魂のエンタングル ~婚約破棄から城を追放。そして何度でもいつくしむ~
「君とは婚約破棄させてもらう。マリー」
カールの冷たい視線が私の心をつらぬくようだ。
「アーッ! ハッハッハ!」
イライザの甲高い笑い声が耳に刺さる。
イライザは、目の前で、私に見せつけるようにカールに腕をからませ寄りそっている。
「アナタのような弱小属国の者がカール様と婚約だなんて最初からおかしな話だったのですよ。
カール様の国と並ぶ強国のワタクシこそふさわしいのです。
それにワタクシの国とカール様の国の相性は最高ですからね」
イライザはカールの首すじにキスをせんとばかりに顔を近づけた。
「そうなんだ。マリー。君は我がバビロニア国の属国の出の者。
さらに魔法もろくに使えない。
君は、この国はじまって以来の能力を持つ僕とは不釣り合いだよ」
* * *
城から追放され行くあても無くただまっすぐに歩く。
弱小国。
魔法も使えない。
カールの言葉が頭の中で繰り返す。
私の国は魔法も使えない弱小国。
カールのお父様であるバビロニア国王は、その絶大な炎の魔法の力で次々と隣国を制圧していった。
そして私の国も属国として支配された。
私の父と母である国王と王妃は命を奪われた。
私の生まれたエンタングル国は滅亡間近だった。
魔法を使うことが出来ない平和を愛する者の国は常に侵略におびえていた。
しかし、バビロニア国王が属国とすることで救ってくれたのだ。
周辺の弱小国を属国として守ってくれた偉大なバビロニア国王。
そして、その嫡男カールは類まれなる魔法の才能をもち何よりあらゆる人々に優しいお方だった。
暗い森の中を歩き続ける。
カールとの楽しかった思い出が次々と浮かぶ。
ほおを涙がつたう。
どれほど森の中を歩いたか。
真っ暗な空に星が輝いている。
気がつくと仰向けに倒れていた。
「カールが幸せでいてくれるなら、それでいい」
意識が遠のいてゆく……。
* * *
「マリー、今日は帰るぞ」
「はい! ドワじい」
山小屋へ帰りパンとスープの食事を終えて、すぐに二階の寝室へ向かった。
ベッドに入ると下の階からドワじいの声が聞こえた。
「明日は朝から街へ出るから留守番たのむぞ」
「うん、まかせて!」
静まりかえった部屋で目をつぶるとドワじいと会った時の事がよみがえる。
3年前、森の中で倒れている私をこの小屋につれてきてくれた。
200歳を越えるドワーフのおじいさん。
ずっと一人で森の中で暮らしているらしい。
今では私もドワじいの仕事を手伝っているが拾われて1年はずっとふさぎ込んでしまっていた。
ドワじいは、そんな私を何の見返りもなく面倒を見てくれた。
* * *
朝からドワじいは出かけたままだ。
夕日が小屋の中にさしている。
今日はいつもより豪華な食事。
シチューを作った。
「うん。おいしくできた。ドワじい早く帰ってこないかな」
日は完全に落ちてあたりは静まり返っている。
ドワじいが、こんな遅くまで戻ってこないなんておかしい。
その時、ドアの前で物音がした。
(ドワじいだ!)
急いでドアへ向かった。
「ドワじい。おかえり!」
ドアの前をあけると黒いフードを被った何者かが立っていた。
「え?」
胸のあたりがやけるように熱い。
黒いフードを被った者の右手には剣が握られている。
そして、その先端は私の心臓へ突き刺さっていた。
「ど、どうして……」
* * *
「どうしたんだい? マリー」
目の前には優しく微笑むカールの笑顔があった。
「え? カール?」
「やっと、名前で呼んでくれた」
どういうこと?
ここはバビロニア城内の中庭。
「何かあったのかい?」
カールは心配そうにこちらを見ている。
その顔は明らかに幼い。
(私の手足も小さくなっている!?)
カールの姿は子供のようだ。
(まさか……)
「カールは何歳だっけ?」
「あはははは。急に何を言いだすんだ。マリーと同じ14歳だよ」
(じゅ、十四歳!?)
「もう準備しないといけないから行くよ。
それじゃあ、僕の誕生日パーティーで!」
そう言うとカールは走り去った。
* * *
私の部屋は十四歳のあの時。
六年前のまま。
ベッドの片隅に置いてある黒猫のお人形。
「なつかしい……」
本当に今日はカールの十四歳の誕生日なんだ。
この時は、まだカールとは顔を合わせたら少し話をする程度だった。
カールと親密になったのはもう少し後。
おぼろげだった記憶が次々と蘇ってくる。
十五歳のカールと仲良くなったあの日。
十六歳、カールとケンカした日。
十七歳、このお城から追放されたあの日……。
十七歳の私の誕生日、5月10日。
そして昨日の記憶、二十歳の7月3日。
* * *
城の大ホール、既に多くの人々があつまっていた。
領土内貴族は、もちろん隣国から王族も参加しているという。
かつて混乱していたこの大陸を圧倒的な魔法力で収めたバビロニア国王、その嫡男カールをひと目見ようと集まったのだ。
いや、この世界の者のほとんどが十四歳の時に手に入れるその能力を確認しに来たのだ。
「きゃっ!」
突然、スカートのはじが引っ張られた。
振り向くと誰かに踏まれている。
「あらっ、失礼」
(イ、イライザ! そ、そうだ。この日、初めてイライザがこのお城を訪れたんだ)
イライザを怒らせたらいけない。
たとえ自分が悪くなくてもあやまっておかないと。
「ご、ごめんなさい。私がまわりを見ていませんでした」
イライザは私の返事を無視し既に背を向けて立ち去る途中だった。
その時、周囲が一気に色めきだった。
「おおおおお!」
「待ってました」
拍手と歓声があたりに響く。
「皆のもの。今日は我が息子の十四歳の祝宴によくまいった」
バビロニア国王が前方の祭壇に現れた。
真っ赤な衣装に炎を形どった王冠が威厳をはなっている。
更に歓声が大きくなる。
バビロニア国王の後ろから現れならんだのは王妃様だ。
「みなさま。本日はカールの契約した魔法のお披露目でもあります」
青い衣装は氷の女帝と言われた王妃の能力を誇示するようだ。
周辺の拍手は最高潮に達する。
「みなさん! 本日は僕のお誕生日に集まってくれてありがとう」
カールは笑顔を手をふっている。
(そうだ! この後、バビロニア国王様がこの会場に潜む暗殺者にナイフで刺される。そして、バビロニア国王様のケガが後に私がこの城を追放されるきっかけになるんだ)
「十四歳の魔法契約の儀、発現した魔法はこちらです」
カールは目の前に両手を広げた。
大きく広げられた左右の手の間がゆらゆらと歪んでいるように見える。
周囲がざわついている。
「なんだあれ?」
「魔法って火、水、土、風の四大元素だよな」
「少し揺れているから風?」
バビロニア国王はカールと同じ様に両手を開いた。
すると左右の手の間に巨大な炎の塊が出現した。
「我が魔法は火属性、四大元素の中では最も希少な能力である。百人に一人に発現する能力である」
バビロニア国王は炎をおさめカールの方を見た。
「我が息子カールの魔法は千人に一人、いや万人に一人の稀有な能力。空間属性。我がバビロニア王国も安泰であろう!」
バビロニア国王はカールを盛大に讃えた。
カールは深々と頭を下げる。
城内は拍手喝采で空気がふるえている。
「危ない!」
私はバビロニア国王の前に飛び出した。
次の瞬間、背中のあたりに衝撃を感じた。
ナイフの先端は私の身体をつらぬいている。
「マリー!」
カールが叫び近寄ってくる。
「何者だ!」
バビロニア国王の怒号が響く。
ぼんやりとした景色の中で私の胸をナイフで刺した者が拘束されているのがわかった。
「よかった。バビロニア国王がご無事で、そして、カールはこれで……」
* * *
城の大ホール、既に多くの人々があつまっていた。
「え!? 私は壇上でナイフで刺されて……」
貴族や王族が集まっている。
この光景。
さっきまで見ていたものと全く同じ。
「ハッ!」
私はとっさに前に踏み出した。
「きゃあっ!」
振り返るとイライザが床に転がっている。
イライザのおつきの者が手を出しのべるがイライザは手を払い除け立ち上がった。
「チッ!」
イライザは舌打ちし私を睨みつけ足早に立ち去った。
もしかするとと思ってたけど、わざと私のスカートを踏んでいたんだ……。
そんなことよりカールに国王様の危機を知らせないと!
「カール聞いて欲しいことがあるの」
控室へ向かうカールをつかまえた。
「マリー、後でいいかな? これから壇上で僕の魔法のお披露目なんだ」
「聞いてちょうだい! その時、ナイフで国王様がおそわれるの!」
「あっはっはっは! ナイフでなんて。僕の父君は圧倒的な魔力でこの国をおさめたんだよ。ナイフなんかじゃあカスリキズさえつけられないよ」
「本当なの! 信じて!」
カールは私の肩にやさしく手をそえると静かに言った。
「うん。君がそこまで言うなら気をつけるよ。僕はもう行かないといけないから」
カールは私を慰めるようにして控室へと向かった。
本当にわかってくれたんだろうか?
うまくかわされただけな気がする。
「おおおおお!」
「待ってました」
拍手と歓声があたりに響く。
「皆のもの。今日は我が息子の十四歳の祝宴によくまいった」
バビロニア国王が前方の祭壇に現れた。
(これはさっき私が見た光景そのもの)
人々をかきわけ壇上へ向かう。
バビロニア国王と王妃が挨拶をしている。
(あれだ!)
壇上の前にワインを片手のプレートに載せた執事風の男がいる。
私をナイフで刺した男。
私が壇上に迫ったその時、男はナイフを取り出しバビロニア国王へ向かって走り出した。
「危ない!」
私も壇上へ向け走った。
「なにやつ!」
バビロニア国王が両手から炎を繰り出すが一瞬にして消え去った。
「な、なにっ!?」
バビロニア国王は魔法が発動しない事に動揺したようだ。
そう。
この時、この城内で一切の魔法が使えなくなったのだ。
「危ない!」
私はバビロニア国王の前に立ちはだかった。
背中に衝撃が走る。
何者かがぶつかってきた。
「えっ!?」
私をかばうようにカールが立ちふさがっていた。
男がカールのお腹のあたりにまで深く身体を押し込んでいる。
右手にはナイフが見える。
「カール!」
私は叫んだ。
カールが私をかばってナイフで刺されてしまった!
「大丈夫」
カールはふりむいて微笑んだ。
次の瞬間、カールが男に両手をかざすと衝撃が周囲に走った。
「ぐぅわあ!」
男は城の壁まで一気に吹き飛ばされた。
石の壁にめりこんでいる。
「カール! 大丈夫!?」
「マリー、ありがとう。君のおかげだよ」
「ナイフで刺されたんじゃあ?」
カールは上着をめくると笑いながら言った。
「鎖かたびらだよ。マリーの忠告があったから念のため着ておいた。まさか、魔法全盛のこの時代に鎖かたびらなんて着ることになるとはね」
「よかった……」
一気に力が抜けた。
足元がふわふわして足から力が抜けた。
「大丈夫かい?」
気づくと私はカールに抱き抱えられていた。
「う、うん……」
立ち上がろうにも力が抜けてしまう。
ううん。
ずっとこのままカールに抱き抱えられていたい。
* * *
翌日、調査により城内で一時的に魔法が使えなくなっていたことがわかった。
高度な封印魔法陣が城の外にはられていたのだ。
しかし、その魔法陣を発動させるには内部に協力者が必要らしいのだ。
つまり、城内にバビロニア国王を狙う者が居たということ。
そしてナイフで襲ってきた者は城内の給仕役が魔法で操られていただけらしい。
魔法の使えないマリーに発現した能力。
マリーの活躍によりバビロニア国を救いカールを救うのだった。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
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