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 改めてみると、中々の絶景だ。女神が住む洞窟は森の高台にあり、その天辺に俺たちはいた。ここに植わっているのは例の木しかないので視界を遮るものはなく、森全体を見渡せた。

 真っ白に着飾った森が一面に広がり、それが夕方の光を浴びて温かな色に染まっている。通った時には薄暗いとしか思わなかった森が今は全くの別物に見える。

 寒ささえ忘れて俺はこの光景に魅入った。長い一日だった。大家族ゆえに静かな日常なんてそもそもないのだが、それとはまったく別の意味で胸焼けするほど濃い一日だった。


「……初めてだなあ。だれかとこうしてここからの景色を見るの」


 ふと、女神がぽつりと呟いた。

 彫刻家が作ったような血の気のない横顔にも夕日があたり、眩しそうに眼を細めている。


「さすが引きこもり、友達少ないのか」

「まぁね」


 女神が苦笑いして座り込む。


「なんだかお前たちのお遊びに付き合って今日は疲れたわ」


 そう言った彼女は心なしか満足そうだった。こうしていると神様なんかじゃなくて世間知らずの嬢ちゃんにでもみえる。


「これで終わりだと思うなよ、お前が泣くまで帰らねぇからな」


 片方の口を上げて笑うと女神は「笑い方が悪人だな」と笑ってみせた。

 言葉では簡単に表せない、綺麗な笑顔に俺はなんだか気恥ずかしくなって目を逸らす。

 風が二人の間に吹き抜ける。冷たい冬の風だったが寒いとは思わな……


「ぶぇっくしゅん!!」


 隣に座っていた冬の女神は盛大なくしゃみをした。まるで中年のおっさんのようなくしゃみに俺は顔をしかめる。


「空気読んでくれよ……それに寒いなら俺のマント羽織ってればよかっただろ?」

「うるさい。この薄手白ワンピがデフォなの、キャラ付けなの、大人の事情なの」

「それなら冬の女神が寒さでくしゃみするのはNGだろ……ってきったな!?」


 女神の鼻からばかでかい鼻水が垂れ下がっており、俺は思わず後退った。

 それなのに、何を思ったのか女神はふんと鼻をふくと鼻から離れ、地面へと落ちた。


――ボト!


 それは鼻水とは思えない重たい石ころのような物が転がる。


「おお。やってみるもんね。ほら『流星の雫』よ。よかったね」


 女神はそれを見て鼻を啜りながらあっけらかんと言った。


「いや、人類の夢を返せよぉおおおおおおおおおおおおお!」


 俺はそう叫びながらその石ころを蹴飛ばすと、洞窟に落ちる穴の中へと吸い込まれていった。


「あああああ!! 私の流星の雫があああ!!」

「みとめねぇ! あれがお宝なんて認めねぇぞ!!」

「涙の十倍ぐらいあったじゃん! 輝けば、人類史上最高の宝石、いやこの世始まって以来の至宝になるのに!!」

「ただのあほでかい鼻水だろうが!!!」


 悔しさのあまり俺はしばらく地面にうずくまり、拳を打ち続けた。

 女神は最初文句を垂れていたが、尋常じゃない悔しがり方に次第に俺のことを慰めはじめ「ほら、明日はきっといいことあるよ。ね、貧乏人」と背中をさすり始めた。




☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡




「それで、そなたが落としたのはこのピン本玉大の石か? それともこの野球ボール大の石か?」


 洞窟に戻ってくると大きなたんこぶを作った王子が笑顔でそう訊ねて来た。


「正解はサッカーボール大じゃぁああああああああ! 死ぬわ! ぼけぇええ!!」


 そう叫ぶと両手に持っていた小さい石を俺に投げつけてきた。

 まぁ、察するに俺が蹴った鼻水が頭にぶつかったのだろう。あの大きさの石を頭に食らってまだ生きているとは中々にしぶとい奴だ。


「で、そのサッカーボール並みの石はどこにやったんだ?」


 俺がそうきくと王子は地面に転がっている石を顎で指す。

 ふむ、頭にこれが当たったにも関わらず、血すら出ていないとは恐れ入った。この馬鹿の方が硬度が高いのか。


「ま、日も沈むし俺は一度退散する。じゃあな」


 俺は石を取り上げると洞窟の入り口を目指して歩き始めた。なるべく動揺しないようにゆっくり、優雅に……


「待て、お前。なにか隠してるな。まさかそれ、『流星の雫』なんじゃないか?」

「い、いいや。これのどこが史上最高の宝石なんだよ。ただの石ころじゃねぇか。馬鹿でもつかれるんだな。さっさと休め、永遠に寝てろ」

「いや! 貴様のその労っているようで馬鹿にしているその態度! 確実に『流星の雫』だな!」

「ちっ、お前のような勘のいいガキは嫌いだよ」


 小声でつぶやき駆けだすが、すぐさま行く手を塞がれる。なんとか隙をつこうとしたが俊敏な動きで見事なディフェンスを見せている。


「どけ! 一回俺は帰る! 帰るったら帰るんだもんっ!!」

「動揺して幼稚退行してるぞ! いいからそれを渡せ! わかった、わかった! そしたら百だそう! それを買い取ってやる!」

「うるせ! この大きさの『流星の雫』だぞ!? 家族全員が一生遊んで暮らせるどころか国一つだって買える! 騙せると思うなよ!」

「ぐぬぬぬ。わかった! 千! いや、一億!! ええい、俺様の小遣い全部くれてやるからそれを渡せ!!」


 そう言いながら俺の腕の中にある「流星の雫」を取ろうと俺に抱きついてきた。俺は必死にそのぷにぷにの体を押し返すがしつこく付きまとってくる。

 鬱陶しくてなかなか道を進めず、俺の苛立ちは頂点に達した。


「そもそもなんでお前はこれが欲しんだよ? 金持ちってか王子ならこんなのいらないだろ。そもそもお前がわざわざ自分で、しかも独りで取りに来るなんておかしいだろう」

「物語の終盤でようやく気が付いたのか、このぼんくら」

「ああ?」

「ひぃ、な、な、な、な、なんて聡明な! そこに気が付くとはさすが目の所が違いますぅ!」


 俺がすごむと手を離してゴマをすり始め、へこへこと話始めた。


「俺様は……昔から出来損ないと言われて育てられてきた。剣術もダメ、勉学もダメ、帝王学もみにつかなければ、見た目だってこんなに不細工だ。家族からだけではなく、自分の召使たちからも馬鹿にされる始末……

 だが、つい先日、父上様がおっしゃってくださったのだ。

『お前はどうしようもない馬鹿で誇り高きわが一族の血筋とは思えない。だが、もし星霜の森の女神が流すという流星の雫を独りで取ってこれるのなら家族の一員としてみとめてやろう』と。

 だから俺様はそれがどうしても必要なのだ!!」


 王子は涙目になりながらそう語る。

 まぁ、俺みたいな王国の端くれの人間でさえ馬鹿王子は有名だ。近所の粉ひき屋でも何かあれば第二王子が馬鹿な条例を出したんだとため息交じりに言っていた。城の中でも煙たがられたのは安易に想像つく。


 それに父上――王様はきっとこいつが達成できないことをわかってて言っているのだろう。なんならこの森の中で野垂れ死ぬことを望んでいるようにも思える。それだけここまでの道のりは過酷だった。

 だが、こいつの瞳に揺らぎはない。馬鹿は馬鹿らしく正直に信じているのだろう。


「じゃあ、お前は自力でなんとかしろよ。それこそ父上が望んだことなんじゃないか?」


 しかし、はい、そうですかでお宝を渡すほど俺も情に厚い人間ではない。俺には俺の事情がある。ここの宝はどうしたって譲れないのだ。


 王子も俺の言葉にはっとし、地面に視線を落とした。よし、なんとか言いくるめそうだ。

 もう掴んではこなさそうだし、このまま洞窟の外へ出よう。意気揚々と俺は洞窟の外へと足を向け、もう暗くなり始めている外に出た時だった。


「おい、止まれ」


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