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【17】歓楽街カプロキドへ

 私は、急いで宿のジオツキー宛に魔手紙を送ったの。

 ネンリムの解毒薬を手にいれるため()()に行かなくてはならないことを知らせたのだ。

  

 私はアクティスと彼が用意したサンドイッチを夕飯代わりに食べながら、じきに歌劇場に到着するだろうジオツキーたちを待った。


「こんな遅い時間にあんな歓楽街『カプロキド』に、しかも『闇薬局』に君を行かせるなんて! 仕方ないとはいえ僕は耐えられないよ……!」


 アクティスは眉を大きく寄せて、頭を抱えた。


「あなたは責任ある立場なんだし、それに人気俳優がそんな店に出入りできないでしょ?」


「それを言うなら王女の君こそだよ!」


 アクティスは熱くなって思わず立ち上がる。

 そしてがっくりと肩を落として、再び自分の椅子に腰をおろした。


「……ほんとごめんフェリカ、こんなことに巻き込んで」


 アクティスは額を押さえながら、辛そうに私に謝った。


 アクティスが困ってるのだから、力になるのは当然だもの。

 私はアクティスが自分を責めないようにと、明るく返したわ。


「私で役に立つのなら、構わないわよ?」


 アクティスの気持ちを軽くしようと思って言ったのだけど、アクティスは困り顔になった。


「……フェリカ、君って人は」


 私、何か困らせるようなこと、言ったのかしらね?


「ごめんよ、本当にありがとう」


 アクティスの真意はわからなかったけど、私はとにかく笑顔を作ったの。


「ううん、気にしないで。私、そろそろジオツキーたちが迎えに来るから、もう行くわね」


 楽屋を出ようとした私を、アクティスが呼び止めた。


「そうだ! フェリカ、その怪我のことだけど」


 ぎくり。


 このまま話をしないで済むと思っていたのに。

 アクティスったら忘れてなかったのね。しっかり説明を求められちゃった。

 私は心の中で肩を(すく)めながら答えたわ。


「あ、あのね……街で悪漢に(から)まれちゃって、痛めたの。でもっ大丈夫よ? 助けてくれた人が手当てもしてくれたし」


「絡まれて助けてもらっただって!?……手当てって……誰っ? それ男!?」


 至近距離で矢継ぎ早に質問するアクティス。

 

 ……べつに男でも女でも構わないじゃない?

 なんでアクティスったらそんなことにこだわるのかしら。

 私にはさっぱりわからなかったわ。


「まあ、そうね……。あ、でももう腫れは引いたと思うから、もう大丈夫よ」


 怪我を心配させたくなかったから、私は包帯と氷をもう必要ないと外しちゃったわ。

 氷は呪文を唱えて気化させる。

 まだ痛みはあったけれど、まあもう平気よね? きっと。

 ……何よりジオツキーに見せられないし。絶対何か言われちゃうもの。

  


 外に出てみると、深夜のため歌劇場の前には人気はほとんど無く、馬車寄せには見慣れない馬車が一台ぽつんと停まっていた。でも、姿勢をピンと伸ばしたジオツキーが御者台に、大きなブロディンがその隣で上腕二頭筋を鍛えていたから、すぐ私の馬車だってわかったわ。

 まだ私の馬車は直っていないので、馬車屋で手配したのだ。アメリが馬車箱の窓から顔を覗かせて手を振っていたわ。

 私が馬車に乗り込もうとしたとき、見送りに来たアクティスは私を諭すように声をかけた。


「フェリカ、こんなこと頼んでおいて矛盾したことを言うけどさ……、自分を大切にして? お願いだからさ」


 さっきのロデムといいアクティスといい、みんな私にそう言うのね。

 私ってそんなに無茶してるのかしら?

 昼間のことがあったし、今の私は反省モード。慎重に行動するから大丈夫よ。それに今夜は従者たちもいるもの。


「わかった。気を付けるわ」


 ジオツキーが馬に合図音を発すると、馬車は歓楽街カプロキドへと走り出した。

 心配そうに歌劇場前で手を振るアクティスの姿が見えなくなるまで、私も手を振り続けた。



 *



 アルマンの歓楽街カプロキドへ向かう道中、私は、ジオツキー、アメリ、ブロディンに歌劇場で起きた出来事を説明したわ。

 馬車箱の前方が蛇腹式の開閉式フード仕様になっていたので、私はフードを持ち上げて、馭者台のジオツキーやブロディンの顔を見ながら話すことができたのよ。

 この開閉式フードって、晴れの日はオープンにして解放感や景色を味わえるって仕組みね。いいわねこれ! 今度私の馬車にもつけようかしら。

 トゥステリアでこのタイプは見たことなかったから、貿易品のリストに加えておくことにしたわ。


「女中頭って、王子に言い寄る役だったよな?」


 ブロディンが物語を思い出す。それを聞いてジオツキーが続ける。


「悪役ですけれどコミカルな演技で、観客を笑わせてましたね」


「クララさんって、代役だったんだあ。代役を頑張ったのに、差し入れクッキーで眠らされちゃったんですかぁ? えー、(ひど)い話ですよねぇ……」 


「クッキーの箱にね、クララさん宛てのカードが入っていてね。差出人は『クイーン』ですって」


「『女王(クイーン)』? すげぇな」


 ブロディンは呆れ顔だ。


「あとね、怪しいお婆さんが楽屋をうろついているのを見た人もいたのよ」


「今日の歌劇の『老魔女』のようですね」


 ちらとジオツキーがこちらを向いて言う。

 ロミオ王子の母に化けていた悪い老魔女は、ジュリエット王女を魔法で別の女性の姿に変えてしまったっけ。


「悪い老魔女が本当にいたってことですかぁ? こわーい」


「まだわからないわよ、アメリ」

 

 私はそう返しながら、アメリの『こわーい』が心に引っかかった。

 そういえば、怖がっている人がいたわ……。えーと、そうだ、ジュリエット役のスピア。……急に部屋を出て行ってしまったっけ。


「またどうして、闇薬局なんですか?」


 尋ねるジオツキーに私は説明したわ。

 クッキーの中に『ネンリム』というハーブに手が加えられたモノが使われていたこと。

 ネンリムとは、本来は不眠の時に使う睡眠薬草なのだけど、簡単に唱えられる黒魔術をかけることで、一気に毒性のあるモノに変化する。手が加えられたって言ってたけど、実は黒魔術をかけることなのよ。こんなこと、歌劇場の人たちに言えないでしょう? だから私は伏せておいたのだ。

 黒魔術をかけたネンリムを口にすると、腹痛の後こんこんと眠り続け、解毒薬無しには目覚めない。

 だけどね、解毒薬を手に入れるのは簡単で、蜂毒の解毒薬として人々がよく使う『白竜の(うろこ)』。これで十分効果があるの。

 だから黒魔術をかけたネンリムは、今回のように犯罪によく使われる。

 そのため、『悪しき悪戯』と呼ばれているの。


 歓楽街カプロキドの闇薬局なら、当然『白竜の鱗』もあるだろうけど、いわくつきの薬も沢山扱っているはずだ。きっとそこに『悪しき悪戯』もあるだろう。

 クイーンのこともそこに行けば何かわかるかも知れないわ。

 私はそう考えていたのだ。



 


いつもお読みいただき、どうもありがとうございます(^^)

次話【第18回】カプロキドの闇薬局 



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