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気が付けば、俺は苔の上で伸びており、その上には熊か何かの毛皮がかけられていた。起き上がると、小太りの男がにやけ顔で声を上げた。
「下民が何を考えているのかと思えば、なんとも下らないな!」
「お前はめちゃくちゃビビってただろうが」
「ふ、あまりにも可哀想だったのでそう装っただけだ」
「そこにクロちゃん「あいやぁああああああああああ!」
男は俺の頭に抱きつき、ぎゅっと抱きしめるが俺にそんな趣味はないので肘鉄を食らわせ地面に沈めた。
「貴様……俺様を誰だと」
「そういえば誰なんだ」
何度もしつこく聞かれるので面倒になった俺は話の続きを聞くことにした。
「俺はハーデスト王国の第二王子、クラック・ド・ヒル・アルドラド・トビゲイトロランド・エルステ・クリステン・オッカッパイ・コロロロクス・アンドスティピ王子だぞ!」
「あーはいはい、ハーゲデス王国ね」
「ハゲじゃねぇよ、ハーデストだよ」
「あーはいはい、クラッシュ・ド・エム以下略王子ね」
「人の話一ミリだけしかきいてねぇよ。ドエム王子じゃねぇよ。さっきのだって、女神様が鞭の打たれ方がわからないというから俺様が見本を見せていたのだ!」
俺は鼻くそをほじりながらはいはいと頷く。
一応、そのはーげです王国の第二王子とやらは聞いたことがある。というか俺の住んでいる国の王子だ。
敬うべき相手だし、こんな胡坐かいて適当な相槌を打つべきではないのは無学の俺ですらわかっているのだが、従者もつけずこんな山奥に本物がいるわけがない。
「それに、何より本物だとしても馬鹿で有名な王子だ。多少の無礼があってもなんか謝っとけば許してくれんだろ」
「口に出てるんだよ、絶対本人に伝えるべきでないことが口に出てるんだよ」
「ゴメンゴ☆」
「許すかぁ!」
てへっと額を小突く俺にエム王子は何やらわめきながら胸倉をつかみ揺さぶる。
――ガサガサ
すると、突然背後に例のバカデカクロちゃんが現れ、その長い触覚でドエム王子をつんつんとした。
「あいやぁああああああああああ」
座った状態から五メートルも後方にぶっとぶこいつはもしかしたら運動神経がいいのかもしれない。
俺はやや顔を引きつられつつも二度目のそいつと対峙した。たしかにつぶらな目をして……つぶらな……
「やっぱ、キモ! 無理だわ!!」
俺の言葉にクロちゃんの触覚を心なしかしょげると、どこからともなく走ってやってきた女神はそいつの頭を優しくなでた。
「失礼ね! 私の友達になんてこと言うの!」
美少女と黒光りする巨大虫、なるほどアンバランスさに何故か魅力を感じる。なんかこう頭の中に小さい子供たちの「らんらん」みたいな声がながれてくるような……
「友達って、お前、そいつは人類の敵だぞ!」
「いや! 何も悪いことしてないもん!」
がばっと両手を広げてクロちゃんを庇う姿は理由もなく涙を誘うものだったがなんだかこれ以上はいけない気がする、これ以上この映像はダメな気がする。
「そんなことよりも女神様! はやく俺様に涙を!」
へっぴり腰ながらもドエム王子は女神に向かって、手を差し出す。
「いや、金持ちぼっちゃんなんかよりも俺の方がもっと有効活用してやんから、俺に寄越しな」
「全くしつこい奴らね。さっさと帰ってマンマの乳でも吸ってなさいよ」
女神は呆れた顔でやれやれと首を振りながら、らしからぬ言葉を発し、クロちゃんと共に洞窟の日の光が一番よくあたる中心部へと移動していった。そこは盛り上がっており階段一段分ほどの段差ができていて、その上にはいい感じの机と椅子の様な岩が並んでいる。机の上にはなんと。
「て、テレビ!? え、パソコンまで!? いや、世界観壊れるんだが!?」
「セカイカン? なんのことだかわからないわね。それに数千年も引きこもってるんだから、これぐらいの娯楽当たり前でしょ?」
そう言って彼女は乱雑に岩の椅子の上に座ると、机の方へ向き直り机の下に置かれていた機械の電源を入れる。
「お前たちのおかげでランクを回せなかった。今シーズンはあと一週間ないというのに順位キープできないじゃない」
機械は小刻みな音をたてながら今度は七色に光り出し、見慣れない俺はその光景を口をあんぐりと開けながら見続けた。
いや、一応機械のことは知っている。
世界観壊れるかもしれんが、説明させてもらうと機械は王都でも裕福な人々しか持ち合わせていないほど高価な物だ。東にある隣国は機械産業が発展し、一般家庭に一台いや、二台はあるらしい。が、やはりこの国ではなかなか見ないセットに驚愕してしまう。
「ラ、ランクってなんの話だ?」
「今、全世界で一番流行ってるFPSゲーム、ヴァロペック・ナイトウォッチよ。私そこのランカーなの」
慣れた手つきで髪の毛を結わき、ヘッドホンをつけてキーボードに向き合う姿はさながら戦場に向かう戦士のようで彼女が言っていることが嘘でないことはよくわかった。
「も、もしかしてあの有名な『ぐるぐるウサギ戦士ちゃん』さんですか!!」
王子がいつの間にやら女神の後ろにピタリと引っ付いて画面をのぞき込み、そう叫びながら女神と画面と視線をせわしなく行き来させている。
女神はふんと鼻を鳴らし、どや顔で頷く。
「す、すごい! 本物だ!!
そのファンシーな名前とは裏腹にプレイングスタイルは死体撃ち、屈伸煽りはもちろん、少しでも味方がミスすれば暴言チャットを打つ最低なメンヘラっぼっへっしゅっ!!」
王子の方を見ずに顎に華麗なるパンチを決め、KOのコングが鳴るほど綺麗に地面に沈める。
彼女はそれを気にも留めず、カタカタとキーボードをたたき始める。何をしているのか俺にはさっぱりだが画面が目まぐるしく変わり、なんだかすごいことだけはわかった。
は、いけない、いけいない。
こいつのペースに飲まれるところだった。気をしっかりもて。俺には大事な家族がいるんだから、女神には泣いてもらわなきゃ困る。
やや乱暴だが、これしかあるまい。
「おい」
案の定、俺の掛け声に女神は無視したが無理矢理顔をこちらへと向け、左手で顎を持ちホールドする。
「なっ、お前何するっ……!?」
「ふはは、抵抗なんて無駄だ!」
女神は必死に暴れるが、巷で人類最凶の悪人顔と有名な俺のにやけ顔にちょっとだけ怖気づいているようだ。そして
――ぽたり
彼女の目に目薬をさした。
「ははは、これでお前だって嫌でも涙を流すはず! どうだ、参ったか!」
女神の目は強制的にうるおい、そのままその雫が頬を伝い落ちて……おち……落ちないだと!?
「ふふふ……あはっはっは!! 残念ねぇ人間。私はドライアイ!! 目薬なんぞで潤う私じゃないわ!!」
「ゲームしすぎのせいだな! ランカー様」
かっひらいた目はすでにカピカピに乾いている。むしろ血走っている。一体どれぐらい画面に食らいついていればこんなにカピカピになるんだ。
俺は舌打ちしながら涙一つ流さない女神の顔を離して次の策を考える。
「ふ、浅はかな。女神様はそんな陳腐な作戦では涙一つ流さないぞ。俺様がすでに試した」
「お前もやったんかい」
「ちなみにこの頬の手形はその時のだ」
なるほど相当激しい抵抗をされてのだろうが、なぜか誇らしげにしているのはきっとこいつが本物だからだろう。
「さて、次は俺様のターンだ」
王子はそういうと指をパチンと鳴らす。すると地面がぐらぐらと揺れ始めた。
岩の上にあた小石が床の上に転げ落ち、ゴゴゴゴと地鳴りがしている中、女神はまた食い入るように画面に向き直っていた。こいつ、何かあった時に逃げ遅れるぞ。
「お、おい、お前なにしたんだ」
「ふふ、ここに来るまでの道で拾った。人が踏み入らないからどんな化け物がいるかと思えばなんとこんな愛らしい生き物がいるとは! おやつをあげたらイチコロで俺様の魅力に気が付いてついてきた!」
「餌付けをそんなポジティブに捉えるやつ初めて見たわ」
俺は固唾をのんで洞窟の出入口を思いっきり凝視する。なんせ音はそこから鳴っているので逃げようにも逃げられないのだ。
もしものために俺は懐に忍ばしているナイフを手に取る。泣きながら親に持たされた護身用ナイフが心強く思えた。
ゴゴゴゴゴゴ…………………
こちら「流星の雫」を読んでいただいてからの方がわかりやすいお話になっているかと思います。
もしよろしければそちらも読んでいただけると嬉しいです