6
薄暗い洞窟を出た途端、目の前にはギラリと光る剣の刃があった。
突然のことに呆然としながら、視線を上げるとそこには五、六人ほどの屈強な男たちが険しい顔で剣を向けながらこちらを睨んでいる。
彼らは甲冑で身を包み、兜には六角形の宝石を中心に永遠の木とも呼ばれるトーンの木の枝が描かれている。そう、我が偉大なるハーデスト王国の近衛兵の紋章だ。
なんてったって近衛兵がこんなところに……はっとして俺は後ろを振り返る。何故かここまで静かに着いてきたドエムは俺と目が合ったとたん壊れた玩具みたいに頭をぶんぶん振った。
「お前……本当に王族だったのか……」
「まだその段階だったんかいっ!」
ドエム王子は機敏なツッコミを入れるが正直なところ九割嘘だと思っていた。
しかし、目の前にいる近衛兵たちの表情は険しく、冗談なんて言っているようには見えず、俺は思わず後退った。
やはりなんだかんだいいつつも自分の息子が心配で、兵士をよこしたとかそんなもんだろう。くそ、命あっての物種だ、血反吐を吐くほど嫌だが流星の涙ならぬ鼻水は諦めるべきか……
「お、お前たち、なんでここにいるんだ?」
俺は王子の声が震えているのがわかった。声どころか全身汗びっしょりで震えている。この怯えっぷりを見て、どうやらこいつらはこいつの味方でもないらしい。
「王が殿下を心配で私達をここに遣わしたのです」
「ち、父上が……?」
王子が目を開き、輝かせる。しかし、どこか信じられないという気持ちが残っているのか複雑な表情をしていた。
「す、すまない……せっかく来てもらったのだが、俺様……私はまだ戻るわけにはいかないのだ。まだ『流星の雫』を手に入れてないのだから」
俯きながらそう呟くと騎士の一人がは唇をへの字にしながら笑い始めた。すると、それが次第に騎士から騎士へと伝わり、最後には皆で大笑いし始めた。
きょとんとした顔で王子は彼らを見ていたが、最初に笑い始めた一人がそんな王子を指さしながらこう言った。
「誰も殿下が『流星の雫』をとってくるなんておもっていませんよ! みな殿下がこの森で野垂れ死ぬことを期待しているんです!
でも、まさか出来損ないのあなたがまだ生きているとは思っていませんでした。王の心配が的中したわけです!」
豪快に笑う彼らに王子は顔を真っ青にした頭が残念なこいつにも自分が父親に見捨てられたことを理解したのだろう。
案の定、瞳を潤ませて必死に涙をこらえていた。目を真っ赤に震える様子にまた騎士たちは笑い出す。
「やはり気づいていなかったのですね! 殿下……いや、あんたは王に捨てられたんだよ!」
そういうと彼らは剣を抜いた。
「さて、変に生き残りがいても困るので、そこにいるゴミも一緒に片づけましょう。大丈夫です。私達の剣は一刀両断、苦しむ余地もなくいけます」
そのへんのごろつきが使っている錆びたナイフなんか比べ物にならないほど、研ぎ澄まされた刃を見て、俺は後退る。
たしかにあれなら何度も振り下ろさなくとも一度で死ねそうだ。
だが、ここで死ぬわけにもいかない、俺には家族が待っている。腹をすかして、寒い家で肌を寄せ合い暖をとる兄弟たちが待っているのだ。
俺がない頭を必死に回していると、体を震わせながらも王子が俺の前に出て、騎士たちと俺との間で庇うように両手を広げた。
「こ、こいつは、か、関係ない。にがしてやってくれないか?」
自分を奮い立たすようにそういう王子の背中を俺は見つめた。
俺よりも頭一つ分小さくてぶよぶよで、不格好な背中だが、少しだけ王家の人間としての矜持が見えた。
なんだよ、馬鹿のくせに。
なんだよ、ドエムのくせに。
俺は自分の脚を強張ってんじゃねぇよと一発殴り、王子の前に出た。
「お前ら、これが必要なんだろう? このバカでかい『流星の雫』がよ」
俺はもっていた例の石……流星の雫を掲げた。騎士たちはもちろん「は?」といった表情をしたが、きっと命乞いのための見苦しい嘘だと思っているのだろう。俺だって我が家に伝わる物語をしらなければ同じ表情だった。でもこれは正真正銘の女神の涙いや、鼻水。きっと森の泉で洗えば綺麗な宝石に生まれ変わるのだろう。
「嘘じゃないぜ。こいつは正真正銘の宝石だ。それにこの大きさだ。売れば国一つだって買えちまうぜ。ほら、あの有名な御伽噺みたいだろ? 流星の雫を持って帰った心正しきヒュレンツ様にだってなれるぞ!」
「ははは、それもいいなぁ。まぁ、お前たちを始末してから考えるさ」
騎士たちは鼻で笑いながらそう言うが、その空気を吹き飛ばすような声が俺たちの後ろからかけられた。
「そう、ほんとこんな嘘を間に受けるなんてあんぽんたんもいいところよね」
暗い静かな雪降る夜を連想させる声に俺ははっとする。
振り返るとそこにはやはり女神様が腕を組んで立っていた。心なしか、ついさっきまで一緒にいたはずなのに、久しぶりに会ったかのような気がする。もしかしたら話の更新が遅すぎてそんな感覚に陥っているのかもしれない。ああ、気にしないでくれ、こっちの話だ。
「こんなのただの石ころよ、価値なんてないのにバカみたいに抱え込んじゃって。真に受けすぎてて本当の事言いそびれてたわ」
「は?」
あんなに俺がこの石ころを流星の雫と認めなかったのに今更こいつ何言ってやがる。これが流星の雫だと、元は鼻水でも綺麗な宝石になるとどれだけの熱量で語られたことか。
それを今更、と抗議の目を向けたのだが、女神はこちらに向け両目をひたすらに瞬きして見せた。
「……ゴミでも入ったのか?」
「違うわ、アホ人間」
少し頬を膨らませつつ、そう呟いた。なんのつもりかわからないが女神は不貞腐れた顔をしながら騎士たちを見据えた。
「とにかく、そんなそれは偽物、こっちが本物よ」
そう言った彼女の手の上には透明なビー玉のようなものが三つ乗っていた。いや、そりゃたしかにこの道端に転がっている石よりはそっちの方がらしくはある。
騎士たちも尤もらしい宝物に息を飲んだ。昔話ではこの三つで国が成りたつほどのものだ。彼らの一生分の給料なんかよりも高い価値のあるそれに彼らはくぎ付けだった。
「我が家の前で、人が死ぬのも寝覚めが悪い。どうかこれで穏便にすましてくれない?」
女神の言葉に騎士たちの間でどよめきが走った。こいつらはきっとこの王子を仕留めに来ただけであって、流星の涙を手に入れる事ではないだろう。
しかし、目の前にあるのは至高の宝、人の思考を狂わせると言われる女神の涙だ。いくら彼らが王に忠実な騎士だったとしても天秤が傾くのは容易に想像できる。
「ほら、早くしないとこの話はなかったことにするわよー」
そういって掌を段々と閉じ始める女神に騎士たちは慌てて止めようとした。
「わかった! こいつらのことは見逃す! だから、それを早く私に!!」
「いや、俺だ! 俺が一番偉いから俺が貰う!!」
「黙れ、この出愚の棒が!! お前の酒代になるくらいなら俺が彼女のと愛のために……」
「お前は振り返ってもらえない女にひたすらに貢いでるだけだろう?」
ヒートアップしていく醜い争いに俺は思わず顔を顰めてしまった。誇らしくピカピカの鎧を着こんでいると思えばこれだ。まったく、この国の行く末が悩ましい。
女神も似たような顔をして、手に持っているものを森の入り口に向けて手に持ってる「流星の雫」をぽいっと投げた。すると、まるで餌を待っていた鯉のように彼らはそれに向かって走り、どこかへ行ってしまったそれを血眼になって探していた。
「ほら、いつまでここにいるつもりなのよ。あんたたちの目的は果たしたでしょ?」
女神は手を叩いて催促する。
「いや、え? お、俺様は……」
「ほら、さっさと泉でそれ洗ってきな。無駄にすんじゃないわよ」
「でも、これはただの石なんじゃ……」
「何言ってんだ、やっぱりお前、知らないんだな」
俺は王子の間抜け面を見ながらため息をついた。
なんだなんだと、目を白黒させる王子に俺は頭を掻きながら「ご先祖様にきいてみな」とだけ言った。
「今回は騙されなかったようね」
女神がそう言うとやはり気が付いていたかと俺は苦笑いを浮かべた。
「まぁ、ひいひい爺ちゃんの話を聞いてたからな……」
「ま、たしかに、人を安易に信用するなって教訓にはもってこいよね」
「……いや、そういうことを伝えたかったんじゃないと思うぞ」
女神は疑問符を浮かべて俺の言葉の続きを待っている。
答え合わせを待つ彼女に俺はふと笑って言った。
「俺の妹が編み物が得意でさ。今度、マフラーでも頼んでもってきてやるよ」
「……はぁ?」
「冬の女神様も寒さを感じるらしいからな」
生意気な子供のようないつもの反応ではなく、そっぽをむいて耳まで真っ赤にした可愛らしいものだった。
「……二度と来るな、バカ」
俺はそう言いつつも嬉しそうに形のいい口元がほころんでいるのを見逃さなかった。
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すると、泣いている声に引き寄せられたのか「逢瀬の泉」に女神様が現れました。
彼女は騙そうとしたことにまだ腹は立っていましたが、泣いている騎士が気の毒になってきたのです。
「残念ながら、あの涙は滅多に出る物ではないので、今あなたに渡すことはできません」
「いえ、申し訳ないのです。女神様が流してくださった涙をあんな詐欺師に取られてしまって」
騎士は鼻をすすり、顔を上げることができませんでした。王様に献上できなかったことよりも騙された恥よりも、涙を騙し奪われたのが許せませんでした。
誇り高い騎士が声をあげて泣いている姿があまりにも哀れに思えて、女神はそっと方に手を置きました。
「ならば、また取りに来なさい。私の涙は次いつ出るかはわかりません。来年かもしれませんし、十年後、いや百年後かもしれません。
それでもあなたが申し訳ないと思うのであれば取りにきてください」
騎士はゆっくりと顔をあげます。
女神様の綺麗な瞳は人の目を一瞬で奪う夜空を走る流星のような光が灯っていました。それは儚く、小さな祈りに似た光でした。
騎士はひゃくりをあげ、乾かない涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら頷きました。
「必ず、必ず女神様の元へ参ります。何年経とうが、何百年経とうが女神様の元へ参ります」
「約束ですよ」
「はい、約束です」
最後は笑顔を見せてそう言いました。
それから騎士は自分の国に帰りましたが「流星の雫」を持って帰ってこれなかった罰として両方の脚を折られ、遠い遠い辺境の地へと追いやられてしまいました。
しかし、騎士は諦めませんでした。自分の子供たちに女神の話を聞かせてやったのです。
「――いつの日か、騎士の子供が約束を果たすために女神様の元へ訪れることになるでしょう。
きっと女神は何度も追い返そうとしますがそれは彼女の意地っ張りなのです。
彼女は森の奥に住む一人の寂しがり屋な女神様なのです。だからどうか、子供達よ、物語の最後はこうしめくくって欲しいのです――」
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待て待て、そう焦んな。まだあとちょっとだけ続くぞ。
まぁ、ちょっとした蛇足だ。
あの後、近衛兵達は草むらに消えたビー玉に夢中で俺たちは難なく家路につくことができた。
もちろん、帰り道に「逢瀬の泉」で鼻水をきちんとした宝石に変えてからな。
その時だ。
しょぼくれてるドエムと森の奥深くで眠っていた美女が出会ったのは。
これについての話は俺じゃなくて、こいつが語るべき御伽噺だろう。
ただ、彼らは潤沢な資金を使って、人々を正しい方へ導き、悪を征したそうだ。
森で眠っていた美女、王国から見捨てられた馬鹿な王子。一文無しのはずの彼らは何故、莫大な資金を有していたのか。そんな話を俺はしたり顔で聞いていた。
俺はというと、また変わらずの貧乏生活を送っている。
家族に告げずに行ってしまった俺が悪いのだが、家に帰ると泣きはらした顔の弟と妹達、それから両親にも泣きはらした顔で怒られ、無茶なことはするなと頬が腫れるぐらいぶん殴られた。
「仲のいい家族じゃん」
女神は目を細めて言う。
「騒がしいだけだぞ、お前みたいな引きこもりにはおすすめしねぇな」
「何言ってんの。私みたいな引きこもりだからこそ憧れるの。今度必ず連れてきて」
女神は俺の妹が編んだ赤いマフラーに顔を埋めて笑った。
今度、俺の家族を連れてくることになっているのだ。森の主がついてくれるからここまでは難なく辿り着くことができるだろうがどちらかといえばあまりの五月蠅さにこいつがパンクしてクロちゃんをけしかけてくるんじゃないかと心配している。
ちなみに今だって部屋の隅でクロちゃんはこちらを寂しそうな目で見つめてくる。悪いがお前と分かり合える日は永遠にこない。ま、俺のクロちゃん親衛隊の弟は別かもしれないが。
女神は目を輝かせてどんなもてなしをしようか話している。
こいつが涙を再び流すのは気が遠くなるような、ずっと先の話。
こうして女神様と騎士の子供達は仲の良い友人になったのでした。
めでたしめでたし。