【33】豪商ヤトキンの娘 その1
「みなさん、ちょっといいですか? お客様ですよ」
マルコスの後ろからずいと前に出てきたのは、クルクル巻いた髪に空色の瞳、アルマンで流行りの檸檬色のストライプワンピースに身を包んだ、アメリと同じ年頃の可愛らしい女性だった。
「殿下ぁ!」
紹介された彼女は、アクティスの方に走って来ようとして、驚いて立ち止まった。
そりゃ、人気俳優アクティスが別の女の子(私のことよ)をハグしてたんだから、びっくりするわよね。
それと同時にマルコスの眼がキューって吊り上がったので、友情のハグを誤解されそうだった私は、慌てて離れたわ。
可愛い彼女は、アクティスの傍に来ると私に尋ねた。
「あなた、誰よ?」
出し抜けに名前を訊かれちゃって、私も驚いちゃったわ。
でも多分私の名前を知りたいわけじゃなさそうだったから、正しい情報だけをお伝えしておくことにしたの。
「アクティスの同級生です」
「あら、そう」
感心無さそうにそう言うと、彼女はしっかりと私とアクティスの間に割り込んだ。
その時、とん!と何かあったような気がしたの。
体に何か当たったような感覚は無かったのだけど……
私はその感覚のために、少し後ろに下がることになった。
「殿下! お久しぶり!」
間に入った彼女が無邪気な声でアクティスに話しかけた。
「えっと、君は?……うーんと、ああ、確か……ミスター・ヤトキンのお嬢さん?」
「ええ、エルムよ!」
エルムはどこかあどけなさの残る澄んだ瞳をしていて、恥ずかしそうに頬を桜色に染めた。
巻いた髪も流行りの洋服もお洒落なエルムによく似合っていたわ。
あら? ちょっと待って?
ミスター・ヤトキンというと……あの大豪商の?
ということは、明日の婚活パーティの主催者じゃないの!
エルムはアクティスに甘い声で話し出したわ。
「んもう、私があなたに会いたいって言ってるのに、支配人たら今日はダメだって言うのよ? 歌劇場はうちが出資しているの忘れちゃったみたいで。そういう大事なとこしっかりしてもらわないと、今後の出資を考えちゃうじゃない?」
出資の話に、マルコスの顔色は真っ青になっていた。
でも可愛らしいエルムが口を尖らせてスゴイことを言っていても、小言にしか聞こえないから不思議よね。
「ねえアクティス、あなたを観るために、私もう何回も劇場に足を運んだのよ? 明後日の千秋楽も、もちろん来るから!」
「そうですか。『ロミオ王子と鏡のジュリエット王女』を気に入って頂いて……出演者一同お礼申し上げます」
アクティスは、笑顔を浮かべてお礼を言っていたけれど……。親近感を持たれ過ぎないように彼女との距離を取り始めていたわ。
わざわざ『出演者一同』と言うだなんて。
さすが、ファンのあしらいも慣れたものなのね。
「やっぱり、近くで見るあなたもステキね! 明日のパーティであなたに余興をやってもらおうってお父様に提言したの、私なの!」
鈴の様な可愛い声でお喋りして、うふふと嬉しそうに微笑むエルムのデコルテには、大きなエメラルドのネックレスが光り、同色のイヤリングが耳元で揺れていた。
「そうでしたか。ああ、僕の推し色も見に付けてくれているんですね、ありがとうございます。これからもどうぞ贔屓にしてください」
アクティスが、そのネックレスとイヤリングに目を留めて、品の良い笑顔を浮かべる。
「もちろんよ!」
エルムもアクセサリーに注目されたことが嬉しくて、声が跳ね上がる。
「あの、アクティス、そろそろ……」
スピアがアクティスに声をかけると、エルムは可愛らしい顔を露骨に曇らせた。
「嫌だあ、ジュリエット王女じゃない。私が殿下と話してるのにぃ、もう!」
エルムの失礼な態度に、私は心配になってスピアの表情をちらりと見た。
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次回【第34話】豪商ヤトキンの娘 その2













