表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/23

第5話 成就が早すぎる件

 次の日。

 一組の男女がビッグハット亭を訪れていた。


「リヒトさん。実は僕たち、付き合うことになりました!」

「……は?」


 リヒトは思わず片眉をひそめたまま固まった。

 客席からヤジが飛ぶ。


「誰だか知らんがめでたい! 幸せにな!」

「浮気すんじゃねえぞ、兄ちゃん!」

「男前とべっぴんさん、画になるカップルじゃねえか」


 昼間から飲んだくれているオヤジどもの喝采を浴びるのは、昨日ラヴクエに入会したばかりのトムス。

 そしてその横に立っている女性は、まさしく“のんのん”である。


(まさか入会して一発目の初回デートで……!? 思い切ったな……)


 リヒトはしばらく呆気に取られていたが、すぐに貼り付けたような笑顔を浮かべて二人の顔を見た。


「信じられ……い、いや、とにかくおめでとう! うん、めでたいことだ! ラヴクエの快挙だ!」

「ありがとう! 一日だけだけど、世話になったね! じゃあ僕はこれで退会ということで──」

「そうね。私も退会を──」


 差し出された二枚の会員証を、リヒトは手のひらで突き返した。


「いや、待ってくれ」


──別れたときに使えるからな。


 その言葉をすんでのところで呑み込むと、リヒトは別の言葉を紡いだ。


「会員証はほら、アレだよ、アレ……記念に取っとけよ。な?」


 一瞬の沈黙の後、トムスとのんのんは見つめ合って笑った。


「それもそうだな」

「そうね。私たちを出会わせてくれた会員証だもの」


(ちっくしょう、初めの50コインすら使い切ってないんじゃ、利益にならねえじゃねえか!)


 心の中でそう毒づきながら、二人と握手を交わすリヒト。

 その後ろでは配達員のウリルが「おめでとッス~!」と叫びながら紙吹雪を撒き散らしている。


 リヒトは別に、カップルを成立させたくてラヴクエを始めたわけではない。

 ラヴクエが事業である以上、第一の目的はもちろん収益を上げる事。

 さっさと成就されてしまっては、収益に繋がらない。


(しかしまあ、こういう実績は宣伝になるからな……。前向きに考えるんだ、何としても元は取る!)


 リヒトは思考を巡らせた。


 ラヴクエがスタートして数か月。

 半ば無理矢理に誘って入会させた酒場の常連たちを始め、会員たちはラヴクエのサービスにそれなりに満足しているようだった。


 しかしそのほとんどは真面目な恋愛など求めていない、いわゆる”遊び目的”の男女ばかり。

 どうせならこれからは、真剣交際の相手を探している人間もマーケティングの視野に入れていきたいと、リヒトは最近思い始めていたところだった。


「そうだ! じゃあお二人さん、めでたいついでに一筆お願いしても良いかい?」

「一筆?」


 リヒトは一枚の紙を取り出して目の前に置いた。

 それはクエストの詳細を書いておくための用紙だった。


「交際スタートの記念にさ、ここにお互いへの想いとか、これからどんなカップルになりたい、みたいなのを書いてくれると嬉しいなーなんて」

「書きます書きます!」


 付き合い始めのカップルは、キャッキャウフフしながら文章を書き始めた。


「おめでとッス~! おめでとッス~!」

「ウリル、その辺にしておけ。紙がもったいない。あと掃除が面倒だ」

「はいッス! 掃除開始~!」


 床じゅうに散らばった紙吹雪をウリルが掃除し終えた頃、トムスたちカップルは用紙を書き終えてリヒトに手渡した。


 ニックネームの欄には『トースト&のんのん』。

 タイトルは『私たち、付き合います!』という安直なものだった。


「ふーん……上出来だ」


 ざっと目を通したリヒトは満足げに笑うと、その用紙を掲示板最上部の目立つところに貼りつけた。


「それじゃあ僕たちはこれで。リヒトさん、本当にありがとう。あなたが声をかけてくれなかったら、僕は──」


 トムスの嬉しそうな顔を横目で見ながら、リヒトは考えた。


(利益にはならなかったが……幸せカップルの誕生を見届けて感謝されるってのも、案外悪くねぇかもな)


 自分の作ったサービスのおかげで正規カップルが誕生した事に対し、リヒトは不思議な達成感のようなものを感じていた。


「……良かったな、二人とも。幸せになれよ」

「「はい!」」


 それから数年後、二人は再びこの用紙に一筆したためることとなる。

 その際のタイトルが『私たち、結婚します!』である事を、今はまだ誰も知らない。


(第一章 完)

次回からは第二章です!

ブクマ・評価・感想くださると更新の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ