ワンピース
この作品はフィクションであり実際の事象や人物、団体名等とは全て無関係です。
僕が美花と初めて出会ったのはまだ十二歳の時だった。とても人懐っこく明るい性格の女の子だったので、よく地域の人達とも仲良くしていた事だけは確かに覚えている。
まだ島へ引っ越してきたばかりの僕はなかなか友達ができずにいたので、それに一瞬でも気を許して手を伸ばしてしまった事が間違いだったのかもしれない。その名の通り月の光の下で佇む彼女の淡い栗色の髪が妙に美しく見えた。
「あら、美花ちゃん。そんな格好でまたずいぶんとお転婆したわね」
「また髪の色がギャルみたいって言われたからついカッとなっちゃって……」
でも、その口から飛び出したのはギャル語と言うよりもどちらかと言えばオタク語だった。うちの母は美花の事をすごく気に入っていたようだが、すでにママ友との間では噂になっているらしい。
本当は天然の髪なのに染めているんじゃないかって、そう言われる度に地元のいじめっ子達とも派手に喧嘩していたから。あのか弱い身体で一体何をどうしたらそうなるのか。
「……それで、彼らは無事だったの?」
「もう、なんであの悪達の味方をするのよ!」
「どう考えても服がボロボロなのに君が無傷なのが逆に怖いよ!」
せっかくのお洒落なワンピースがこれでは台無しだ。それだけ彼女が同じ人間とは思えないくらい強い生命力を持っているから。
「まあまあ、いいじゃない。そのワンピースもすごく素敵だけど、まずは先にお風呂に入っちゃいなさいな」
「はーい。これからも末永くお世話になります!」
「ねえ、この子どう考えても言葉選びを間違えているだけだから。君も少しは遠慮と言うものを覚えようよ!」
まるで何事も無かったかのように玄関でサンダルを脱ぐ彼女を見て、僕はまだ幼さを残した小さな手に触れた。その後ろに隠れていた月下家の飼い猫――ルナが小さな鼻を震わせて鳴いている。
僕はただ彼女を守りたいと思った。そんな理由で他所の子をうちに泊めていいのか正直戸惑ったが、もうそれしか他にいい方法が思い浮かばなかった。
「ここにいたらまた魔女狩りに遭うかもしれないのに……」
「それを言うなら除霊って言ってよね!」
「それならまず君が先に除霊した方がいいと思うよ!」
あまりに天然すぎる発言に僕は思わず悪態をつく。どちらにしたってフォローになっているようには思えなかったが、いつもよりも彼女が儚げに見えたから。
「あらあら、そこの精霊さん達まで痴話喧嘩を始めないでちょうだい。せっかくだからお風呂あがりにホットミルクでもいかがかしら」
「……え、僕って人間じゃなかったの?」
少なくとも僕は人間だ。勿論美花も同じ人間のはずなのに、その日本人離れした顔立ちに月下美人のワンピースが世の中に流されずに生きていく彼女を象徴しているようにも見える。
一見人懐っこくて明るいのに、それでいて自由気ままで気取らない。そんな彼女に僕は密かに恋心を抱いていた。
「おばさんにお願いなんですが、ここに泊まる事をお父さんには言わないでもらえますか」
僕の後ろに隠れるように美花は言った。何か後ろめたい事でもあるのだろうか。その時の彼女の心境はわからなかったが、不意に空を切り裂くように雷がピカッと光った。
先程まであんなに月がきれいだったのに――。例えそれが偽りの姿だと気づいていてもあの時に見て見ぬ振りをしてしまった事が全て間違いだったんだ。




