第10話 再会
カインは6番街に走った。
まだ夕方なので、売春宿“マーメイド・ドリーム”は営業開始の準備をしている。
その前でタバコを吸っている人相の悪い男を見つけると、カインは尋ねた。
「アンタ、ここの店長さん?」
「そうだが」
「顔に火傷痕がある女の子を知らないか?」
ドリドは煙を吐き出すと、カインの顔を睨みながら答えた。
「パールのことか」
「パール……そうか、あの娘はそういう名前なのか」
カインは“ぱ”の本名を初めて知った。
指名予約でも入れておこうかと考えていた時。
店のドアが開いて現れたのは、まさしくパールであった。
「カイン、さん?」
「君……君は、パールというんだね」
パールは硬直し、持っていた荷物を地面に落とした。
と同時に、カインは彼女の両手を握って跪いた。
「パールちゃん、俺と付き合ってください!」
「……へ?」
「あの後よく考えて分かったんだ。バーで喋っている時から、俺はあなたに惚れていました!」
「えっと、あの」
「その真珠のような目も、しなやかな髪も、不器用な笑い方も、全てが好きだ! あなたが隠している、その傷も」
カインは夢中で喋りきると、肩で息をした。
「ハァハァ……ごめん、突然」
「カインさん」
富裕層御用達の高級娼婦ならまだしも、貧民街の近くにある売春宿で働いているような娼婦に、本気の告白をする男などいない。
パールは半信半疑である一方、嬉しさを抑えきれずにいた。
「でも、私は……」
パールは伏し目がちに、ちらとドリドの顔を見た。
相変わらず険しい顔をしながらタバコを吹かしている。
どうせ「借金も片付いてないクセに」とか「男なんて作ってる場合か」と一喝されるのがオチだろう。
それだけならまだしも、債務がカインに飛び火する可能性さえある。
軽はずみな返答は命取りだ。
そんなパールの思考を一蹴するかの如く、ドリドは軽い口調で言った。
「あっそうだ。パール、おめえは今日でクビだ」
「なッ……?」
あまりに突然のことだ。
パールはぽかんとした。
「おめえの借金は全額返済されたんだ。俺は貸し元じゃねえから、別にこれ以上おめえを置いとく意味も無えしな」
「そんな……返済って、一体誰が」
「そいつぁ言えねえんだ。本人から固く口止めされてるからな。じゃ、そゆことで。あばよ」
ドリドはタバコを踏みつぶして火を消すと、宿の中へ戻った。
パールは呆気に取られていた。
誰が自分の借金を返してくれたのか、全く見当がつかない。
出ていった父親が今さら助けてくれるはずは無いし、もっと昔に出て行った母親は借金があることすら知らないだろう。
カインが、というのも考えづらい。
家族も友達も恋人もいないパールのために、一体誰が。
ふと思い出したのは、”ラヴクエ代表”を名乗る怪しい男の顔だった。
「……ちゃん? パールちゃん?」
「あっ、はい」
カインの声で現実に引き戻される。
「俺の恋人に、なってくれますか?」
「えっと……」
パールはまた考えた。
借金はいつの間にか返済され、売春宿はクビになった。
もう自分を縛るものは何も無い。
そしてずっと隠していた火傷痕ごと、自分を愛してくれる人間が現れたのだ。
「……パールちゃん?」
断る理由など、無かった。
「よろしくお願いします」
「ぃよっしゃぁッ!!」
カインは嬉しさのあまりパールを抱え上げ、街中を走り回ったという。