夢物語
この作品はフィクションであり実際の事象や人物、団体名等とは全て無関係です。
これは夢なんだ。でも、いったいどこからどこまでが夢なのだろう。僕の手の中にあるサイコロがその運命を分けようとしているのかと思うと、今すぐ現実の世界へ帰りたくなった。
きっと、もうすでにゲームは始まっているのかもしれない。それは、白い面に赤く塗られた目が物語っていた。
「それで、そのサイコロを振ったら一が出た訳ね!」
「まあ、そうなんだけど、なんか物凄く嫌な予感がする」
「へえ、どうしてそう思うの?」
「あの二人がわざわざ僕にサイコロを持たせるなんて中に盗聴器が仕掛けられているんじゃないかと思ってさ」
「あはは、もしそうだったらそれはそれで面白いのになあ」
いや、少なくとも僕は全然面白くない。こんなありえない事を面白がれるなんて多分美花くらいだろう。このままだと気が狂いそうでいても立ってもいられなかった僕は思わずあのホテルを飛び出していた。
そんな僕の心を表すかのように波立つ海をじっと見つめる。その水面に映し出される赤い月がゆらゆらと揺れていた。
「でも、そう思うって事はどうしてもご両親に聞かれたくないって事だよね? そんな大事な話を私にしてもいいの?」
そう言って、彼女はグラスの中に入ったアイスティーをストローで吸った。僕にとっては隠れ家とも言えるこの喫茶店で過ごす方がずっと居心地がいい。いつだってそこには美花がいたから。
「ここなら何も気にせずに自然科学の勉強ができるからね」
この島を出て大学に通い始めるまで僕達はいつもここで一緒によく勉強をしていた。他の人達には秘密にしたいくらい景色が本当に最高で、いつの間にかそれが当たり前になっていたのかもしれない。そう思えてしまうほどにあの時は確かな愛で満たされていたんだ。
「ふふ、そう言えば初めて会った時もずっとお星様を見ていたよね!」
「うん、まだ東京にいた頃に父さんが天体望遠鏡を買ってくれてさ。でも、やっぱり沖縄と違って全然星なんて見えないんだ。きっと宇宙飛行士になったらもっと近くで見れるのに」
僕は参考書を閉じると夜空を見上げる。いつもよりも星が霞んで見えた気がした。
「私も光輝と一緒に宇宙旅行がしたいなあ」
彼女はサイコロを手にとると、もう一度テーブルに転がした。誰もいない静かなテラス席でカランコロンとプラスチックの音が響き渡る。
「あ、今度は二だ!」
それを指差しては彼女が大声で叫んだ。そうやって今日も僕達は朝を迎えるのだろう。僕はすでに冷え切っていたコーヒーの飲み口にそっと口付けた。




