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【26】恐ろしい贈り物

 ミカの話はこうだった。

 

 ミカは、女中頭の役に就けたことが心底嬉しかった。その他大勢の役を続けてきて、やっとつかんだチャンスだ。

 女中頭の真の姿は老魔女の(しもべ)。女中になったジュリエット王女を(いじ)めたり、ロミオ王子を誘惑しようして、寝室に押しかけるも(ほう)々の(てい)で逃げ出すなど、悪役でありながらお客さんを笑わせる重要な役どころだ。

 演技する自分の表情や台詞のちょっとした間が面白さを左右するので、毎回試行錯誤しながら舞台に上がっていた。

 大変だったが、充実した毎日で楽しかった。

 

 だが最近は歌劇場に向かうのに、足が重い。

 この頃届けられるファンレターの中に、痛烈にミカを批判するものがあるのだ。

 はじめは気にするまいと思った。でも批判の手紙が続くと、気が滅入る。手紙の差出人名は書いていない。書いていないから、ああ、あの手紙だなと逆に意識してしまう。他のファンからは好評なのに、その人だけはいつも厳しいことを言ってくるのだ。

 昨日、いつものようにミカは楽屋に入った。ミカはいつも早めに歌劇場に来るようにしているのだ。演技についてあれこれ考えたいからだ。

 楽屋には、自分宛てに贈り物が置かれていた。綺麗なリボンに包まれたその箱を嬉しくて夢中で開けた。一枚カードが入っていた。


「親愛なるミカ様へ クイーン」 


 赤い文字でそう書かれていた。

 箱を開けると、中には折畳の手鏡が入っていた。

 手鏡は、『ロミオ王子と鏡のジュリエット王女』の物語では重要なアイテムで、ジュリエット王女はこの鏡によって、別人に変身させられ、物語の終盤では元の姿を取り戻すのだ。

 物語に(なぞら)えた贈り物にミカは嬉しくなった。

 アンティークな手鏡には美しいデザインが施されていた。

 ミカは心ときめかせて、その手鏡を開いた。

 

 その時、目の前が真っ白に光ったような、真っ黒な何かを浴びたような……自分ではわからなかった。

 しかし、手にしたままだった手鏡に映った姿を見て、目を疑った。見たことの無い老婆の姿だった。いや、その老婆には、自分の面影があった。ミカの全身に衝撃が走った。そんな馬鹿なことが? 信じたくはなかった。

 手鏡を持った自分の手には、さっきまでは無かった深くて無数の皺が刻まれていた。やはりあの老婆は、自分なのだ。

 皺だらけの自分の手が、全身が、大きく震え出した。

 震える手から、手鏡がぼとりと落ちた。


 何が起こったかわからない。でも自分が今、女優ミカで無くなったことはわかった。

 これから大事な舞台が、いつものように始まる。自分はここにいちゃいけない。ミカはふらふらと立ち上がった。とにかくここにいちゃいけない……。


 歌劇場を出て、街を彷徨(さまよ)った。窓ガラスに映る背中の丸い小さくなった自分の姿、何度見ても老婆だった。気がつけば、もうすぐ終演の時間だ。劇は滞りなく行われているだろうか? もう一度歌劇場に戻り、搬入口からそっと楽屋に入り込んだ。

 いつもの自分の楽屋を心配で覗く。そこにはクララの名前が掲示されていた。よかった、代わりにクララが務めてくれたのだ。と同時に涙が溢れてきた。誰かに役を奪われてしまったという妬み、なぜこんなことになってしまったのだろうという悔しさ、あと数日で千秋楽だったのに、勤めあげられなかった無念さ。そしてこの先自分はどうなるんだろうと思うと目の前が真っ暗になった。

 楽屋にはもうあの贈り物は置いていなかったと思う。だれかが持って行ったのだろうか? それともあれは夢だったの? 

 

 いつも耳にしている観客席の大きな拍手が、今のミカには別世界に聞こえた。

 もう二度と私はここに来ることは無い。

 そう思ったミカはそのまま誰にも気が付かれないように、そっと歌劇場を後にしたのだった。



 

 


お読みいただきありがとうございます。


ミカの話を聞いたフェリカ達は……!

次回【第27話】宣戦布告


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