【3】モテる男たち その1
「フィー様ぁ! こっちでーす!」
喫茶室の奥の席を確保したアメリが、大きい声で私を呼んでいる。
暗い劇場ホール内とは対照的に、喫茶室は窓からの外光をふんだんに取り入れた、明るく広い空間だった。私たちが到着した頃には、もうほとんどの座席が華やかな服装を纏った客たちで埋まっていた。
私は慌ててアメリのそばまで行くと、小さい声で伝えたわ。
「もうアメリったら、いつも大きな声で呼ばないでって言ってるじゃない。私、目立ちたくないんだってば!」
アメリはいつもの様に悪びれる様子もなく、てへっと舌を出して可愛く笑う。
「大丈夫ですよぉ、名前も変えてますし」
そう、私の本当の名前は『フェリカ』なのだけど、お忍びの時は『フィー』という名前にしているのよ。
私の名前の『フェリカ』は『釣書姫』として世の中ですっかり有名になっているから、あまり使いたくないのよね。
ただね、私の名前とは関係なく、私たち四人組は結構目立つ。
この客層の中でのブロディンの背丈と鍛え上げられた筋肉は明らかに異質だし、ジオツキーの超美男ぶりにさっきから周囲の女性たちがざわめいている。だから、この喫茶室の奥の席に移動してくるだけで、もうすっかり注目の的なのよ。
ちなみに、アメリによると私も美人なのだそうよ。……信じていないけれどね。だって美人ならこんなに婚活に苦労していないでしょう?
母譲りの金茶色の髪と明碧色の眼、女性にしてはやや高い背。
母――トゥステリア王国の女王――が美女と謳われているから、アメリはそんなことを言ってくれるのだと思うのよ。
席に着いた私は、さっそくアメリに尋ねた。
「ねえアメリ、ここのおススメは何?」
アメリはスイーツに目が無い。その土地のスイーツのことは、ばっちり調べて把握しているの。
「カルド国の首都アルマンといえば、ザッハトルテっていう濃厚なチョコケーキが絶品です!」
と話していると、店員が四人分のザッハトルテと紅茶を運んできた。
「すみませーん、実はもう頼んじゃってましたぁ」
アメリはえへへと肩をすくめながら、私達三人を見渡した。
「混雑しているから、早めに頼んでおいた方がいいかなぁって」
アメリは笑顔で言い訳する。
歌劇の幕間の休憩時間って三十分ほどあるの。喫茶室はその時間で一斉にお客を捌かなくてはならないので、早く注文したほうが私たちはゆったり過ごせるのよ。だから良い判断なんだけど……
まぁでもアメリのことだから、早くにザッハトルテにありつきたかったからにちがいないわ。ぼやぼやしてたら、売り切れちゃうものね。
ちゃっかり者のアメリは私より三つ年下。侍女だけど私にはとても大切な妹的存在なのだ。
「それにしても本当に女性客が多いですよねぇ?」
自国のトゥステリア王国でも私と何度も観劇経験のあるアメリは、辺りを見回しながら不思議そうにした。
「確かに。男性客が少なすぎますね」
ジオツキーも客層を見て賛同する。
「『ロミオ王子と鏡のジュリエット王女』が、今、大人気の歌劇っていうこともあるけど、ロミオ王子を演じている俳優が、ものすごい人気なのよ」
「……へぇ」
私の説明に、ブロディンも女性客の多さに納得する。
「トゥステリア王国にもファンが多くて、わざわざここカルド国にまで見に来る人も多いそうよ」
「あ、もしかしてアクティス、っていう人ですかぁ? お客さんたちが観劇中に名前を言ってましたよね? アクティス…殿下、とかって」
アメリが満足気にザッハトルテを頬張りながら話す。
今も周囲の女性客からは、「やっぱりアクティス殿下がすてき」とか「あのシーンのアクティス殿下が」、「殿下の歌声もいいけど台詞の言い回しにうっとりしちゃう」など賞賛の声が聞こえてくる。
すごい人気なのね、『歌劇俳優アクティス』は。
「とってもイケメンですよねぇ、声もきれいだし……私もロミオ王子役の人、ステキだなって思ってたんですよねぇ」
アメリは、すでに団栗眼を輝かせて、うっとり話している。
歌劇俳優アクティスは、一年ほど前から人気が急上昇して、今もっとも女性に人気の高い人物なのだ。歌劇場のチケットはすぐに完売。彼の肖像画は刷ったそばから売り切れてしまうらしい。
影響を受け易いアメリは、早くも大人気歌劇俳優アクティスに、心が傾いてしまっているようだった。
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次回【第3話】 モテる男たち~その2













