夏祭り
この作品はフィクションであり実際の事象や人物、団体名等とは全て無関係です。
きらきらと輝く水面にゆらゆらと泳ぐ金魚。僕もそっと彼女の隣に座り、そんな金魚を見つめていた。
「わあ、金魚がいっぱい」
彼女が無邪気に笑った。僕はそれが嬉しくて、昔よりも慣れた手付きで一匹、二匹と金魚を掬っていく。
こんな時間が永遠に続けばいいのに――。そう願う僕の心とは裏腹に掬い枠の紙が破れる。余程夢中になっていたのか何匹もの金魚を掬い上げていたようだ。
「ほら、せっかくだから持って帰りなよ」
「え? 私にくれるの? ありがとう」
その笑顔が見たくて、僕は透明のビニール袋を手渡した。お店のおじさんが用意してくれた袋の中で金魚達が必死に泳ぎ回っている。
最近、彼女の様子がおかしい事には気づいていた。一見元気そうに振る舞っていても長年の付き合いで手にとるようにわかる。
「ふふ、とてもきれいね」
彼女の瞳に映り込んだ金魚達がまるで万華鏡のように美しく輝きを放っている。僕はそれをただ黙って慈しむ事しかできないのだろうか。
ずっと結婚もせずに一人で生きていくと思っていた。いつか宇宙飛行士になる事を夢見て歩んできたはずなのに、今は家庭用のプラネタリウムにもほとんど触れていない。
それでも父の会社の社員になってから海外へ行く機会が増えた。少しでもこの世界の事が知りたかったので、その知的探究心は確かに満たされているのだと思う。
「このまま夏が終わらなければいいのに」
もうすっかり暗くなった公園の中で、彼女が少しだけ寂しそうに呟いた。あの時のように彼女と一緒に過ごす時間がめっきり減ってしまったのは言うまでもない。いまだにあの約束も果たせていないのが心残りだった。
せめてたまの休みくらいは彼女と二人で過ごそうと外へ連れ出したのはいいが、あまり無理はしてほしくない。もう自分一人の身体じゃないのだから。
「それにしても、今日は本当に人が多いね。なんだかはぐれちゃいそう」
どこか不安げな表情で彼女が言った。先程まで屋台に並んでいた人達もだんだん広場に集まってくる。僕はとっさに手を差し出した。
「僕の手を掴んでいれば絶対に道に迷わないから」
その瞬間、夜空に鮮やかな花が咲いた。あの時の僕達と同じくらいの年頃の子供達がたまやと歓声をあげる。それに続くように一斉に打ち上がる大きな花火が彼女の浴衣を彩っていた。
「うん、また私が道に迷わないようにずっと手を繋いでいてね!」
僕達は再び手を繋いで歩き出した。よし、今度デートする時は絶対にプラネタリウムを観に行こう。あの感動をもう一度味わうために――。
そうやって夢は形を変えてどこまでも続いていくのだと、少なくとも僕はそう信じていた。