【12】宵の明星亭 その2
……気まずいわ。
彼が包帯を巻き終わると、私はもう一度呪文を唱えて、今度は砕いた氷粒を腕に巻き付けた。
ところでね、魔術で人間の病や怪我を治すことは基本的に禁止されているの。人間に使えたら本当に便利なのでしょうけれど、そうなると治癒力が衰えてしまうからなんですって。
彼は私が唱える呪文や魔術によって動く氷粒を、興味深く見つめていた。
「君は、魔術が使えるんだな。それなら手伝いは不用だったかもしれないが、せめてこれ位はさせてくれないか?」
彼は、氷を巻き付けた私の腕を包帯で覆ってくれた。
だから目前には、また彼の顔が近づいて……
うぅ、落ち着かないわ……
この気まずさを回避しないと……!
そ、そうだわ、フェリカ! こんな時こそ、婚活で培った会話スキルを発動しなくちゃ。今がその時よ!
あのね、初対面の人と会話をするには、ちょっとしたテクニックがあってね。
それは、相手の関心があることや、相手の会話の内容について質問していくという方法よ。
実はこれには、自分のことをあまり語らなくていいという利点もあって。
あらっ、この方法、今の私にぴったりの方法じゃあないの?
さあ、フェリカ、喋るのよっ。
私の心臓は緊張でドキドキしていたけど、冷静な振りをして、魔術を珍しそうに見ていた彼に尋ねた。
「あの、ま、魔術は、珍しいですか?」
北方の国では、魔術はあまり進んでいないと聞いたことがあったのよ。そういえばこの間、我が国トゥステリア王国の湖水地方にも、確か北方ランバルド国の親善使節団が魔術を学びに来ていたわよね。
あ、そのことは思い出したくもないから、今はとにかく忘れとこうっと。
彼は深く頷いた。
「俺の国では魔術を使える者は珍しいから、今まであまり見る機会が無かった」
やっぱり! この色白の肌、この人は北方諸国の出身なのね。
「魔術を見て、いかがです?」
「そうだな、興味深い」
そう言いながら、彼は包帯を巻き終わった。
「ここカルドやトゥステリアでは魔術を使える人の割合が多いのですわ」
「……ああそうか、君は魔術が使えたから、馬車に乗らなかったんだな」
彼は椅子に深く座り直して、私の顔を見ながら納得する。
‥‥‥でも私は、馬車に乗らずに、自分の身を危険に晒してしまったことをずっと反省していたの。魔力が強いからとかそういうことじゃない。私の判断が本当に甘かったってこと。
もしカルド国で私の身に何かあれば、外交問題に発展しかねなかったのだ。
私は自分の立場を軽んじていたのよ。
そう心の中で考えていた私は、彼の眼をまっすぐに見上げながら、独り言のように自然と自分の思いを口にしていたの。
「それでも馬車に乗るべきだったと思いますわ。こうやって怪我もしてしまったし、それにご迷惑をおかけしてしまいました。私、自覚が足りませんでしたわ」
彼は私の言葉を何も言わずに聞いていた。
暫くしてから、彼の唇がわずかに動いたように見えたけど……私には彼が何を言ったのか、聞き取れなかった。
彼はドアをちらりと見やって話し出した。まだ私の連れが来ないことを気遣って、会話を続けようとしてくれたようだ。
「魔術というのは便利なものだな。でも残念ながら、俺自身は全然魔力をうまく扱えない。この間、初めて魔術の研修を受けたんだ」
「大人になって初めてですと‥‥‥大変でしたでしょう? カルド国やトゥステリア王国では、子どもの時から魔術を学びますから」
相槌を打ちながら、私はちょっと興味がわいてきて、そっと彼の魔力を視てみたわ。
この北方出身の人の魔力って、どれぐらいなのかしら?
もともと魔力保持者が少ないと言われている北方諸国は、魔術を忌み嫌ってきた歴史が長い。
やっぱり魔力は少ないのかしら?
私は眼の奥にきゅっと力を入れるようにして、彼の魔力を視た。
――ところが。
私は、あっと息を呑んだ。
だって驚いちゃったのよ?
彼の魔力は上級レベルだったのだ。トゥステリアだったら、魔術聖殿に仕えるように勧められるレベルなのよ?
こんなに力があるのに、魔術に触れたことがほとんどないから、魔術を使えないなんて!
トゥステリア王国との大きな違いにとても驚いた。
そんなこの人が、魔術の研修を受けたのね。アルマンにも魔術聖殿の支部があったから、そこかしらね。
「……魔術の研修ですか。研修はどちらで?」
そういえば、私、この人と会話、弾み始めたでしょう?
うふふ、やっぱり婚活パーティの経験、役に立ってるわあ。
この調子で喋れれば、気まずさなんか感じないわよね?
「ああ……有名な地域だから君は知っているかもしれないな」
「有名な地域? 私、知ってるかしら?」
会話が行き交うことに安心した私は、余裕の笑顔で訊いてみた。
「それで、どこですの?」
「とても美しい所でね、トゥステリア王国の湖水地方だ」
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次回【第13話】 君の名は
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