第18話 男嫌いの乙女心
リヒトと冷静に話し合ったジルは、落ち着きを取り戻していた。
「本当にすまなかったな。いきなりイベントをぶち壊して、顧客も逃げてしまっただろう……この借りは必ず返す」
「へっ、まぁいつかこういう事はあるんじゃねえかと思ってたしな。気が向いたら酒場に顔見せてくれよ」
「ああ、確か13番街の」
「ビッグハット亭だ。アンタみたいな美人が来てくれたら、常連のおっさんたちも喜ぶぜ」
「ふんっ、これだから男は……見世物ではないのだぞ」
ジルはそう言って顔を反らした。
が、不思議と嫌ではない。
リヒトは別室で待っていたミロクとカインを連れ、詰め所を出て行こうとする。
「じゃ、俺たちもう行くわ」
「ああ待て。馬を出そう」
部下に馬の手配をさせようとしたジルを制して、リヒトは言った。
「いや、たぶん来るから大丈夫」
それと同時に、詰め所の前に二頭の馬が停まった。
そのうちの一頭には、ローブをまとった小柄な人間が乗っている。
フードを深くかぶり、口元に布を巻いて顔を隠している。
「探したぜいリヒト!」
「やっぱり来てくれたか。悪いな、ネズミ」
リヒトはネズミの後ろに跨った。
もう一頭の馬はミロクが手綱を握り、カインがその後ろに乗った。
「それじゃ副団長さん、またどこかでな」
「ああ。またな、リヒト」
リヒトは一瞬だけニヤリと笑うと、走り去っていった。
ミロクとカインも軽く会釈をするとそれに続いた。
(行ってしまったな……)
彼らの行った方を見つめ、ジルはリヒトの言葉を思い出していた。
『綺麗な顔してんのに勿体ねえ』
『アンタみたいな美人が来てくれたら』
今までジルは、男性からそういう事を言われる度に虫唾が走る思いをしていた。
その裏にある下心が手に取るように分かってしまい、気持ち悪く感じられたからだ。
しかし、リヒトからはそういったやましさを一切感じなかった。
ただ純粋に異性から容姿を褒められた事を、嬉しいとさえ思えた。
「……髪、伸ばしてみようかな」
東区外衛兵団副団長、ジル・レインアート。
いつもとげとげしかった彼女は、この日から部下に対してほんの少しだけ優しくなったという。
(第三章 完)