第21話 性的少数派
ビッグハット亭に入店したのは、見覚えのある銀鎧。
背中には、刃先を布にくるんだ大槍を背負っている。
それは正しく、先日リヒトを捕えようと授業に乱入した衛兵ジルであった。
「仕事終わりなので鎧のまま失礼するぞ。おぉリヒト、久しぶりだな」
「ひ、久しぶりじゃねえか……」
「どうした、そんな気まずそうにして。うん?」
ジルは、リヒトの隣にいるエリスに気付いた。
「エルフか……! こんな所で見かけるとは珍しいな」
「……」
エリスはジルの顔をただじっと見つめている。
「おっと。申し遅れたな、エルフ殿。私は東区外衛兵団──」
言いかけた時、それを遮るようにエリスが大声を出した。
「お、覚えてますか私のこと!?」
「……へ?」
ジルは呆気に取られた。
「一年前のモンスター掃討作戦で一緒の班だった、魔法兵のエリスです!」
「あ、あぁ……すまない、一人一人の顔までは覚えていなくて」
「私がグラスリザードの群れに囲まれたとき、その槍で助けてくれましたよね!?」
「そんな事も、あったかな……?」
ジルは助けを求めるようにリヒトの顔を見ている。
ニヤニヤと笑いをこらえているリヒトをさておいて、助け舟を出したのはアーウィンであった。
「まあまあエリスさん落ち着きなよ。騎士さんもほら、せめて武器くらいは外したらどうだ? こちらで預かろう」
「それもそうだな」
ジルは鎧と槍を外して薄着になると、リヒト、エリスと共にテーブル席に着いた。
(おお、すっげぇな……)
リヒトの視線は、ジルの引き締まった身体に釘付けになった。
スタイルと姿勢が良い事もあり、形の良すぎる胸が布の服を押し上げている。
(ボディメイクの大会とか出たら全国レベルだぞこれ)
「一体何なんだ、ジロジロ見て」
「いや、その……何でもないです」
リヒトはかぶりを振り雑念を消すと、エリスの方を見て尋ねた。
「えっと、アンタが一目惚れしたのはコイツで間違いないんだな」
「ええ。私たちエルフは、肉眼だけじゃなく“心眼”で他人の気配を視てるの。間違えるはずがないわ」
「で、ジルは覚えてないと?」
「すまない。戦いに集中していたもので……」
ジルは気まずそうに目を反らした。
「ふーん。で、肝心なとこなんだが」
リヒトは改まってエリスの顔を見つめる。
「見ての通り、ジルは女だ」
「だから何?」
エリスは少しだけ赤い顔のまま、きょとんとして答えた。
リヒトは何かを察して小さく頷くと、ジルに向かって言った。
「そういうことか……ジル、悪いがちょっとあっちの席に行っててくれるか。エリスと二人で話がしたい」
「それは良いが、さっきから何なのだ一体? 私にも説明してくれよ」
「まあまあ、後で色々ちゃんと話すって」
リヒトはジルを離れた席に追いやっておいてから、再びエリスの顔を見た。
「エリス、もしかして女が好きなのか?」
「私は誰でも好きになるわよ」
「そうか……」
(やっぱりどこの世界にも、こういうヤツがいて当然だよな)
それがリヒトの正直な感想だ。
リヒトの元いた世界、特に東京では、性的少数派は受け入れられつつあった。
“パートナーシップ”という名の、同性婚に近い制度は既に30以上の都道府県で認められていたのだ。
一方、異世界転生してからというもの、人間の国アダーマではそういった配慮を見かけた事が一度もない。
どこの施設でも書類でも、性別といえば“男”と“女”のみ。
それがここでの常識だった。
「この国じゃあ、そういうのは珍しいみてぇだぜ」
「ハイガルド──エルフの国じゃ結構普通にいるわよ」
「人間にだって少数派はいるんだろうが、みんな隠してるか、気付いてないのかもしれないな。そういう空気感があるだけで、自覚する事すら難しくなるもんだ」
「人間って変なとこ気にするのね……」
「とにかくそういう事だから、エリスの気持ちを知ったらジルは驚くと思う」
「別に構わないわ。せっかく会えたんだもの、気持ちを伝えずに帰るなんてバカみたいじゃない」
「よく言った! じゃ、俺は席を外すぜ」
リヒトはジルを呼び戻して着席させると、自分は席を立った。
そしてカウンターについた。
アーウィンは、リヒトにつまみのミックスナッツを差し出しながら尋ねる。
「あの子たち二人にして大丈夫なのか?」
「大丈夫だろ。それに、ああいう場に同席するほど野暮じゃないさ」
「ふーん」
アーウィンは全てを察したような顔で厨房に戻った。




