【16】怪しい影
全員の重く沈んだ空気を破ったのは、元気を取り戻したマルコスだった。
「皆さん、いいですか? 千秋楽まで、差し入れは全面禁止としますっ」
突然のマルコスの命令に、皆がそれぞれの思いを口にし始め、大部屋がざわめきだす。
その中を後方から見ていた踊り手の男性が、手を挙げておずおずと発言した。
「あの……実はオレたち、知らないおばあさんを見たんです」
「おばあさん?」
「な、変なおばあさん見たよな?」
周囲の踊り手も何人か頷いている。
「……スカーフを被ってて顔は良く見えなかったんですけど、背中がとても丸くて、手の皺もすごくて」
「それ、いつなんだい?」
とアクティス。
「確か公演の最後の方でした。カーテンコールの前はオレたち一旦引けてここに居るので、その時です」
「ここって部外者がそう簡単に入れるところじゃないわよね?」
私はアクティスに尋ねた。
「搬入口からだったら、楽屋口はすぐに入れるんだ。しかも公演中はお客さんは座席にいるからここに来ることもないし、出演者も係もバタバタしていて、結構自由に出入りしてるよ」
「あなたたちっ! 知らない人をそのままにしていては困りますよっ」
マルコスはなぜその老婆を追い出さなかったのかと、踊り手たちを咎めた。
「いやそれが…なあ?……慣れた様子で歩いていたんで、関係者なのかなって思っちゃって……」
仲間の踊り手も同調する。
「そんな婆さんここにいるわけありませんよ!」
ストレスに耐えられなくなったマルコスは、気持ちのはけ口を踊り手に向け始めていた。
私は、マルコスに冷静さを取り戻してもらおうと、気になっていたことを質問したわ。
「あのマルコスさん。クララさんは代役だそうですけど、そもそもの女中頭役の方はどうして休んでるんですの?」
「そんなの知りませんよ……連絡も無く急に休んだんですよ? そもそもミカさえ休まなければこんなことにはならなかったんです!」
マルコスの怒りの矛先は、急遽休んだ女優のミカに向けられ始めてしまった。
話を逸らして落ち着かせようとしたんだけど、作戦失敗だったわ。
見かねてアクティスが教えてくれた。
「女中頭役のミカが開演直前になっても来なかったから、代役のクララが演じたんだよ」
「終演してもまだなんの連絡もよこさないなんて! ミカはもう首ですよ、首!」
熱を帯びるばかりのマルコス。
あの大人対応と輝く女優笑顔のスピアにマルコスを収めてほしい……と考えた私は、スピアを見たわ。
ところがスピアは、マルコスのことは全く目に入っていなかった。
スピアは真っ青な顔をして両腕で自分の身を抱き、一点を見つめたまま立っていた。
私の視線を感じたのか、こちらに気が付いて目が合ったけど……スピアは口をきゅっと引き結んだまま私に軽く会釈すると、その場にいる誰にも何も言わずに急いで大部屋を出て行ってしまった。
大部屋に集まった人たちは、不安を口にしはじめた。
クッキーのこと、クララのこと、来ないミカのこと、明日の公演への不安、怪しい老婆……
人々の不安は大きくなるばかりだ。
マルコスは情緒不安定だし、頼みのスピアさんも退室しちゃうし、アクティスはこういう時率先して動くタイプではないし……
どうするの? 誰もこの場をおさめる人がいないじゃないの!?
――しかたない。部外者だけど、ここは私がまとめるしかないわね。
私は深く息を吸うと、自分に王女のオーラを纏わせた。
そして声を凛と張り上げる。
「皆様、ご静粛に! 解毒薬は私が必ず手に入れてきますからご心配なく。明日の公演は開催できるとお約束します。それで、どなたか私にアルマンで一番大きな違法薬も扱う薬局を教えてくださいますか? それからおばあさんの件ですが、いったん横に置いておきましょう、ただし、不審者が出入りしないように楽屋口には担当を置いてください。千秋楽まではご自分で用意したもの以外は決して口にしないように。それと、私が戻るまでマルコス氏と歌劇場の方は、クララさんを見ていてください。それ以外の皆さんは、明日の公演に体が障らないように、今夜は解散することを提案します! 以上!!」
この騒ぎで全員が疲労困憊だったのだろう。
マルコス始め、全員が私の発言に深く頷いて賛同してくれたのだった。
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今回の話はやや短めですが、その分次回は長めです。従者3人も出てきます(^^)のでお楽しみに♪
次回【第17話】歓楽街カプロキドへ