表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/76

【2】フェリカ王女の従者たち

 歌劇『ロミオ王子と鏡のジュリエット王女』の物語は進む。

 ジュリエット王女は、ロミオ王子の母に化けていた悪い魔女に魔法をかけられ、別の女性の姿に変えられてしまうの。ジュリエットはその姿で王子付きの侍女として働き始めるのだけど……夜になると元のジュリエット王女姿に戻れるのよ。夜に中庭で再開する二人、心躍る王子は王女を抱きしめる……!


 観客のあちらこちらからため息が()れ、小声がちらほらと聞こえてきたわ。


「ああっ、アクティス様! 殿下~っ!」

「アクティス殿下、ステキ!」


 いったいこれから二人はどうなるのかと観客の誰しもが思う中で、舞台は暗転して、休憩時間を告げるベルが鳴った。

 観客たちはこのあとの二人の関係を楽しみに、(しば)し休憩という現実の世界に帰っていく。


 その観客の中で誰よりも早く現実の世界に帰ったのは、ベルが鳴ってすぐさま席を立ち上がった、私の侍女アメリだったわ。


「フィー様! 私、喫茶室の席をキープしときますからっ!」


 その可愛い茶色の団栗眼を私に近づけて、舞台の夢世界はどこへやら、超現実的なことをきっぱり告げると、ブルネットのツインテールをぽんぽんと揺らしながらあっという間に一階席のドアから出て行った。ゆっくりしていては人の波に吞まれてしまうから、アメリの判断はバッチリなのだけど……。

 こういう時のアメリは、行動が本当に素速い。侍女としてなのか、趣味のスイーツに早くありつきたいからなのかは、わからないけれど、ね?


 半ばあっけにとられてアメリを見送っていると、私の左右に座っていた二人の護衛役が立ち上がった。

 一人は、肩まである波打つ黒髪を無造作に結わえた筋肉隆々な大男、ブロディンだ。

 そしてもう一人の護衛役は、ブロディンとは正反対、男性にしては痩身で背丈がやや低い、白金短髪で眼鏡のジオツキーだ。

 私も二人の後に続いて急いで立ち上がりながら、ブロディンに話しかけた。


「ねえブロディン、歌劇は初めて?」


「こういった劇場も、歌劇も初めてで」


 私と会話をしながらも、その視線は周囲への警戒を怠らない。もっとも無精髭(ぶしょうひげ)(すご)すぎて、いつも目元ぐらいしか見えないのよね。

 ブロディンは王宮近衛騎士団の優秀な猛者(もさ)だけど、さすがに歌劇場には縁が無く、居心地は悪そうだったわ。


「どう? 歌劇は面白いかしら?」


「台詞を喋っていたと思ったら、突然歌い出すから驚いたぞ」


 口数の少ないブロディンは、ぼそりと言った。

 私はその返答に思わず笑ってうんうんと(うなず)いたわ。


「確かにそうね。歌劇って、初めてだと驚くわよね。でもそのうち自然に思えてくるのよね」


「そんなもんすか?」

 

 そう言いながらブロディンは、特に周囲には危険がないと判断したのか、私に視線を合わせた。


「だんだん慣れて、楽しくなると思うわ」


 この歌劇「ロミオ王子と鏡のジュリエット王女」は、私がどうしても見たかったのだ。

 実は、私は数日前に我がトゥステリア王国の湖水地方っていうところで、お見合いをしたのね。でもとある厄介事に関わることになって、従者達をずいぶん危険な目に合わせてしまったの。

 そんなことがあったから、この観劇は私が見たくて来たんだけど……せっかくだから従者たちにもこの観劇を楽しんで欲しいな、と考えていたの。

 

 そして、私はもう一人の護衛役、ジオツキーにも声をかけた。ジオツキーは、もうじき退官とはとても思えない体躯と冷淡な美しい顔をしているイケオジだ。すでに周りの女性客はチラチラとジオツキーを気にし始めていた。

 ジオツキーは人混みを慣れた様子でかき分けながら、私を誘導して歩き始めた。


「ジオツキーは、歌劇は?」


(わたくし)は、かなりの本数を観ましたが」


 どんどん進むジオツキーの背中に話しかける。

 

「あら、好きなの?」


「歌劇は面白いですが。でも自分から進んで観に来たわけではありませんよ」


「じゃあ、どうしてそんなに観ているの?」


「いつも、女性に誘われて来ていたので」


「い、()()()()()()!?」 

 

 うわーっ! 

 そ、そんなことってあるの? いつも女性にって……?

 スゴイことをさらりと言っちゃう、ジオツキー。‥‥‥若い頃は常に女性に囲まれていたっていうのは、嘘じゃなかったのね。


 ――私はお相手に避けられ続けて三年以上も経つのに。

 いつも女性に誘われてた人が、私の従者だなんて。

 ……なんだか世の中って不公平よねぇ?


「……はぁ、ジオツキーが羨ましい」


「そうですか? 面倒なだけですよ」


 ジオツキーは、その話題には関心無いという冷めた視線を私に送る。

 でも珍しくちょっと優しい目つきになって、ジオツキーは私の背中を軽く叩いてくれた。おそらく、婚活を頑張る私への励ましだろう。基本クールなジオツキーだけど、元王宮近衛騎士団騎馬隊の隊長だから、心配(こころくば)ってくれる時もあるのよね。

 この間の湖水地方のお見合いは、結局残念な結果になっちゃったし……。だから、いつもよりジオツキーは私に優しいのかもしれないわ。


 私がこのカルド国に来た一番の目的はね、明後日に開催される婚活パーティに出席するためなのよ。ついこの前のお見合いがダメでも次はうまくいくかもしれないでしょ? 

 婚活はね、前向き精神あるのみなのよ!

 この婚活パーティはとても大きくて、カルド国の大豪商ヤトキンが主催するのだ。彼の顔の広さで多くの若い男女が集まるそうなのよ。貴族のパーティでは会えないような実業家にも大勢会えるのだそうよ?

 ――――ということは。

 そう、めちゃめちゃ大チャンスなのよ!

 ジオツキーにも心配させちゃっているし、明後日の婚活パーティは、いつも以上に頑張らなくちゃ! 

 

 星の数ほど婚活パーティに参加している私だけど、いつもうまくいかないのよね。

 ほら、例の黒歴史が邪魔をしちゃってるのよ。

 ……だけど、場数を踏んでるってことは、それだけ経験値があるわけで。

 とにかく何事もプラスに考えて、自分を奮い立たせることにしたわ。

 婚活はとにかく、前向き精神あるのみ! 

 繰り返しちゃうけど、これ超大事!


 よ~し、私、今度こそ、絶対にお相手をゲットするわよ~!!




お読みいただきありがとうございます!

次回【第3話】 モテる男たち~その1

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 「そうですか? 面倒なだけですよ」 この瞬間にフェリカ姫の胸中に殺意が芽生えたに違いない。(私はこんなにも苦労しているというのにぃ~~! 口惜しいですわぁ──ッ! というパターン) 本作…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ