【32】役者たち その2
その夜の公演は、マルコスをはじめ劇場関係者の誰もが神経を尖らせていた。差し入れは一切禁止となり、ファンレターもチェックされ、怪しい者が出入りしないように係の者があちこちに立って目を光らせた。私たち四人もそれに加わったわ。
舞台に立つ役者や踊り手だけでなく、舞台袖にも大勢の人々が仕事に携わる。表舞台からでは見えない裏の姿を目の当たりにして、こうやって上演が成り立っているのだとよくわかったし、皆がこの舞台を力を合わせて作り上げようとする気概に感動したわ。
ホールから大きな拍手が聞こえて、休憩時間に入ったことがわかった。
役者、踊り手、楽団員が休息を取りに、わらわらと楽屋に戻ってくる。
誰もが一息つこう……そう思ったとき、あとから入って来たアクティスが皆に声をかけた。
「みんな、今日はどうしたのさ? 芝居が堅いよ?」
楽屋全体が、アクティスの言葉にシーンと静まり返った。
「この状況だから心配から緊張してしまうのはわかるよ。でもお客さんには関係ない。いつもの僕たちの芝居を見てもらわなくちゃ。そうだろ?」
アクティスの言葉に、その場にいる者達の緊張が一気に緩む。
「そうよね、私たちなんだか変だったわ」、「いつもの間がどうもつかめなかったんだよ」、「体も思うように動かなくて」などと一気に皆が語り出す。
公演前から楽屋全体には重い空気が流れていたけれど、アクティスのこの一言で雰囲気がガラっと変わったわ。
ベテラン女優スピアも皆に笑顔を向け声を投げる。
「アクティスの言うとおりだわ! いつも通りの私たちを思い出して演じましょう?」
そしてアクティスにも話しかける。
「アクティス、言ってくれてありがとう。若いあなたに助けられちゃったわ。私もすっかり吞まれちゃってた。主演女優だもの、皆を引っ張らなくちゃね。あなたに負けてられないわ」
ベテラン女優のスピアさん、後輩のアクティスにもこんな姿勢で接することができるなんて。ずっとトップを走り続けられる理由はこういう心根なんだろうな、と私は思ったわ。
私も民や従者の前では、こうでありたいわ!
さっきブロディンやアメリが言っていたのとは違うのかもしれないけど、私にはこの時のアクティスが眩しく見えた。
その後、舞台も楽屋も何事も無く過ぎて、終演を迎えた。
大きな拍手が起こりカーテンコールが何回も繰り返され、今日の舞台もいつも同様に大成功だった。楽屋に戻ってきたアクティスやスピア、クララの表情も上気していて、晴れやかだった。
アクティスは私を見つけると、近づいてきて両手を広げた。
学生時代、テスト期間が終わるとこうやってお互いの健闘を讃え合い、軽くハグをするのが友人たちのいつものやりとりだったの。……て言っても、アクティスはいつもギリギリでテストを通過していたのだけど。
私はそんな昔のことを思い出しながら、アクティスのハグに応えた。
「お疲れさま、無事に終わってよかったわ。楽屋も何もなかったわよ」
そう伝えていたら、甲高いよく通るマルコスの声が被さった。
「みなさん、ちょっといいですか? お客様ですよ」
あら、今日は関係者以外お断りじゃなかったかしら?と思って、アクティスの肩越しに見ると、マルコスの後ろからずいと前に出てきたのは、クルクル巻いた髪に空色の瞳、アルマンで流行りの檸檬色のストライプワンピースに身を包んだ、アメリと同じ年頃の可愛らしい女性だった。
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次回【第33話】豪商ヤトキンの娘













