの馬車がすっかりお気に入りになっちゃったので、ずっと借りていてね、今夜は特に開けていると夜風も気持ち良くて快適だったわ。
私の隣の席に座ったアメリが、謎を口にする。
「フェリカ様、その魔道具屋っていったいどこにあるんですかぁ? リンダ様、なんだかよくわからないことを言ってましたよね?」
「『この街で一番悲しい涙が流れる泉に行け』ですよ」
とジオツキーが馭者を務めながら、振り返らずに話した。
「悲しい涙が流れる泉なんて、そんな謎だらけの言い方じゃわかんないじゃないですかぁ?」
「五百年前に魔道具を買い取った魔道具屋は、今も存在していたんだな。知らなかったぜ」
ジオツキーの隣に座ったブロディンが、その事実に感心する。
「おそらく、一般には伏せられているんだと思うわ」
「そんな昔からあるお店だったら、もっとわかりやすい場所にありそうなもんじゃないですかぁ」
「アメリ、おそらく店はこの世界には無いということだ」
ジオツキーの言葉に、アメリの頭上に大きな疑問符が浮かびあがる。
「この世界に無かったら、どにあるんですかぁ?」
「魔術の力で出来た空間、朝と夜の狭間、時間の狭間……にその店があるんだと思うわ」
「フェリカ様、何を言ってるんですかぁ??」
ジオツキーが補足する。
「それだけ、危険な物を扱ってると。だから、狙われ難い特別な空間を魔術で作り出して、保身してるということだ」
アメリは考えながら聞いていた。
「うーん、ちょっとだけわかったような気がするけど。……じゃあ、その店が特別な空間にあるとして、一番悲しい涙が流れる泉っていうのは?」
「それだよなあ……」
とブロディンが、瘤のように膨らんだ腕を組んで考え込む。
「おそらく、それはカプロキドの入口にある噴水です。今は、ですが」
「今は?」
私はジオツキーに訊き返す。
「店を利用したい者が多く集う処こそが、この店が繁盛する場所です。店の場所は時代とともに移動するのでしょう。『一番悲しい涙が流れる泉』とは古の魔道具を売買しなくてはならないような、訳ありの者たちが大勢いる場所ということですよ」
「それで、カプロキドなのね」
歓楽街に集まる人々は悲喜交々だ。金に困る者もいるだろう、人々の嫉妬や陰謀が表沙汰になりやすい。
「ジオツキー、あの噴水って泉だったのか?」
「元々、泉なのですよ。地図に泉と書いてありました」
「そこで、朝の光が訪れる直前、呪文を唱えればいいってことね」
リンダはこう言っていたわ。
『朝の光が訪れる直前にこう言うんだよ。〈暁闇の狭間、太陽がもたらす最初の光、その光水面に戯れる時、黒き使いよ古の音響く洞へ我を導け〉』
カプロキドのその噴水でやってみなければわからないけれど、おそらくジオツキーの読みはあたっていると思ったわ。王宮近衛騎馬隊の元隊長ジオツキーの推察、今までも外れたことが無いもの。
ぽつり。
私の頬に雨粒が当たった。
「え? 雨……?」
アメリも、空を見上げた。
「もし雨が降っちゃうと、確か魔道具屋はお休みだって、リンダ様言ってましたよねぇ?」
「それは困るわ。早くクイーンのことを知りたいのに」
しかし、ぽつりぽつりと雨粒が増えて、小雨が降り始めてしまったの。
「お嬢、アメリ、フード閉めるぞ」
ブロディンは馬車についているフードを、片手で軽々と閉めた。
フードを閉めると、馬車に当たる雨音がはっきりと聞こえて、思いのほか降っていたことがわかった。
このまま雨が降り続けたら、明日朝の魔道具屋行きを断念しなくちゃいけないし、婚活パーティもこの雨の中行かなきゃいけなくなるわ。
事件のことも、私のお相手探しも、雨模様ということは。
「雨だなんて。なんだか幸先悪い気がしちゃう……」
と不安になってしまったわ。
「もう、フェリカ様ったらぁ、大丈夫ですよ、なんとかなりますって! 元気だしてくださいよぉ……」
アメリが声を張って、元気に励ましてくれる――――
だが。
アメリの張り上げた声をかき消すように、突然馬が嘶いた。
馬車が大きく前後に揺れると、乱暴に馬車が止まる。
こんな運転、ジオツキーなら絶対にありえない。ジオツキーの御者の腕前は超一流なのだから。
「どうしたのかしら?」
私は何が起きたのか、窓越しに外を覗いたわ。
アメリも不思議そうに、反対側の窓から外を覗く。
でも残念ながら、外は真っ暗だし、おまけに雨が降ってるし。中から外の様子を掴むことはできなかったの。
諦めて、窓から離れようかと思ったその時、外が急に明るくなった。
明るさに慣れなくて瞬きをした私の目に、こちらへと真直ぐに向かう光る矢が飛び込んできたわ。
「アメリ! 下がって!!」
私は咄嗟にアメリを胸に抱えるようにして、身を守る保護魔術の呪文を詠唱した。
唱え終えると同時に、私のすぐそばの窓硝子が、木端微塵に砕け散った。
次話【第36話】襲来 その1
36話はアクションシーンです。本作は『R15残酷表現なし』ですので苦手な方も大丈夫、なはずですが、苦手な方は37話後半からお読みくださいね(^^)
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