【24】ミカのアパルトメント
ミカの住んでいるアパルトメントは、歌劇場から馬車で10分ほどの住宅街にあった。通りに面したその建物は4階建てで、彼女はその最上階に住んでいるとのことだった。
私たちは馬車をアパルトメントの前につけた。
「ミカの部屋は、あの角だそうだよ」
馬車の中から、アクティスが指さした。
代理とはいえ見知らない私が訪問するわけにも行かなかったので、忙しいアクティスが昼前ならと同行してくれたのだ。
「ミカさん、部屋にいるのかしら?」
「様子を見てみます?」
アメリが忽ちおもちゃ魔法でピーちゃんを創り出す。
白くて半透明のピーちゃんは私たちを見ると、ぷっくりと羽を膨らませた。
「ピ!」
と挨拶してくれた。
うー、相変わらず、なんてカワイイの!
アクティスがしげしげとピーちゃんを眺めていたわ。
「ピ!」
そんなアクティスにもちゃんとご挨拶をするピーちゃん。
やっぱりカワイすぎるっ!
「ピーちゃん、あの部屋を見てきてくれる?」
「ピ!」
「ピーちゃん、私にあなたの眼を貸してちょうだいね」
「ピ?」
ピーちゃんは小首をかしげて、主人にそっくりな団栗眼で私を見た。
私は呪文を唱えて目を閉じた。
――途端に私の視点はピーちゃんの見ている世界になる。
私は馬車の窓から飛び出して、一気に四階のミカの部屋まで上昇した。窓辺にとまったピーちゃんの眼で部屋を覗く。
人影があった。
よかった、ミカさんは家にいたわ!
私は暗い室内のその人影を追った。
人影は、駆け出しの若い女優さんとはとても思えない体つきだった。
背中が曲がり、足元もおぼつかない、ゆっくりした動作。
え? あれって……?
私は目を開けた。
向かいに座っていたアクティスが私の顔を覗き込んでいる。
隣席のアメリは、ピーちゃんを呼び戻す。
ジオツキーとブロディンも私の反応を待っていた。
「ねえアクティス、ミカさんは一人暮らし?」
「そう聞いてるけど、どうしたのさ?」
「親戚の人なのかしら……ミカさんらしい人はいなかったけど、お婆さんがいたわ」
*
4階に上がった私たちは、ミカの部屋の呼び鈴を押した。
だけど、返事は無かったの。
どうして出ないのかしら?
もう一度呼び鈴を押したけれど、やはり誰も出てこない。
中にお婆さんがいるのを知っていたから、私はドア越しに声をかけた。
「すみません、歌劇場のマルコス支配人の代理で参りました、フィーと申しますが」
部屋の中でガタンと椅子の動く音がした。でも出てくる気配は無かったわ。
「あの、マルコス支配人の代理の者ですが!」
さっきの物音のあとだから、部屋は不自然に静かだった。
居留守を使っているようだった。
するとアクティスがドアをとドンドンと叩きながら、舞台で鍛えたよく通る大声で呼んだ。
「すみません、僕、アクティス・レジェーロです! ミカが舞台を急に休んだから心配で! アクティス・レジェーロです! 開けてくれませんか?」
「ちょっとアクティス、いくらなんでもそんな大声で……!」
慌てる私に構わず、アクティスは大声で自分の名前を言ってドアを叩き続けた。
部屋の奥からバタバタと足音が近づくと、勢いよくガチャリとドアが開けられた。
やはり思った通り。
中から出てきたのは、お婆さんだった。
背中はとても丸く、顏にも手にも深い皺が幾重にも入っている、かなり高齢なお婆さんだった。
焦って出てきたお婆さんは、早口で苦言を呈す。
「何を名乗ってるの、こんなところでっ! 人に気づかれたら大騒ぎよ? 早く入ってください!」
アクティスは勝ち誇ったようにニヤっと笑うと、私にウインクした。
そうか! アクティス、こうなることを予想していたのね?
お婆さんは部屋の中に私たちを通すと、紅茶を入れてくれた。美味しそうな香りが立ち込めていたけれど、手を出すのは躊躇われたわ。
だってクララのクッキー事件の時、『楽屋にはお婆さんがいた』という証言もあったから。
さすがに飲めないわよね?
「お茶、冷めないうちにどうぞ」
勧めるお婆さんに、アメリ以外の全員が曖昧な笑みを返す。
アメリが無邪気にカップに手を伸ばそうとしたので、ジオツキーがさっと手を伸ばし遮った。
それを見てお婆さんは皺の深く入る目をいっそう細めて、訝しそうに私たちを見たわ。
でもお婆さんは一番に警戒していたのは、見慣れないタイプの筋肉大男のブロディンにだった。
うん、確かにこの人には、みんな同じ反応をするのよ。
「私、マルコス支配人の代理でフィーと申します。こっちは……秘書のジオツキーと見習いのアメリ、アクティスさんもご一緒されることになったので、護衛のブロディンです」
私は適当にでっち上げながら、自己紹介した。
お婆さんの顏から警戒心が薄れたわ。
やっぱりアクティスについて来てもらってよかった。アクティスが居なかったら、絶対私たちのこと信用してもらえなかったわよね。
「僕たち、ミカに会いたいんだけど。ミカは出かけてるんですか?」
アクティスの言葉を聞きながら、私は蟀谷に指先を当てていた。
――蟀谷が、また疼く。
先刻ブロデインは、軽く頭を振って疼きを追い払おうとしていたわ。
ここでもまた、黒魔術の気配がする……
悪しき悪戯を購入した女と、このお婆さんは何か関係があるのかしら?
もしかして購入したのは、ミカなのかも?
だとすると、やっぱりこのお婆さんがクッキーを持ち込んで、クララを?
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回【第25話】老婆の正体













