【10】助けてくれた騎士
「そこで、何してる!?」
険しく咎める若い男の声がして、ならず者たちは剣を握って声の主を振り返った。
剣尖が聞こえたと思った次の瞬間、私は右腕を掴まれるとぐいっと引かれた。さっき捻られたところに飛び上がらんばかりの痛みが走って、あまりに痛くて自分の右腕に全神経が向かってしまう。
はっと気が付くと、私の目の前には男性の広い背中があった。
私は、剣を握った長身の若い男の後ろに庇われていたのだった。
足元にはさっきの短剣男が、気絶して地面に転がっていた。もう一人は腰から剣を抜き、私を助けた若い男と対峙していた。
両者はしばらく睨み合っていたが、ならず者は気迫に押されて後退りを始めていた。若い男は私を庇っているので全く動かなかったけど、その気迫は後ろにいる私にも十分に感じられる程だった。
しばらく間合いを取っていたが、最初に仕掛けたのは若い男の方だった。
その動きにつられたならず者は剣筋も滅茶苦茶に切りかかった。
もちろん若い男は動きを予測していたから、無駄のない剣さばきで相手の手元からあっけなく剣を放棄させてしまった。
力の差は歴然だった。
「去れ!」
若い男が低い声で一喝すると、ならず者は血相を変えて、仲間を助けようともせず、走って逃げて行く。
――長剣を鞘に戻しながら、その男性は振り返る。
「大丈夫か?」
私は右腕の痛みに耐えながらなんとかお礼を言ったわ。
「はい、……助けて頂いて……どうも…ありがとうございます」
返事を聞いて、彼は安心したようすだった。
私は初対面のその人に笑顔を作りたかったけれど、右腕の痛みが強くて、平静さを保つことさえ辛かったの。痛みを薄れさせようと左手で右腕を抑え込んだわ。
彼は私の顔を見て眉根を寄せると、視線を私の腕に移し、表情を強張らせた。
長身の彼は急いで身を屈めて、私の顔を覗き込んだ。
「右腕が!? もしかして俺が?」
覗き込んだ灰青色の瞳に、さらりと銀髪がかかる。
精悍な顔立ちをした見ず知らずの彼と、急に至近距離で目を合さなくてはならなくなって、緊張しそうになったけど……でもそんなことに気をとられていたのは一瞬で。
とにかく腕が痛くて、痛みをこらえるので精一杯だったの。
「いえ、違いますわ……そうではなくて、さっきの男に捻られて」
彼は、さっと灰青色の瞳を伏せた。
「腕を引っ張って、すまなかった。痛かっただろう?」
私は慌てた。
「あのっ…、どうか謝らないでください、あなたは私を助けてくださったんですから」
彼の伏せた灰青色の瞳を見ながら必死で止めた。
「‥‥‥それでも、君に痛い思いをさせた。すまなかった」
そう言うと彼は私に一礼をした。
どこかの騎士かしら……?
そう思わせるようなとても洗練された美しい礼だったのだ。
「あの……もう大丈夫ですから。助けて頂いて、本当にありがとうございました」
私は立場上、あまり一般の人と深くは関わらないようにしているの。何があるかわからないから。
だから私はお礼を述べて、アクティスと約束したレストランに向かうため、来た道を戻ろうとした。
「大丈夫なわけないだろう?」
戻ろうとしたら、行く手を彼に阻まれた。
「様子をみても構わないか?」
断る方が申し訳ないもの。私が頷くと、
「失礼する」
と短く断って、右腕をそっと取る。
「熱を持ち始めてる」
‥‥‥実を言うと、さっきから腕が熱くなり始めていたの。
「急いで手当が必要だ」
そう呟いたのを聞いて、私は慌てたわ。
「あのっ、あとは自分でなんとかしますから、どうかお構いなく……」
彼は私の言葉を聞き流した。一人でなんとかするレベルではないと判断したのだろう。
私も、もし魔術が使えなかったら、きっとそう思っていたでしょうね。
彼は私が戻ろうとした方角のある建物をすっと指差して、響きのある落ち着いた声で言った。
「俺は、あそこに見える『宵の明星亭』に行くところだったんだが、もし君がよければそこで手当をさせてくれないか?」
『宵の明星亭』
――それは、アクティスがメモに書いたレストランの名前だった。
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次回 【第11話】宵の明星亭 その1













