第6話 女たらしとフェティシズム
ラヴ・クエストの会員数はそれなりに増え、着実に利益が上がり始めていた。
手作り感満載だった看板も、特注の綺麗なものに変わった。
真面目な交際を求めて入会する者がなだらかに増加しているものの、やはりほとんどがワンナイトなどを主とする”遊び目的”であることに変わりはない。
初期からラヴクエのヘビーユーザーであるカインもその一人。
彼は典型的な”遊び目的”の男であった。
オレンジ色の髪が太陽光を反射して輝いている。
「今日もヤレそうな女はいるかなぁ……おっ、コイツなんか良いじゃん」
ニックネームは”ぱ”。
趣味は空欄。
クエストタイトルは「あそぼ」の一言のみ。
プロフィールやクエストがてきとうであればあるほど、真剣な恋愛を求めていない傾向にあることをカインは知っていた。
つまりは”遊び目的”なのだ。
遊び目的同士であれば色々と話が早いので、カインはそういう女性を狙うようにしていた。
「おーっすリヒト、61番の”ぱ”ってやつの詳細見せて」
「はいよ、毎度あり」
カインは小ブースの机に着くと、サラサラと手紙を書き上げてリヒトに渡した。
「相変わらず書くの早いな」
「まあね」
ラヴクエの配達サービスは迅速で正確。
予定より早く、カインの下に返信が届いた。
「……よし。今夜は決まりだな」
カインは一瞬だけ下卑た笑みを浮かべると、手鏡で髪を整えながら酒場を出て行った。
その様子を見て、配達員のウリルは呟いた。
「カインさん、またマッチング成功したみたいッスね。さすがッス」
ウリルを始めとするラヴクエの従業員たちは、男女が手紙のやり取りに成功して会うことを“マッチング”と呼んでいた。
「ああいうヤツは女心を分かってるからな……メッセージの内容も上手いんだろうよ。毎回書くの早いから使い回しだろうけど」
「中身を見れないのが残念ッスね~」
***
「君、お酒は好き?」
「うん……まあ普通かな」
カインは、東区11番街にあるバー”魅惑の新月”で女性と会っていた。
相手はもちろん、さっきメッセージで約束を取り付けた”ぱ”だ。
「それじゃ、俺たちの出会いに乾杯」
「……乾杯」
派手な服装に反して彼女の表情は暗い。
顔の右半分を隠すように、紺色の前髪を垂らしている。
「俺のニックネームの”カイン”って、本名なんだよね。君の名前は?」
「内緒」
「”ぱ”から始まる名前でしょ。何だろなぁ~、ぱ……”パトリシア”とか?」
「そんな馬みたいな名前じゃない」
彼女は不器用な笑みを浮かべた。
「ははっ、冗談だよ」
不思議な子だ、とカインは思った。
物静かだが、言葉のひとつひとつに強さが籠っている。
しかしやはり気になるのは、右側だけ伸ばされた前髪であった。
「このスープ美味しいよね。ホーンラビットのダシが効いてる」
「……うん」
「肌にも良いらしいよな」
カインは昔から女性にモテる。
それは生まれ持った容姿に加え、磨き上げたコミュニケーション能力と文才のおかげだった。
底抜けに明るいハツラツ少女も、殻に閉じこもった陰鬱なお姉さんも、彼の手にかかれば瞳はハートマーク。
のはずなのだが。
「目の色、綺麗だね。実は俺も目の色素薄くてさ……ほら、見てみてよ」
「……やめてよ、近い」
「おっとごめんね?」
さっきから彼女は目を合わせないが、それが単に照れているわけではないことぐらい、カインには分かっていた。
(やはり、謎はあの前髪か……何か見られたくないものでもあるのか? ……気になるが、まあ良い。後で宿に連れ込めば隅々まで見ることになるんだ)
宿に連れ込むことすら出来ないかもしれない、という不安についてはなるべく考えないようにしていた。
イマイチ手ごたえを感じられないまま、だらだらと会話は続くばかり。
そして、太陽が完全に沈んだ頃。
「さて、と……この後、どうする?」
「……」
(何とか言えよ!? 仮にもラヴクエの会員なら分かるだろうが)
心の中でため息をつきつつ、カインは辛抱強く言葉を紡いだ。
「明日、朝から仕事?」
「ううん」
「そっか。じゃあ俺……今夜はもうちょっと一緒にいたいな」
カインは彼女の左手に、自分の右手の指を絡めた。
拒むような仕草は無い。
「良い、よね?」
「……うん」
──なんだ、これ
カインは奇妙な感情を覚えていた。
怒っているわけでも無いのに、何だかそわそわと落ち着かない。
もっと話していたいのに、言葉が出てこない。
繋いだ右手から伝わる体温が、妙に艶めかしく感じた。
ウェイターに金を払い、店から出ようとしたとき。
外から入ってきた男性の肩が強くぶつかり、彼女は地面に転んでしまった。
「おっと、ごめんよ!」
男性は謝罪もそこそこに、連れの女性と腕を組んで去ってしまった。
「ったく気を付けろよ。おい大丈夫、か……?」
手を差し伸べようと屈み込んだカインは硬直した。
転んだ拍子に前髪が崩れ、彼女の顔の全てが露わになっていたのだ。
「見ないで」
右のこめかみから頬にかけて、大きな火傷痕があった。
(なるほど、これを隠すために……)
目を伏せて前髪を直そうとする彼女の手を、カインは掴み止めた。
「えっ、何? 放して」
不思議と目を離すことができない。
何の変哲も無いただの火傷痕に、カインは釘付けになったのである。
「……綺麗だ」
ずっと見ていたい。
カインが自分の恋心と、奇妙なフェティシズムを自覚した瞬間だった。
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