あの花
この作品はフィクションであり実際の事象や人物、団体名等とは全て無関係です。
あんなに月が大きな時代があった。私はその時代を生きていなかったはずなのに、まるで自分が知らないはずの記憶を夢の中で見ているみたい。
あの時は天国だと思えたあの場所も失って、今は眠っている時しか思い出す事を許されなくなってしまった。ずっと側にいてくれたルナの影が月明かりの下で自分のものと一つになっていく。
「私が本当に月下美人の花だったらこの苦しみも感じなくて済んだのかな」
それは母がくれた夜に咲く美しい花と言う意味の名前だった。でも、どこか身も心も美しくないといけないような気持ちに囚われてしまっている自分がいる気がする。
そのせいで誰からも必要とされなくなってしまっても、最後まで私の事をルナが真っ直ぐに愛してくれたから。そんな神様みたいな猫が出会わせてくれた光輝が今のご主人様なのだ。
「でも、そもそもあの花ってサボテンだからある意味で美花らしいっちゃ美花らしいけどね」
「ちょっとそれってどう言う意味よ!」
私の事を慰める訳でもなくただ小馬鹿にしたように鼻で笑う光輝についカッとなってしまった。本当にあの頃から何も変わっていない。本当はそんな事が聞きたい訳じゃないのにーー。
いつだって彼は話をはぐらかすばかりで何一つこちらの質問に答えてくれない。
「僕達はあの絵本の主人公にはなれないから」
その言葉が自身の心に強く突き刺さって離れなかった。この腕の中に父が思い描いていた夢物語を抱き締めて、私は光輝の声に耳を傾ける。
「僕は王子様なんかじゃない」
「私だってもうお姫様なんて言える歳じゃないよ!」
「でも、君がそうやって八方美人でいる限り地域の人達が延々と魔女狩りを続けてしまうから」
そう言って、更に光輝は言葉を重ねた。彼に自身の身体を引き寄せられ、私はその背中にそっと腕を回した。
この弱肉強食の世界にも愛があるとルナに伝えたいがために、いつの間にか本音で話す事ができなくなってしまったのかもしれない。あの時にはもう二度と戻れないのだと思うと、そのまま一緒に虹の橋を渡ってしまえばよかった。
それでも空っぽの心の隙間にジグソーパズルのピースを埋めるかのように雲隠れした夜の月をじっと見つめる。あまりにも美味しそうでそのまま食べてしまいたいくらいだ。
「あはは、ちょっと地球に生まれてくるのが早すぎちゃったみたい」
「......君はいつからそんな中二病なキャラになったの?」
「そうしないとあなたが生贄にされちゃうと思ったから」
その言葉に光輝もそれ以上は何も言わなかった。いつだって言わぬが花な事ばかりだからこそ私達は抱き締め合う事でお互いに確かなものを感じている。
きっと自分の腕の中からルナが姿を消してしまってもまだこの世界にも愛があるのかもしれない。また新たな罪を生んでしまうのなら誰からも愛されない方がよかったのに、どんなに苦しくてもこの海の上の世界から逃げられないと知ったあの日の空にあの人は飛び立っていってしまったんだ。




