【18】カプロキドの闇薬局
カルド国の首都アルマンで最も規模の大きな歓楽街カプロキド。
その入り口には決して趣味がいいとは言えない、『カプロキド』と記された虹を模した大きな看板が道の端から端まで掛けられていた。看板向こうの夜の街は、魔灯が妖しく、毒々しい色で揺らめいていた。
その入り口に向かい合う様に小さな噴水があり、それがこのケバケバしい街で唯一清らかに見えた。
世界中から様々な物が集まるアルマンでは、道を歩く人種も様々だったわ。
人種は多様でも、歓楽街はどこも同じような光景が繰り広げられている。化粧の派手な女達があちこちで客引きをし、酔っぱらい客が大声で騒ぎ、あちらこちらでキャーとう享楽的な笑い声が上がる。
私とアメリは、ジオツキーからフードつきマントを渡されて、言われた通り目深にかぶった。
こういうところでは、若い女の子は目立つから顔を隠しておいたほうが安全なのですって。
「地図をもらってきます」
歓楽街の『案内所』にジオツキーが入ったので、私とアメリもついて行こうとしたら、ブロディンが慌てふためいて私たちを止めた。
「女性が入るところじゃないんで!」
このカプロキドの案内所なのよね? 案内所なのに、なんで女性が入れないんだろう。
意味分からないんですけど?
不思議に思ってブロディンに質問したら、いつもは親切なのに視線を逸らせて黙り込んじゃって、何も教えてくれなかったわ。
そうこうしているとジオツキーが地図を手に戻ってきたのだけど、地図をじっと見つめた後、ぐしゃっと丸めて店先にあった屑入に放り込んだ。
「地図、捨てちゃうんですかぁ!?」
アメリが驚いて声をかけた。そりゃそうよね、地図が欲しくて案内所に入ったんだから。
「もう必要ない」
「必要ないわけないじゃないですかぁ?」
アメリが慌てて屑入に駆け寄ろうとしたので、ジオツキーは不思議そうにアメリに言った。
「どうして? 地図なんて一度見れば十分ですよ」
ぽかーんとするアメリのことは全く気に留めず、ジオツキーはすたすたと歩き出した。
私とブロディンは、両肩を上げて目を合わせた。
どうやら、ジオツキーは地図をすぐに覚えてしまうらしい。とても常人には理解できないけれどね。
ジオツキーは魔力ゼロだから不便なことも多いと思うのだけど、その記憶力は魔術じゃ絶対手に入らないものだし、すごいと思うの。私もその能力が欲しい位よ?
ジオツキーが目的の闇薬局に向かって、初めて来たカプロキドのごちゃごちゃした町を早足で歩いていく。その次にフードを被った私とアメリが、後ろにはブロディンが用心棒として目を光らせる。
「アメリ、あんまりキョロキョロしないで」
私はアメリに注意をしたのだけど、好奇心旺盛なアメリはついついフードを上げて、辺りを見回していた。
私がもう一度アメリに注意しようと思った時だった。
店のドアから崩れるように出てきた酔っぱらい客が、アメリの顔を見るとへらっと笑って、よろよろと近寄るとアメリの手を握ろうとした。
でも次の瞬間、男の足は宙を浮いていて。
ブロディンが男の首根っこを素早く捕んで、持ち上げたの。
男は可愛い女の子の手を取ろうとしていたら、眼前には突如筋肉大男だ。目を開いたまま硬直していたわ。
「全く‥‥‥男って生き物はしょうがねぇな」
ブロディンはそう言うと、そのまま軽々と酔っ払い男を道端に放り投げて片づけてしまった。
アメリはびっくりして、慌ててフードを両手でしっかりとかぶり直す。
「フィーさまあ」
怖かったのか涙目になっていたから、私はアメリの手をぎゅっと繋いであげた。
「ちゃんと被ってるのよ」
私がその団栗眼に言い聞かせると、アメリは素直にコクリと頷いた。
「もうすぐですから」
と、ジオツキーがどんどん進む。
通りから酒場が減り、道が一層暗くなった脇道を折れて更に進むと、地下へ続く階段を指差した。
「ここです」
私たちは地下へと続く、じめじめとした段差も整っていない階段を降りて行った。フードを上げないと足元が暗くてよく見えなかったわ。
下まで降りるとまだ店のドアを開けていないというのに、鼻腔にクンと薬独特の匂いを感じた。
軋む木製のドアを開けると、薄暗い店内には薬瓶がびっしりと並べられていた。
棚の薬瓶を手にしていた店主の女性が振り返る。
「アンタたち……アタシの店に何か用かい?」
魔灯が女店主をゆらりと照らす。
赤い髪を緩くアップに束ね、耳や項にあえて数本垂らしている。その髪と同じく赤い紅をぽってりと塗重ねた唇。デコルテを大きく出した、胸が見えそうなオフショルダーの黒いドレス。
とても薬局とは思えない、妖艶な店主のお姉さんだった。
次話【第19回】小娘より大人の女
ジオツキ―の地図伝説! 関心のある方は、前作の
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【15話】攻防 をご覧ください♪