オリオン座
この作品はフィクションであり実際の事象や人物、団体名等とは全て無関係です。
「それで、お星様は一体どうなっちゃったの?」
そんな我が愛する息子・砂生の素朴な問いに僕は思わず言葉を詰まらせる。本当に子供は素直で時として残酷だ。僕は先程まで読み聞かせていた絵本をそっと閉じると、その天然で美しい栗色の短い髪をくしゃりと撫でる。
いつの間に泣いていたのか薄茶色の宝石のような潤んだ瞳を覗き込むと、そこにはオリオン座と思わしき星達の光が確かに宿っていた。
「お星様は燃え尽きちゃったのかもしれないけど、その想いはずっとそこにあるから大丈夫だよ」
そう言って、僕は絵本をテーブルの上に置くと彼の右胸を指差した。何度読み返したって今探している言葉はきっと見つかりやしないから。
むしろ答えを見つけようとすればするほど今も謎に包まれたブラックホールを死神と一緒にしていいのかだんだんわからなくなっていく。自分達の都合で作ったルールで自然のものを罪に問う事はできないからだ。
例えば僕が医者だったら手遅れになる前にお星様を救う事ができたのかもしれないが、そのたらればがもし世の中のルールを変えてしまう事になるなら最初に罪を犯したのは一体誰なのだろうか。本当に大事なものはいつだって目に見えないんだ。
その証拠に今も部屋の中に漂う線香の香りがそれを物語っている。先程砂生とお参りしたばかりの仏壇に供えてある香炉の中で燃える火がその奥にある位牌を照らしていた。
「じゃあ、ばあばの想いもあそこにあるの?」
いつまでも黙り込んでいる僕に痺れを切らしたのか砂生が仏壇の方を指差して言った。さすがに三年も経つともう二度と会えない事を少しずつ理解し始めたらしい。
まだ幼い我が子にどこまで話せばよいのか。僕は位牌に記されている戒名から一旦目をそらすと、今は亡き母の遺影をじっと見つめる。
「うん、あそこにお供えしてあるお札の裏にちゃんと『星野明日香』って書いてあるしね」
僕はずっと言えずにいたその名を口にした。そんな事で母を救えなかった罪悪感から逃れられる訳が無いのに――。
「そっか。じゃあ僕もばあばにお参りするよ!」
それでも無邪気に笑う砂生に自分が許されたような気持ちになってしまって、むしろ救われているのは僕の方だった。
「また明日になったらね」
僕は灯りを消そうと星型のライトに手を伸ばした。その横でタイミングを見計らったかのように突然スマホの呼出音が夕闇の中で鳴り響く。
これを虫の知らせと言うのだろうか。いつまで経っても鳴りやまないスマホの画面を覗き込むと、そこにはかかりつけの病院の名前が記されている。
「あ、電話だ!」
「先に砂生は寝てていいよ」
不意に流れ出したメロディーに合いの手を入れる砂生の声を聴いて、僕は慌ててスマホを手にとる。
「はい、星野です」
『こちらは星野光輝様のスマートフォンでよろしいでしょうか。お父様の大輝様が――』
僕は思い出した。やっぱりあの地獄のような夢は現実に起きていたんだ。そんな今日は母の命日。




