第13話 交際予備校
ここは東区6番街にある売春宿”マーメイド・ドリーム”。
煙の渦巻く事務室で、リヒトが店長のドリドに紙面を見せながら喋っている。
「ってことで……これがラヴクエの新サービス。”交際予備校”だ」
「交際予備校?」
「まあ簡単に言えば”モテるための塾”だな」
元々は”モテ塾”という安直な名前を考えていたリヒトだったが、あからさまなネーミングだと気後れして客が減ると思い、硬めの名前に変えたのだ。
「こりゃおめえ、ラヴクエの新事業って事か?」
「一応そういうことになるな。丁度今、13番街の公民館で二回目のモニター授業やってるところだぜ」
「おめえは行かなくて良いのか?」
「ああ。講師はカインに任せてあるし、客の中に用心棒を紛れ込ませてあるからな。一回目は何事も無く終わったし、今回も大丈夫だろ」
「ふーん……じゃゲームでもするか」
ドリドがボードゲームを取り出そうと、タバコの火を消したその時。
「──リヒト!」
店の裏口が勢いよく開き、フードを深く被った小柄な人物が飛び込んできた。
「ネズミ!? 何かあったのか?」
「ヤバいことになったぜい……」
「すまんドリド、ゲームはまた今度だ!」
リヒトはネズミと共に走り去った。
「何だぁ? ……慌ただしい野郎だな」
残されたドリドは、次のタバコに火を付けて呟いた。
***
「ネズミ、一体何があった?」
リヒトは走りながら尋ねた。
「それが、途中で鎧を着たヤツが乱入してきて……」
今日のカインの授業には、用心棒ミロクを忍ばせてある。
もしも変な輩が紛れ込んだとしても、彼がやっつけてしまうはずなのだが。
「で、相手は何人だ?」
「一人」
「……嘘だろ?」
ミロクは“人斬り菩薩”の異名を持つ最強の剣士。
たった一人を相手に苦戦するようなことはあり得ないはずであった。
***
時は数分前に遡る。
公民館の一室を借りて開催された”交際予備校”のモニター授業では、およそ20人の男性の前でカインが喋っていた。
「えー、本日はお集まり頂きましてありがとうございます。私は”モテ講師”という立場で皆様の手助けをさせて頂きます、カインと申します」
基本的には、リヒトの作った教材に沿って喋るだけの簡単な仕事。
リヒトの監督の下で練習を積んだ上、元々口の上手いカインの事である。
聴講者の質問に対しても余裕を持って対応し、授業は滞りなく進行していた。
「では身だしなみチェックを終えたところで、次はいよいよラヴクエのサービスについて説明させて頂きます。かくいう私もラヴクエで女性経験を増やし、無事に現在の恋人と出会うまでに至りまし──」
バンッ!
突然、部屋の扉が乱暴に破られた。
そこから現れたのは、重そうな銀色の甲冑を着た騎士。
「うわっ、何だ!?」
「槍を持ってるぞ!」
「逃げろーッ!」
ある者は窓から飛び出し、ある者は反対側のドアを抜け、気付けば聴講者は全員が散り散りになって逃げだしていた。
椅子が散らばった部屋に残されたのは、教壇で立ち尽くすカインと、銀鎧の騎士。
加えて、聴講者の中に紛れ込んでいたミロクであった。
「おぬし、何者か?」
(鎧の上からでも分かる鍛えられた体幹……こやつ、強者なり)
ミロクは刀の柄に手をかけて騎士と向かい合った。
「私は東区外衛兵団副団長、ジル・レインアートだ!」
厳つい風貌によらず、その声は女性のものであった。