【19】小娘より大人の女
「アンタたち……アタシの店に何か用かい?」
とても薬局の店主とは思えない妖艶な女主人は、くっきりとアイラインを入れた目で、私たちを無遠慮に見た。
「……へぇ~」
ジオツキーとブロディンを交互に見ると濡れた唇の端をにやりと上げる。と、突然鋭い目つきになって怒鳴った。
「ちょっとそこの小娘!」
「ハイッ!」
薬瓶を見ようと、手を伸ばそうとしていたアメリは飛び上がった。
「ちょろちょろするんじゃないよっ! それから、そこのアンタっ!」
もしかして私のことかしら?
「アンタもだよっ! 小娘二人は引っ込んでなっ!」
私とアメリには、ぴしゃりと言い放つ。
ジオツキーとブロディンを見る目付きとは全然違うじゃないの。
あ、わかったわ! こういう人、婚活パーティにもよくいるわよね?
ちょっと年上のお姉さんで、特に若い子を目の敵にする人。
男女の前で態度に落差があって、男性には媚びて、女の子には辛く当たったりするの。
最近の婚活パーティだと私もお姉さんの部類だけど(コホン!)、私はそんなんじゃないわよ?
それにね、王女の私だって、結構この手の人から痛い思いをしてるのよ。
こういう人には、基本的には、波風立てず、当たらず触らず、巻き込まれず!
これが私のモットーよ。
それにしても、この店にいると蟀谷が疼く。
これは黒魔術の息のかかったモノを扱っているからに違いないわ。
ブロデインと私の魔力は中~上級レベルなのだけど、その位になってくると、黒魔術の気配を感じ取れるの。そうすると蟀谷が疼くのよ。
私は蟀谷に手を当ててブロディンにジェスチャーで伝えると、ブロディンにも同じ疼きがあるのだろう、小さく頷いて返してきた。
アメリと私を店の入り口近くに追いやって、妖艶女店主はジオツキーとブロディンに甘い声をかけた。カウンターに両肘をついて、胸を強調する。
「そ、れ、で。何かお探しかい?」
ジオツキーはこういう容姿の女性をことさら嫌っていて、全く関わろうとはしない。なので、ブロディンが交渉役を買ってでた。
「白竜の鱗はあるか?」
ブロディンが尋ねた。
「モチロンあるよ、ほらこれだよ」
ブロディンがカウンターに近づいてきたので上機嫌な女店主は、真っ赤なマニキュアを塗った指先で、コツリとカウンターに白竜の鱗の小瓶を置く。
「50クラムで1万リラだよ」
えっ!
私は値段を聞いて驚いちゃったわ! いくらなんでも高値すぎよ? トゥステリアの市中の薬店だったら1000リラだもの。十倍も違うって何?
「……小娘、あんたその顔は何? この値段が不満なのかい?」
……あ、しまった! 顔に出ちゃってたわ。だって呆れちゃったんですもの。
「アンタこの店をなんだと思ってんだい? こんな夜中にやってる店なんてありゃしない。それだけの色はつけさせてもらってるんだよ。文句があるなら他行きな! まあ、他の店なんてこの時間に開いて無いけどね? あっはっは」
白竜の鱗は解毒薬。蜂毒などに効果があるの。夜中にこの薬を買うお客は、困っている客ばかりだ。足元に付け込んで法外な金額を請求するだなんて。
それにこの女店主の態度は何? 立場の弱いお客を小馬鹿にするなんて。
――酷すぎるわ!
「ねえねえ、アンタたち。どっちの男もとびきりイイ男じゃないの。あんな何にも知らない小娘よりさあ、アタシと朝まで遊んでいかない?」
女店主は厭らしい笑みを浮かべながら、二人にねっとりとした視線を送る。そして傍のブロデインの腕に手をかけた。
アメリのぎゅっと握った拳が、怒りで震えていた。ジオツキーとブロディンへの失礼な態度が許せなかったんだと思うわ。
もちろん私だってそうだけど、こういう女王様タイプには体当たりしてもあまり効果が無いのよね。
私は、どうしたらよいかを考えていた。
「ねえ、遊んでいきなよお。あんなチンチクリンやひょろひょろ俎板みたいな小娘はほっといてさあ」
カウンターの前に立っていたブロディンに向けて、女店主は科を作る。
チンチクリン? ……ああ、私より小柄なアメリのことよね。じゃあそうすると、ひょろひょろ俎板って……それって、私のこと!?
「ちょっと! あなた黙って聞いていれば!」
アメリが顔を真っ赤にして怒り、カウンターの前に飛び出した。
「フ、フィー様のことを……ひょろひょろ俎板ですってえ!?」
アメリ、ひょろ……お願い、繰り返さないで。
「フィー様は、『スレンダー』なんですからっ! それで、そんなに俎板でもないんですからねっ! 知りもしないのに失礼なこと言わないでください! そんなに俎板でもないんだから、もう一度ひょろひょろ俎板なんて言ったら、私が許さないんだからあ!!」
アメリ!
お願いだから、それ以上繰返して言わないで~!!
それにジオツキーやブロデインに聞かれてるって、わかってる!?
私は両手で耳を覆った。
「なんだいっ、五月蠅いチンチクリンだねっ!」
女店主はアメリの胸倉を掴もうと手を伸ばす。と、そこに急いでブロディンが割って入った。ジオツキーがアメリを無理矢理下がらせて注意する。
「悪いがアメリ、静かにしててください」
ブロディンが、騒ぐアメリを冷ややかに見ながら大きな溜息をついた。
「あ~あ、これだから、ガキは嫌だぜ!」
カウンターに筋肉隆々の肘を置く。
「そうだな。‥‥‥ここで遊んでいくのも、悪くないかもな」
ブロディンはそう言って、女店主をじっと見た。
アメリの団栗眼がびっくりして、もっと大きくなっていた。
「あーら、そんなウマイこと言っても、白竜の鱗は安くしないよっ?」
ブロディンは、腕にかけられた女店主の手を、掌で包み込む。
「そんなこと言ってるんじゃない。確かにガキのお守りは疲れるな、やっぱり大人の女は違うなと思っただけだ」
「ブロディン、酷い! ……私たちのこと、そんな風に思ってたの?」
アメリはこれ以上大きくならない位に目を見張った。
「悪いな、アメリ」
ショックを受けたアメリの団栗眼に、みるみる涙が溜まっていった。
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ブ、ブロディン……!?
次回【第20話】黒魔術は使うべからず その1